060 潮風となんとやら……
馬車は朝のムルージュ大草原を、思っていたよりもずっと速く進んでいた。
ガラガラと車輪を鳴らしながら流れていく草原を眺めていると、吹き込んでくる風が頬を気持ちよく撫でていく。
「いやぁー、いい風だなぁ」
幌の外へ顔を向けたまま、口元が緩む。
こういうのも悪くないね。
馬には乗れないけど、馬車なら座ってるだけで目的地まで連れていってくれるし。
……まぁ、途中で何も起きなければの話だけど。
「あっ、そういやクラリスさんから地図もらったんだっけ」
出発前に受け取った地図のことを思い出して、背嚢へ手を入れる。
すぐに折り畳まれた地図を取り出して、膝の上で広げてみた。
「おおっ……」
思わず声が漏れる。
道や森の形はもちろん、川や湖、小さな村まで細かく描かれている。
これだよ、これ。
俺が欲しかったのは、こういう地図なんですよ!
見ているだけでも、今まで名前しか知らなかった場所同士の位置関係がなんとなくわかる。
これなら知らない場所へ行くことになっても、ずいぶん助かりそうだ。
地図の中央にはムルージュ村があり、その周囲は広い草原に囲まれている。西にはバフル海、南にはルブアル砂漠、北にはハジャル連峰、そして東には大きく広がるモネの森があった。
前に持っていた地図にも、おおまかな場所の名前くらいは載っていたけど、今回は地形までしっかり描かれている。
「そういや、今日行くのってどの辺なんです?」
「んー、この辺りだねぇ」
マリーさんが地図の西側へ手を伸ばして、バフル海の海岸線が大きく海へ突き出している辺りを指差した。
「昨日よりだいぶわかりやすいな」
「そりゃ、ちゃんとした地図だからねぇ」
「ですね」
これなら少なくとも、どこへ向かってるのかわからないまま進むことはなさそうだ。
さらに見ていくと、東に広がるモネの森の中に見覚えのある名前を見つけた。
「おっ、ちゃんと湖も載ってる」
森の中には、ジヴェルニ湖の文字。
「ってことは、この辺がマリーさんの家ですかね?」
湖の近くを指差す。
「まぁ、その辺りだねぇ」
「へぇー……」
地図を見ながら、ムルージュ村とジヴェルニ湖の位置を見比べる。
「こうして見ると、思ってたより森に入ってすぐなんですね」
「そうかい?」
「もっと奥の方だと思ってました」
実際に歩いたときは、森の中を結構進んだ気がしてたんだけどな。
でも、地図で見るとジヴェルニ湖はモネの森のかなり浅いところにある。
「……っていうか、モネの森ってここで切れてるのか」
よく見ると、森は地図の東端まで続き、その先は描かれていない。
これでまだ全部じゃないらしい。
「どんだけ広いんだよ……」
「今さら気づいたのかい?」
「いや、歩いてるだけじゃ全体の広さなんてわかんないですって」
「あはははっ、それもそうだねぇ」
「あれ?」
今度は別の場所に目が止まる。
ルブアル砂漠の真ん中辺りに、小さく町の印が描かれていた。
「この砂漠の真ん中にあるアイン・サファって、どんなところなんです?」
「大きなオアシスの周りにできた町さ。砂漠を行き来する商人が立ち寄るから、商売も盛んなんだよ」
「へぇー」
「砂漠の真ん中とは思えないくらい緑が多くてねぇ。小人族が多く住んでるよ」
「小人族……」
また知らない種族が出てきた。
この世界、本当にいろんな種族がいるんだな。
機会があったら1度行ってみたいかも。
「じゃあ、こっちの山にある村は?」
今度はハジャル連峰の中腹に描かれたサニーヤを指差す。
「そこは山越えをする連中が使う中継地点みたいなところだねぇ」
「中継地点?」
「ああ。旅人や商人、冒険者なんかが泊まったり、物資を補給したりするのさ」
「なるほど」
山の中腹にあるサービスエリアみたいなもんか。
いや、さすがにガソリンスタンドやコンビニはないだろうけど。
改めて地図全体を眺める。
ムルージュ村へ来てから、ほとんど村とその周辺だけで過ごしてきたけど、こうして見ると、その先にも人が暮らしている場所がいくつもある。
なんだか急に、この世界が少し広くなったような気がする。
その時だった。
馬車の速度が少しずつ落ち始めた。
「んっ?」
顔を上げて前を見る。
御者台のウィードさんが手綱を調整しながら、じっと進行方向を見ている。
その先。
道を塞ぐように、3つの大きな影が立っていた。
「あれは……」
反り立った牙に、ずんぐりとした胴体。
ジンハルだ。
「ちょうど道の真ん中かぁ」
馬車はゆっくりと速度を落とし、そのまま停止した。
すると3匹のジンハルもこっちに気づいたらしく、地面を掻きながら頭を低くする。
あー。
あれ、突っ込んでくるやつだ。
「ウィードさん、手伝ってくんないんですか?」
御者台へ顔を出して聞いてみる。
「俺は御者だ」
即答だった。
「マリーさんは?」
「アタシは今日は護衛対象だからねぇ」
「ですよねぇ」
まぁー、わかってましたけど。
今回はマリーさんを守るためについてきたわけだし、ウィードさんは馬車を動かす役目がある。
これくらいは俺がやるしかないか。
「あんたなら3匹くらい大丈夫だろ?」
「そう言われると、やるしかないじゃないですか」
俺は馬車から飛び出して、腰のホーネットを引き抜いた。
「ブゴオオオッ!」
先頭のジンハルが地面を蹴る。
遅れて残りの2匹も走り出した。
土を蹴り上げながら、3匹が一直線に迫ってくる。
「さて……」
ホーネットを両手で握り、軽く腰を落とす。
モスキート相手にこいつを使うのは、これが初めて。
試し打ちではとんでもない威力だったけど、シェルなしだとどんなもんかな。
「ブゴオオオオッ!」
最初の1匹が大きな牙を突き出したまま突っ込んでくる。
直前まで引きつけ、半歩横へ。
そいつがすれ違う瞬間に腰を回し、首元へホーネットを振り抜いた。
ザシュッ!
刃が厚い毛皮に触れた。
そう思った次の瞬間には、もう反対側へ抜けていた。
いつもなら柄を通して手に返ってくるはずの重い感触が、ほとんどない。
「……軽っ」
思わず声が出た。
厚い毛皮も、その下の肉も、まるで最初から切れ目でも入っていたみたいに刃が通った。
「ブゴッ……!」
ジンハルは数歩進んだところで力を失い、そのまま地面へ倒れ込む。
「いや、ホーネットめちゃくちゃ斬れるんですけど……」
もうこれ、斬鉄剣みたいじゃん!
だったら、言うしかないよね。
「ふっ、またつまらぬものを斬ってしまった」
「ブゴオオッ!」
「っと!」
やべっ、ふざけてる場合じゃなかった。
2匹目が横から突っ込んでくる。
身体を捻って牙をかわし、そのまま斜め下から刃を振り上げる。
ザンッ!
また一撃。
ほとんど勢いを殺すことなく振り抜けた刃が胴を深く斬り裂き、2匹目も地面へ転がった。
「あと1匹!」
最後のジンハルが真正面から迫ってくる。
今度は避けず、一歩前へ。
牙が届く寸前で身体をずらし、すれ違いざまに首筋へ横薙ぎの一閃。
ザシュッ!
「ブゴッ……」
3匹目もそのまま崩れ落ちた。
「……終わった」
静かになった道の上で、ホーネットへ目を落とす。
3匹とも一撃。
「攻撃力230に斬れ味160……数字で見たときもヤバいと思ったけど、実際使うともっとヤバいな」
これなら普段の依頼で、無理にシェルを使わなくてもかなり戦えそうだ。
うん。
財布にも優しい。
そこ大事。
「へぇー、やるじゃないか」
馬車へ戻ると、マリーさんが感心したように俺を見る。
「まぁー、こいつが強いんですけどね」
「武器が強くても、使う奴が駄目なら意味ないさ」
「そういうもんです?」
「そういうもんだよ」
なんか褒められると照れるな。
「ウィードさんは?」
「……まあまあだな」
「評価厳しくないですか?」
「別に」
相変わらずだなぁ、この人。
しばらく待つと、倒したジンハルの身体が光の粒になって消えていった。
残った魔核や素材を回収していく。
「おっ」
その中に見覚えのある肉を見つけた。
「ぼたん肉だ」
しかも3匹分もある。
「今日の昼飯、決まりだな」
ぼたん肉を背嚢にしまって、俺たちは再び馬車へ乗り込んだ。
それからも道中はそう平和じゃなかった。
ラフムンの群れに進路を塞がれたかと思えば、今度はトゥラーブが石を飛ばしてくる。
どちらも苦戦するような相手じゃなかったけど、そのたびに馬車を止める羽目になった。
そんな小競り合いを挟みながら進んでいるうちに、太陽はいつの間にか頭上を少し通り過ぎていた。
「そろそろ昼にするか」
ウィードさんが道沿いの大きな木のそばへ馬車を寄せて、6本脚の馬を木陰で休ませる。
「さて、昼飯にしますか」
俺も背嚢を下ろして、中へ手を突っ込んだ。
まずは折り畳みテーブル。
椅子を3脚。
魔導コンロを2つ。
鍋、フライパン、まな板、包丁。
それから米みたいな穀物と、さっき手に入れたぼたん肉。
「……あんた」
「はい?」
顔を上げると、マリーさんが背嚢と並べられた道具を交互に見ていた。
「収納系のスキルでも持ってるのかい?」
「あー……まぁ、似たようなもんです」
「へぇー」
「収納ってほど便利じゃないですけどね」
マリーさんもそれ以上は聞かず、興味深そうに背嚢を眺めるだけだった。
「さて、今日は何にしようかな……」
食材を眺めながら考えていると、背嚢に入れていた小さな瓶を思い出した。
「あっ、そうだ。ドナテロさんから特製ソースももらったんだっけ」
よし、あれにしよう。
まずは米みたいな穀物を研いで、水と一緒に鍋に入れて片方の魔導コンロに載せる。
その間にぼたん肉を細く切って、玉ねぎとにんじんも薄く切っていく。
フライパンをもう1つの魔導コンロに置いて、まずは切った肉を広げた。
ジュウウウウッ!
すぐに脂が溶け出して、香ばしい匂いが立ち上る。
そこへ玉ねぎとにんじんも加えて、肉と一緒に炒めていく。
「いい匂いだねぇ」
「でしょ?」
肉と野菜に火が通ったところで、小さな瓶を取り出す。
栓を外して、フライパンに回しかけた。
ジュワァァァッ!
「おおっ!」
甘辛い香りが一気に広がる。
これは間違いないやつだ。
肉と野菜にソースを絡めながら、焦げないよう手早くフライパンを動かす。
隣の鍋からもいい匂いがしてきたので、手を伸ばして蓋を開けると、炊き上がった白い粒から湯気がふわっと立ち上る。
「よしよし、いい感じ」
器にご飯を盛って、その上にソースをたっぷり絡めたぼたん肉を載せる。
最後にフライパンに残ったソースを少しかければ――
「完成!」
「これはなんて料理なんだい?」
「んー……焼肉丼みたいなもんです」
「ヤキニクドン?」
「まぁ、肉をご飯に載せたやつです」
「見たまんまだねぇ」
「わかりやすいのが一番なんですよ」
同じものを3つ作って、マリーさんとウィードさんの前に置く。
「どうぞ」
「いただくよ」
「……もらう」
俺も椅子に座って、器を持ち上げた。
「いただきます」
まずは肉とご飯を一緒に口へ運ぶ。
「んんっ!」
柔らかいぼたん肉から脂の甘みが広がって、そこへ特製ソースの甘辛い味が重なる。
しかも、そのソースを吸ったご飯までうまい。
「うん、これ正解だわ」
「美味しいねぇ」
マリーさんも満足そうに頷いている。
「ウィードさん、どうです?」
「うまい」
「おっ、よかった」
木陰を抜ける風が、火照った頬をゆっくり冷ましていく。
近くでは6本脚の馬が草を食んでいて、時折葉の擦れる音が聞こえていた。
朝から馬車に揺られて何度も戦ってきたけど、こうして腰を落ち着けると一気に身体の力が抜ける。
ウィードさんは焼肉丼を黙々と食べていて、マリーさんもすっかりくつろいでいる。
そんなウィードさんの様子を眺めていたマリーさんが、ふっと笑った。
「あんたも丸くなったねぇ」
「……なんだよ、急に」
「昔はこんなふうに大人しく飯を食べてるような子じゃなかっただろ?」
「いつの話してんだよ」
「さあねぇ。アタシからすりゃ、ついこの前みたいなもんさ」
「えっ?」
思わず顔を上げる。
「ウィードさん、昔はそんなにやんちゃだったんですか?」
「……マリー、余計なこと言うなよ」
ウィードさんは食べる手を止めると、箸の先をマリーさんへ向けた。
「昔はねぇ、ちょっと気に入らないことがあると、相手が誰だろうとすぐ突っかかっていってねぇ」
「盛ってんじゃねぇよ」
「よく言うよ。大規模討伐のときに、作戦の指揮を執ってたお偉方をぶん殴ったのはどこの誰だい?」
「……あいつが気に食わなかったんだよ」
「ほら、そういうところだよ」
「はいはい。わかった、わかった」
ウィードさんはそれ以上相手をするのも面倒になったのか、再び焼肉丼を口へ運ぶ。
「へぇー。ウィードさんにもそんな時代があったんですねぇ」
「お前まで面白がるなよ」
「いやいや、興味深いなぁーって」
「同じだろ、それ」
「エクレールさんみたいな感じですかね?」
「あそこまでひどくねぇよ」
「そこは即答なんですね」
「あれと一緒にすんな」
「あはははっ」
マリーさんが楽しそうに笑う。
ウィードさんは、そう言いながらも本気で嫌がってる感じはない。
昔から知ってる相手にいじられるのには慣れてるのかもしれないな。
「まぁ、あれから随分経ったからねぇ」
マリーさんが懐かしそうに目を細める。
「そりゃ、あんたも丸くなるか」
「俺だっていつまでもガキじゃねぇよ」
「その割には、面倒くさがりなのは昔から変わってないけどねぇ」
「それはほっとけ」
「あはははっ」
2人のやり取りを眺めながら、ふと気になった。
「そういや、ウィードさんって今いくつなんですか?」
「37だ」
「37かぁ……」
ベッチから、マリーさんは50歳を超えてるって聞いてたから、少なくとも13歳以上年上なのか。
……並んでるところを見ると、どう見ても逆なんだけどな。
とはいっても、40歳で死んでから20年も蚊遣り豚をやってた俺が、この中じゃ一番年上なんだけどね。
「ほら、とっとと食え。まだ先は長ぇぞ」
「はいはい」
ウィードさんはこれで話は終わりだと言わんばかりに、残っていた焼肉丼をかき込む。
俺もそれに続いて箸を動かした。
食事を終えると、使った器や調理道具を手早く洗って片付けていく。
6本脚の馬も十分休めたようで、立ち上がって大きく身体を震わせていた。
「そろそろ行くか」
御者台へ戻ったウィードさんが手綱を握る。
「はい」
「そうだねぇ」
荷物を背嚢へ戻して、俺とマリーさんも馬車へ乗り込んだ。
まだ目的地までは遠い。
俺たちは再び、西のバフル海へ向かって草原を進み始めた。
とはいえ、さすがに何事もなく海まで行けるほど甘くはない。
最初に現れたのは、草原の向こうから転がってきたムダワル。
数匹まとめてこっちへ突っ込んできたので、馬車を止めてもらって、片っ端から明後日の方向へ弾き飛ばした。
その少しあとにはケンゲの小さな群れ。
さらにしばらく進んだところで、今度は10匹ほどのキペンベまで出てきた。
相手が現れるたびに俺が馬車を降りて、ホーネットで倒したあとにドロップアイテムを回収する。そうやって何度も足止めされれば、座って移動しているだけとはいえ、さすがに疲れてくる。
「……やっぱり手伝ってくんないんですね」
キペンベの魔核を背嚢にしまいながら、馬車へ戻る。
「俺は御者だ」
「アタシは護衛対象だからねぇ」
「はいはい。わかってましたよ」
朝からまったくブレないな、この2人。
まぁー、今のところ俺1人でどうにかなってるし、いいですけどね。
馬車が西へ進むにつれて、青々としていた草原の地面に少しずつ砂が混じり始めた。
「んっ?」
吹き込んできた風に鼻をひくつかせると、草の匂いに混じってどこか懐かしい香りがした。
「……潮の匂い?」
「もう近いよ」
マリーさんが幌の外へ目を向ける。
耳を澄ませてみると、車輪の音の向こうから低い波音まで聞こえてきた。
それから間もなくして、緩やかな坂を上る。
その頂上へ差しかかった瞬間――
「おおっ……」
思わず身を乗り出した。
視界いっぱいに、青い海が広がっていた。
降り注ぐ日差しを受けて、遠くの海がキラキラと輝いている。
その先には、まっすぐな水平線がどこまでも伸びていた。
「海だ……」
この世界へ来てから初めて見る海。
当たり前だけど、アッチの海とそんなに変わらないんだな。
潮の匂いも、波の音も。
風に揺れる海面を眺めていると、ほんの一瞬だけ、昔の景色が頭をよぎった。
子供たちを連れて海へ行ったときのこと。
砂浜を走り回る姿を眺めながら、妻と並んで笑っていたこと。
もうずいぶん昔なのに、こういう匂いを嗅ぐと案外すぐに思い出すもんなんだな。
胸の奥に、少しだけ懐かしさが広がる。
「なんだい? 海なんて珍しくもないだろ?」
「いやぁ、ちょっと懐かしくて」
「そうかい」
マリーさんはそれ以上聞かず、静かに海へ目を向けた。
坂を下りると、馬車は海岸沿いに伸びる道へ入った。
すぐ横には砂浜が広がり、白い波が何度もそこへ打ち寄せている。
反対側には背の低い草と岩場が続いていた。
時刻はたぶん午後4時くらい。
まだ日が暮れるには早いけど、朝からずっと馬車に揺られてたせいか、さすがに尻も痛くなってきたな。
「……カトル」
「ん?」
御者台からウィードさんの低い声が飛んできた。
「何か来るぞ」
「えっ?」
何かって何?
反射的にホーネットに手を掛け、周囲を見回す。
海。
砂浜。
岩場。
特に何も――
砂浜の表面が大きく盛り上がり、何かが砂の下をこっちへ向かってくる。
「なんだ!?」
ドバァンッ!!
「うおっ!?」
馬車のすぐ横。
突然、砂浜が爆発したかのように弾けると、巻き上がる砂煙の中から大きな何かが飛び出してきた。
「魚!?」
いや、デカい!
3メートルくらいはあるんじゃないか?
見た目はエイに似た魚で、左右には翼のような鰭が張り出している。
そいつは胸鰭を広げると、馬車へ向かって飛び込んできた。
「くそっ!」
考えるより先に荷台を蹴る。
馬車から飛び出し、空中で相手とすれ違う。
「っ!」
ホーネットを横薙ぎに振り抜いた。
ザシュッ!
斬り飛ばされた胸鰭が宙を舞う。
直後、そいつの身体がぐらりと傾いた。
「よし!」
馬車へ突っ込む寸前で軌道が逸れ、そのまま砂浜へ激しく墜落する。
ズザザザザッ!
砂を巻き上げながら滑っていき、少し離れたところで止まった。
「ふぅー……危なかった」
馬車は無事。
倒れたやつもまだ動いてるけど、胸鰭を片方失ってまともには飛べそうにない。
まずは一安心――
ドバァンッ!
「まだいたの!?」
今度は少し離れた場所の砂が弾けた。
2匹目が砂から飛び出した勢いのまま、俺へ向かって滑空してくる。
「うおっと!」
身体を投げ出すように横へ避ける。
胸鰭の先端が、髪を掠めるように通り過ぎた。
昨日、海岸近くじゃ草原とは違うモスキートが出るって聞いてたけど……こいつもその一種か。
すぐに振り返り、観察眼を使う。
◇名前 ライハ
◇識別 モスキート
◇脅威度 カテゴリー1
◇属性 水属性
「ライハ……」
どこかで聞いた名前だ。
……あっ!
「俺の背嚢の素材のやつか!」
そういや背嚢を買ったとき、素材にライハの皮が使われてるって言ってたな。
こいつだったのか。
カテゴリー1なら、そこまで手強い相手じゃない。
動きは厄介だけど、とっとと片付けるか。
ドバァンッ!!
「まだいんの!?」
さらに別の場所から砂が吹き上がる。
3匹目が勢いよく飛び出してきた。
「……って、デカっ!」
明らかにさっきの2匹より一回り大きい。
広げた胸鰭も、身体の厚みも全然違う。
そいつは再び砂の中へ潜ると、砂を大きく盛り上げながら向きを変え、こっちに狙いを定めた。
なんか嫌な予感するんですけど。
「ウィードさん、マリーさん! 今度こそ手伝ってくれませんかねぇ?」
馬車へ向かって叫ぶ。
「俺は御者だ」
「アタシは護衛対象だからねぇ」
「……ですよねぇ」
聞いた俺が馬鹿だった。
2匹目が砂すれすれを滑空しながら突っ込んでくる。
横へかわすと、入れ替わるようにデカいやつが胸鰭を広げて跳ね上がった。
「っと!」
低く身を沈めてその下を抜ける。
そのまま手負いの1匹目へ向かって走った。
片方の胸鰭を失ったライハは、砂の上で身体を大きくくねらせながら、どうにかこっちへ向き直ろうとしている。
「まずはお前!」
踏み込み、ホーネットを振り下ろす。
ザンッ!
エラの辺りに深く入った刃を、そのまま振り抜いた。
1匹目の身体から力が抜ける。
「あと2匹!」
ホーネットのスターターに手を掛ける。
一気に引いた。
ギュルルルルッ――ヴォン!
フォォォォォン――!
間を置かず、アクセルを握り込む。
バンッ!
小シェルが炸裂した。
キィィィィン――!
エンジン音が一気に跳ね上がり、マフラーから真っ赤な炎が噴き出す。
柄を通して、細かな振動が掌に伝わってきた。
2匹目がこちらへ向きを変える。
砂煙を上げながら加速してきた。
間合いに入ってきた瞬間、踏み込む。
「っしゃあ!」
加速した刃を横薙ぎに叩き込んだ。
ドガァンッ!!
すれ違った次の瞬間、ライハの巨体が真っ二つに裂けた。
勢いを失った身体が砂浜へ落ち、左右へ分かれて転がっていく。
「うおっ……やっぱ強っ!」
カシャンッ!
空になったシェルが自動で排出され、砂の上へ落ちる。
だけど、ホーネットの唸りは弱まらない。
むしろ甲高い音を保ったまま、エンジンは回り続けている。
「これなら――」
背後から風を切る音。
デカいやつだ。
振り返ると、翼のような胸鰭を広げたそいつがすぐそこまで迫っていた。
「もう1発!」
そのままアクセルを握り込む。
キィィィィィィン――!!
シェルの炸裂と同時にエンジン音がさらに甲高くなり、赤い排気炎の中心に青白い炎が混ざる。
迫ってくる相手を見据え、身体を返す。
「おおおっ!」
斜め下からホーネットを振り上げた。
ドゴォォンッ!!
刃が胴を一気に斬り抜いた。
そいつは俺の横を通り過ぎ、数メートル先の砂浜へ叩きつけられる。
ズザザザザッ!
砂を巻き上げながら滑り、やがて完全に動かなくなった。
「……すげぇ」
思わずホーネットを見つめる。
試し打ちで威力が高いのはわかってたけど、実戦で連続して使うと全然違う。
「やっぱカブ改とは別物だな、これ……」
しかも、撃ったのはまだ2発で、弾倉には4発入る。
バルガスさんが言ってた「本領は連撃」の意味が、少しわかった気がする。
……まぁ、小シェルを4発連続で使ったら財布も一緒に死にそうだけど。
そこは考えて使おう。
「ほらね」
「何がです?」
振り返ると、マリーさんが馬車の中からこっちを見ていた。
「結局1人で十分だったじゃないか」
「いやいや、今のは手伝うところでしょ」
「でも倒せたろ?」
「結果論ですよ!」
マリーさんが楽しそうに笑う。
「ウィードさんからも何か言ってやってくださいよ」
「……悪くなかった」
「そっち!?」
褒められた。
褒められたけど、今欲しかったのは援護の方なんですけど。
まぁー、いいか。
「そういやマリーさん」
「なんだい?」
「最後のやつ、デカくなかったですか?」
「ああ、ありゃボシ・ライハだよ」
「ボシ・ライハ?」
「普通のライハより大きく育った個体さ。あれくらいになるとカテゴリー2だねぇ」
「やっぱり強いやつだったんじゃないですか!」
「でも倒せたじゃないか」
「だから結果論ですって!」
しばらくすると、倒した3匹のライハが光の粒になって消えていった。
◇名前 水魔核(小) ×1
◇レア度 2
水属性の魔力を帯びた不思議な石。
◇名前 大きなエイヒレ ×2
◇レア度 2
炙って食べるととてもおいしい。
◇名前 ボシ・ライハの大皮 ×2
◇レア度 2
すべすべしたとても丈夫な皮。
◇名前 ボシ・ライハの棘 ×1
◇レア度 2
鋭い棘。毒がある。
◇名前 水魔核(極小) ×2
◇レア度 1
水属性の魔力を帯びた不思議な石。
◇名前 エイヒレ ×3
◇レア度 1
炙って食べるとおいしい。
◇名前 ライハの皮 ×4
◇レア度 1
すべすべした皮。
残された魔核や素材を手早く回収して背嚢にしまう。
「よし、終わりっと」
立ち上がって、改めて辺りを見渡す。
陽はさらに西へ傾いていて、海面を照らす光も少しずつ柔らかくなっていた。
波の音。
潮の匂い。
さっきまで戦っていたのが嘘みたいに穏やかだ。
「あそこだよ」
「え?」
マリーさんが海岸線の先を指差す。
その方向へ目を向けると、少し離れたところに切り立った崖が見えた。
「キプチョゲ草があるのは、あの崖さ」
次回は11月10日8時20分投稿です。
応援、お願いします。




