001 飛んで火に入る夏のなんとやら……
飛んで火に入る夏のブタ。
元にしたことわざの本来の意味や使い方なんてのはさておき、字面だけならこれ以上ないくらいにピッタリな状況です。
決して語彙力の無さを誤魔化すために、それっぽく適当な造語を言ってるんじゃないからね!
そりゃあもう、メラメラとよく燃えてるんですよ。
えっ? 何がって?
家ですよ。家が燃えちゃってるんですよ!
20年前にレッツ・スローライフなんて言いながら、家族で引っ越してきたマイスウィートホームが燃えちゃってるんですよ!
もう、よく燃えるの何のって。
さすがは築200年の茅葺屋根の古民家。燃える、燃える。
部下にパワハラしすぎて寺ごと燃やされちゃった何処ぞの戦国武将みたいに、人間五十年なんて歌いながら踊っちゃいたい感じです!
『……逃げないのか?』
んっ? 残念ながら、逃げ道なんてのはとっくにないですよ。
でも、まぁーワンチャンなんとかなるんじゃないかな、と思ってます。
あれっ? わからないですか?
だって俺、蚊取り線香のブタなんで火には強いんですよ。
あっ、電気式のノーマットブタじゃなくて、昔ながらの蚊遣り豚ってヤツです。
今は年季が入って煤けて真っ黒ですけど、こう見えて有田焼の陶器製なんで、結構高かったんですよ。あはははは!
……なんて強がってみましたけど、やっぱりダメそうです。
だって、今にも天井が焼け落ちてきそうだし、さすがにその重さには耐える自信がありません。
何年か前にノーマットのブタ野郎に立場を奪われて、危うく捨てられそうになったとき以来の大ピンチです。
ああ、なんかたくさんの思い出が浮かんでは消えていきます。
これが走馬灯ってやつですかね? キラキラしてて、とても綺麗です。
『走馬灯ついでに、己の人生でも振り返ってみたらどうだ?』
なるほど……どうせやることもないですし、それもいいですね。
それじゃあ、俺のこれまでの人生でも振り返るとしましょうかね。
蚊遣り豚になったのは、この家に引っ越してきてから1ヶ月程経った、ある日のことでした……
『んっ? 待て。いきなりブタになった所から話すのか? どうせなら生まれから話してみろ』
えっ? 別に話してもいいですけど、そんなにアドベンチャーな人生は歩んでないので面白くはないと思いますよ。期待しないでくださいね?
『別に期待などしていない。気にするな』
自分でハードル下げといてなんですが、そんな風に言われるとなんかイラッとしますね。
……というか、さっきから気になってるんですけど、俺の頭の中に直接話しかけてくる貴方はどちら様でしょうか? もしかして、神様だったりします?
『貴様が知る必要はない。とっとと話をしろ』
随分と偉そうな物言いですね。貴様だなんて言われたのは、生まれて初めてですよ。
ジーク・ジオンとか叫んでる何処ぞの軍人か何かですか?
『……』
はいはい、わかりましたよ。話しますよ、話せばいいんでしょ? 話せば……
えーと、平凡な両親の元に男の子として生まれて、真面目に小学校、中学校、高校、大学と通いました。
大学卒業後は普通に会社に就職して、そこで出会った妻と結婚。
子供は男の子2人と女の子1人を授かりました。
そんで、40歳の時に会社を辞めて、夢だったスローライフをするべく家族でこの家に引っ越してきました。
あっ、趣味はスポーツチャンバラです。
略してスポチャンって言うんですが、ご存じです?
エアーソフト素材の得物でしばき合うスポーツなんですけど、これがもう楽しくて楽しくて。
ムカつく奴を思い浮かべながら、相手をしばき倒した時のあの爽快感!
スパァーンって音を聞くたびに、心にこびり付いたドス黒い汚れが洗い流されるようで、もう気持ち良いのなんのって!
俺の得物は主に長剣だったんですけど、これでも若い頃には日本選手権を3連覇したこともあるんですよ! えへへ、すごいでしょ?
競技会を引退してからは、趣味として合戦や乱戦なんかの集団戦に軸足を移して楽しんでたんですけど。
ブンブンと虫のように集まってくる敵を潰しまくってたら、「走る人間殺虫剤」や「1000人殺し(サウザンドキラー)」なんていう物騒な二つ名を付けられてしまいましてね。
それも今となっては懐かしい話です! あはははは!
……と、まぁーとりあえず、蚊遣豚になる前の人生はこんな感じですけど、これでいいですか?
『人生の振り返りが薄っぺらいクセに、聞いてもない趣味の話がやたらと熱苦しいな』
ムッ? 薄っぺらくても十分に幸せな人生だったんだからいいじゃないですか!
本当に失礼な方ですね。貴方、絶対に友達いないでしょ?
『……』
あっ! 天井が少しずつ焼け落ちてきました!
もうあまり時間もなさそうなんで、話を進めますからね!
そんで、家の裏山で1人で山菜取りをしてたら、大きな熊に襲われちゃいまして。
何とか撃退には成功したんですけど、こちらも無傷というわけにもいかなくてですね……
ぶっ倒れて、次に意識が戻った時には、家の縁側の廊下から自分の葬式を見てました。
最初は何が起きているのかわからなかったんですけど、ガラスに映っている蚊遣豚が自分だって気づいた時には、開いた口が塞がらなかったですね。
そりゃあ驚いたの何のって。
まだ幽霊とかだったらわかるけど、蚊遣り豚ですよ!
「転生したら蚊遣り豚」って、何の冗談かと思いましたよ。
どうせブタなら空飛ぶブタにでもなって、「飛ばねぇブタはただのブタだ!」とか言ってみたかったです。
でもまぁーそんなことはどうでも良いくらい、祭壇の側で泣いている妻と子供達を見るのが辛くて、申し訳なくて……
すぐにでも駆け寄って抱きしめて、「俺はここにいるよ」って伝えたくても、動けないし声は出ないし。
あの時は本当に辛かったです。
それから、妻は本当に大変だったと思います。引っ越してきたばかりの慣れない土地で、小学生だった子供達を女手一つで育てなきゃいけなくなったんですから。
でも妻は葬式の日以来、子供達の前では一度も涙を見せず、弱音も吐きませんでした。
常に笑顔を絶やさず、明るく前向きに子供達に接するその姿は、まるでお日様のようでした……
ただ時々、子供達がいない時に縁側で泣きながら弱音を漏らしていたのは、ここだけの秘密です。
そんなこんなで山あり谷ありいろいろなことがありながらも、妻が頑張ってくれたお陰で、子供達もグレることなく良い子に育っていきました。
本当に妻には感謝しかありません。
『貴様は何かしていたのか?』
俺ですか?
俺は俺で、蚊遣り豚としてできることを精一杯してましたよ。
夏から秋にかけては、蚊取り線香の煙で悪しき蚊共から家族を守り、冬から春にかけてはお香の良い香りで家族を癒やしたりと大忙しでした。
むしろ、会社勤めしてた頃より働いてたんじゃないでしょうかね。あははは……
そうして時は流れて、子供達もこの家からそれぞれの道へと巣立っていき、俺と妻2人だけの、少し寂しくも穏やかな日々が訪れました。
思えば、この時間が夢見たスローライフというものだったのかもしれません……
ですが、悲しい別れはいつも突然やってきます。今から半年前のことでした。
妻が秋祭りの手伝いの最中に倒れて、そのまま天国へと旅立ってしまったのです。
俺はそれを、突然帰郷してきた子供達の会話で知りました。
しばらくの間、子供達が何を言っているのか理解できませんでした。いや、理解したくなかっただけかもしれません。
悲しくて悲しくて、泣きたいのに泣けない。
涙を流せないのがこんなにも辛いことだなんて思いませんでした。
今でも妻の最期を看取れなかったのは、最大の心残りです……
それからは心にぽっかりと大きな穴が開いたように全てが空虚で、遺品整理をしている子供達や業者の人達をボーっと見ていました。
気づけば縁側の廊下に置き忘れられた俺は、1人寂しく日々を過ごしていたんですが、そんな中今日になって何処ぞのクソガキ共が「肝試し」とか言って不法侵入した挙句、火のついたタバコをポイ捨てして行きやがったんですよ。
とりあえずクソガキ共はいつか血祭りに上げてやろうとは思いますが、そのタバコが火種となって畳やら何やらに燃え移った結果、今の状況に至ったわけです。
ご清聴ありがとうございました。
うわっ!? 本格的に天井が焼け落ちてきました!
『貴様は次に生まれ変わるとしたら、何になりたい?』
これまた唐突ですね。
俺の人生の振り返りに対して何か感想はないんですか?
『特にないな』
はいはい、特に無しですね。了解です。
うーん……、やっぱり人間がいいですね。
そして、もし叶うならもう一度……いや、何でもないです……
『うむ……。そういえば、貴様の名を聞いてなかったな』
俺の名前ですか? そういえば名乗ってなかったですね。
ネタっぽいので黙っておこうかとも思ったんですけど、最後なので教えてあげましょう。
俺の名前は、香取千高です。良い名前でしょう?
念のために言っておきますけど、線香じゃなくて、千高ですからね?
『フッ……』
ムッ!? 今、鼻で笑いましたね……?
ふぅ……まぁーいいでしょう。最後なので見逃してあげますよ。
……そろそろ、お別れのようです。
どこの誰かは知りませんが、こうして話し相手になってくれてありがとうございました。
心なしか少し気分も楽になったので、気持ちよく天国に旅立てそうです……
『うむ、達者でな……』
あははは。それって死にゆくブタに対して送る言葉ですかね?
でも、なんか悪くないです……
それでは……、サヨナラ……




