ワニ
ガットはやはりこの耳がつまるような感覚と視界がゆがむのにまだ慣れない。もともと《空間魔法》に体がなじむのに時間がかかる体質で、ゆがみが生じた空間に酔いやすいのだ。家業であった《戦士》を継ぐために子どものころから特訓させられたいやな思い出も蘇る。
こんどはどこに《とばされ》たのかと思ったのに、景色は変わらなかった。
「 よお、あんたらが《勇者一行》とかいうやつか? 」
そのかわりに、感じたことのない気配をもつ、大柄な男がナオの隣に立っていた。
ラーラはとりだした杖をかまえている。
ラフィーも《聖書》をとりだしていた。
椅子にすわったままなのは、リミザだけだった。
「 ―― この男が、この国の『兵士』なのか?」
立ち上がったガットは腰にさげている剣の鞘に無意識に手をそえていた。感じたことのないその気配が、身をまもるようにからだに指令をだしたようだ。
ナオがすわる椅子の横に立つ男は、こちらと目をあわせてにっとわらった。上も横もガットよりも大きい。肌は日に焼け、長い髪はぼさぼさなままで、腰巻の布のほかはなにも身に着けていない。
「『外』からどんなのがくるかと思ったら、おもしろそうなやつらがきたな。こりゃあ、 ―― なにかに縛られた男」 ガットをゆびさす。
そのゆびをラーラにむける。
「ふん、おれの知ってる婆さまに似た女。と、」 ラフィーにさした指の先をくるくるとまわす。「 ふ~・・・ん、腹になにか隠してるな?」
おもわずラフィーが法衣の胸当てをおさえると、「隠れてなんかねえぞ」と、白いトカゲが顔だけをだした。
「へえ、こりゃまた、・・・ん?ちがうな。おれたちとは・・・」トカゲをにらんだ男はくちをまげて指を立て、考えるようにだまりこんだが、ふいに指先をリミザにむけ、くちをひらいた。
「 ―― ありゃ、なんだ?」
「もお、ワニ、あれがこの《勇者一行》をひきいてる《勇者》だって。言っといたでしょ。子どもみたいに小さいって」
ナオが小声で言って男をみあげ、リミザにあやまる。
「いや、べつにいいよ。ぜんぜん気にしてないから」
片手をおおきくふったリミザがいつもののんきな顔と声でこたえた。
これは《いつものリミザ》だ。
このゆるいしゃべりかたとゆるい態度。これこそがこのパーティーの《勇者》である《もとのリミザ》だった、とガットはひさしぶりにかみしめた。
「 ―― で、おれは気にしてないけどさあ、そっちの『ワニ』とかいう礼儀知らずな男が、『この国の兵士なのか』っていうガットの質問にまだこたえてないよね。っていうか、『兵士』とかのまえに、あんた人間じゃないよね?」
ばかにしたようなわらいを浮かべたリミザが、あごをあげて首をまげる。
「《クソリミザ》、だまってろ」
ガットが腕をのばし、そのムカつく顔がみえないように頭をつかんでうつむかせる。
「いてえ!くびっ!首がゴキっていった!」
「折れても問題ねえだろが。すまない。うちのクソ勇者に腹が立つだろうが、勘弁してくれ」
つかんだリミザの頭をさらに下げさせたガットがあやまると、『ワニ』とよばれた男がわらった。
「 いや、たしかに質問にもこたえてないからな。なかなかおもしろい《勇者》だな。 おれはここの兵士をまとめてる『ワニ』だ。おれたちは、もともと海の生き物だったのが、あんたらでいうところの《魔法術》で人間にされ、それが先祖だっていわれてる。だからなのか、寿命がながくてからだも丈夫だ。そういうおれたがまとめて《ウミ》ってよばれて、この島をまもるのを役目としている。つまり、『兵士』ってことだ。その兵士をそれぞれの島でまとめる者を、『ワニ』ってよぶ」




