第32話 彼女のその後 3
「その魂が、あの女?」
男がゆっくりと頷いた。
よくできましたって顔をしている。
「そうだ。本当ならほかの世界には入れないはずだが……バカな神様が、どうしようもない神様の世界に情けをかけてしまったばっかりに、小さな綻びが出来ていた。そして運がいいのか悪いのか、俺が自分の世界から目をそらしていた隙に細い道が通じてしまった。
魂は神の世界も自分の世界も何も知らない。だからまっすぐにその道をたどっただろう。奴は当然のようにその魂を追いかけた。その魂が奴の力のほとんどを持っていたのもあるが、もともと自分の世界に愛着もなかったろうから、自分の世界から俺の世界へ目を向けた。その瞬間、奴の世界は完全に消えて、奴の中で俺の世界が自分の世界になったんだと、思う。
奴の力は俺の世界にはない力だった。意外とあっさりと俺の世界に順応して、逃げ込んだ魂にとても良く働いたようだ。魂は難なく幼くして亡くなる運命を持った少女に入り込んだ」
「亡くなる、運命」
「そういう運命の持ち主だったからこそ、弱って行き場を無くした魂を引き寄せてしまったのかもしれない。もし俺の世界の力だけなら、少女はそのまま亡くなっていただろう。
こう言ってはなんだが、そのまま亡くなっていれば、二つの魂は新しい運命を手に入れる事が出来た。
けれど、奴はそれをよしとしなかった。その少女にその神が持つすべての恩恵を与えた。
奴の世界は弱いものが駆逐され強いものが生き残る世界。魂は、少女の魂を追い出してその体を自分の物にした。
俺の世界の本質と一緒に」
「本質……神様、貴方の本質は……」
「俺は……なんだろうな。本性なんて自分で言うのは恥ずかしいな。それに、自分で思っているものとは違うかもしれない。ただ、俺の世界は、誰かに優しい世界にしたかった」
「誰かに優しい世界?」
「ああ、優しい世界だ。誰も苦しまないように。悲しまないように、傷つかぬように、飢えぬように。いつでも誰かを思いやれる余裕がある世界だ」
少し恥ずかしそうに、男は言った。
男の言葉に、自分の過去を思い起こす。
――――あの世界は、優しかったろうか?
長く苦しんだことしか思い浮かばない。
婚約者に決まったと教えられたあの日から……ううん、そうじゃない。
生まれた時から、私は彼の婚約者になるために生きて……生かされていた。
考えれば、兄よりも早くいろんな勉強をさせられた。
母がつきっきりだったから、兄のように友達というものを作ることもなかった。
父も、母の言う通りと言い、兄は邪魔をしては悪いからとあまり接点を持たなかった。
―――あれが彼らなりの優しさだったのかもしれない。将来王子の婚約者になればこんな苦労ではないからと。
けれど、私の意志が決まったのは、王子に会ってから。
それまで私は、私の立場を少しも知らなかった。
確かに誰も彼も、私を大事にしてくれたけど、一度だってやめてもいいとは言ったことがなかった。
嫌なことだって、たくさんあったのに。




