第二十一章 生月市「テケテケ」伝説 4.顛末
~Side 優樹~
少ししてから、真凛が自信なさそうな声を上げた。
「……ねぇ優樹……【生命力探知】に、何か妙な反応がひっかかるんだけど……今までに見た事のない反応なのよね」
「それって【生命力探知】の方? 【魔力探知】じゃないんだよね?」
「えぇ、【魔力探知】には何も引っかからないわ」
「ふぅん……」
……だったら、さっきからぼくが見つめてる――コレと関係あるんだろうな……
《対象物の品質は以下の通りです。
【有機肥料 ナマケモノの糞】 品質:下 貢献度:小
マヨヒガの外部素材として取り込みますか? はい/いいえ》
……うん……貢献度が微妙に高いのは、犬の糞なんかと違って珍しいからなんだろうな。こんなにちっぽけなかたまりなのに、貢献度が「微小」でも「極微少」でもなくて、「小」だもんね……
「――ちょっと優樹、聞いてるの?」
「あ、うん……真凛ちゃん、それってナマケモノの反応じゃないかな?」
「はぁ? ナマケモノ……って、動物園にいるあのナマケモノ? 何でそんなのが出てくるのよ?」
「だって……そこに糞があるし……」
「はぁっ!?」
こないだ本で読んだんだけど、ナマケモノって怠け者のくせに、一々地面に降りて糞をするらしいんだよね。木の上からの垂れ流しじゃなくって。その時にゆっくりと――ナマケモノ基準では大急ぎなんだろうけど――這って動くから、それを「テケテケ」と見間違えたんじゃないかなぁ。
ともあれ、ナマケモノがいるんなら木の上、枝にぶら下がってるはずだから、そういうつもりで注意して探すと、
「……うわぁ……本当にいた……」
「これって、よっぽど注意して探さないとわからないよね」
さすがにナマケモノなんてぼくらの手に負えないし、放って置くわけにもいかないから、市役所の棗さんに連絡した。だって、他に連絡する相手の心当たりがなかったし。
・・・・・・・・
『……何だって? 野生のナマケモノを発見した?』
「えぇと、野生って言うか……道の脇の木にぶら下がってるんです。首輪も着けてないみたいだし……少なくとも、飼い主がいるようには見えないんで……」
棗さんも呆れてるみたいだけど、ぼくたちにだってどうしようもないし……
「動物園からここまで逃げ出したとも思えないし、脱走ペットっていうのもどうかという気がするし……」
『……一応、紛失届が出ているかどうかは確認させるよ。ひょっとしたら、不法取引で持ち込んだものが逃げ出した可能性もあるし』
「ご迷惑をおかけしてすみません。けど、ぼくらもどこに連絡したらいいかわからなかったんで」
『一応は遺失物扱いで警察の所管になるんだろうが……確かに、連絡するとなるとどこにすべきか躊躇うだろうね。とりあえず警察と保健所には、私の方から連絡しておくよ』
「どうもすみません……」
『しかし何だね。鳥楽君は、この間はクビアカツヤカミキリを発見したそうじゃないか。外来生物の専門家でも目指しているのかい? てっきり妖怪とか民俗学の方へ進むのかと思ってたけど』
「別にそういうつもりじゃ……」
たまたま偶然に思いがけなく巻き込まれただけです。……本当に偶然だよね?
********
~No-Side~
ナマケモノの件が――違法な業者が関わっている可能性があるという事で、発見者である優樹と真凛の素性は伏せて――報道された翌日、
「先輩……この子たちって、廃屋で会ったあの子たちですよね?」
私立水陽館――よく間違われるが、〝みずようかん〟ではない――学園高等部・伝承文化研究会の部室では、女生徒の一人がネットに流れたニュース映像を見て言った。映像にはモザイクがかけられているのだが、それでも判る者には判ってしまうらしい。実際、クラスメイトたちにはバレバレだったし。まぁ、教師陣がきつく申し渡していたので、二人の素性が漏れる事は無いだろうが。
「興味本位でこの子たちの素性を詮索するのは感心しないけど――」
「……すみません……」
「まぁ、解ってもらえればいいさ。それはそれとして、この一件は僕たち『伝承文化研究会』としても、無視できない問題を提起してくれそうだね」
「……〝無視できない問題を提起〟――ですか?」
上級生と覚しき男子の言っている事が理解できなかったと見えて、女生徒は訝しげに首を傾げる。そういう仕草は中々に可愛らしい。……話している内容を別にすれば。
「『テケテケ』と呼ばれている怪異の今後についてだよ。前にも話した事があると思うけど、一旦形を与えられた怪異は、今度はその形を維持するように……言い換えれば、共有された幻想の形を守るように行動するんじゃないだろうか。或る意味で、イメージを強化するように行動するとも言える……行動というのが言い過ぎなら、〝反応する〟と言い換えてもいいけどね」
「怪異の擬似生命仮説ですよね? 先輩お得意の」
「……少し揶揄的な響きのあるのが気になるが……そうだ。怪異自体は生物ではないかもしれないが、その行動原理は生物的なのかもしれない」
男子生徒は少しジットリした視線を女生徒に向けるが、当の女生徒は涼しい顔である。或いは日常的な光景なのかもしれない。
「……存在としてのイメージを強化するためには、目撃者や証人にはこの話を広めてもらわなくては困るわけで、それが怪異に出遭って死んだ話が少ない理由かもしれない」
「出遭ったら死ぬという話も能く聞きますけど? 都市伝説の場合は特に」
「実際に見た者が全て死ぬんなら、その話が伝わってる筈は無いだろう」
何やら揚げ足の取り合いめいた遣り取りであるが、議論している当人たちは大真面目であるらしい。
「怪異の成立する条件の一つが幻想の共有だとしたら、ナマケモノという合理的な解を与えられたテケテケが、今後どうなるのか……興味ある問題だね」
「合理的……ですか?」
――あんな場所にナマケモノがいた事が?
「……まぁ、新たな都市伝説が生まれるかもしれないが……」
彷徨える動物園とか?
これにて今回の更新は終幕です。




