第二十章 ぼくらが枯れ竹の林に行った時の事~竹姫様~ 2.称明寺にて(その2)
~Side 真凛~
そう言うと、棗さんはあたしたち二人の顔を見まわした。和尚さんはこの話を知ってるみたいで、落ち着いてお茶なんか飲んでいる。
「日本にあるマダケというのは、遺伝的に近いものばかりらしくてね。マダケの一斉開花は全国でほぼ同時に起こるんだそうだ。大体、百二十年くらいの周期でね。……ところが」
棗さんはここで言葉を切って、あたしと優樹を見つめた。
「……この場合は違っていたと?」
「あぁ。他所のマダケは青々しているのに、ここのマダケだけが枯れたんだそうだ。しかも、おかしいのはそれだけじゃない」
……もぅ充分おかしいと思うんだけど……まだ何かあるのかしら?
「マダケにしろモウソウチクにしろ、開花後に一斉に枯れてそれっきりだったら、日本から竹というものは消えていなくちゃならん。だが実際にはそうなっていない。つまり、開花後に着けた実からの芽生えによって、竹が再生するわけなんだ……普通はね」
「……この時は違ってたんですね?」
「あぁ。竹林はいつまで経っても回復の兆しを見せなかった。そればかりか、竹以外の植物も一向に生えてこなかった」
「「………………」」
「普通に考えれば、長年の間にそこは裸地化して、砂漠のようになる筈だ。ところが、今に至るまでそこは竹林のままだ。……枯れた竹の林を竹林と言っていいのなら――だがね。
「村人たちは竹姫の祟りだと怯えて、盛大に供養だか法要だかをやったらしいが、今に至るもそのまんま。……という事は、竹姫の怒りは解けていないという事だろう」
……穏やかじゃない話になってきたけど……でも……
「市内にそんな呪われた場所があるなんて、聞いた事ないんですけど」
あたしがそう訊ねたら、棗さんは大きくうなずいた。
「そうだろう。林が再生しない事を除けば、何の実害も無いわけだからね」
「あ……人とかに被害は出てないんですね?」
「出ていない。……とは言っても、市の立場としてはそうも言っていられない。それなりの広さの土地が塩漬けになっているわけだからね。防災上の問題もあるし、この際整地してしまおうじゃないかという意見が出されている」
「わぁ、強気」
「だ、大丈夫なんですか?」
「無論、事前に然るべき調査は行なうし、こちらの和尚さんに供養もしてもらう手筈になっている」
「愚僧はあまり気が進まんのじゃがの」
和尚さんは面白くなさそうな口ぶりだけど……
「まぁまぁ。もしも竹姫の亡骸が出てきたら、市として葬儀を執り行う必要もあるわけですから」
「学者とかが何ぞ言い出すんじゃろうの。貴重な標本じゃとか何とか。村を守ろうと犠牲になった娘さんを標本扱いするなぞ、仏罰が下るわい」
「市としてそれは断固拒否します。……まぁ、その遺体が間違いなく竹姫の遺体かどうか、それを確認させる必要はありますが」
その辺りが落としどころでしょうと言う棗さんに、和尚さんはむっつりとうなずいていた。
「あの……調査というのは、その……法人類学的調査の事なんですか?」
法人類学――って……優樹もよくそんな言葉を知ってるわね?
「いやいや。そっちは万が一出てきたらという話でね。本命は土とか植物の調査だよ。長期間植生が回復しないのは、土の中の栄養分を使い尽くしたか、何かの化学物質が蓄積しているせいじゃないか――という意見が出されてね」
「化学物質……」
「あぁいや、人為的な汚染とかじゃなくてね」
「アレロパシー物質……忌地現象の事ですね?」
「そうそう。……いや、鳥遊君は本当に能く知ってるね」
本当……理科が得意だとは聞いてたけど……予想以上だわ。
「本で読んだんです。あと、田舎のお祖母ちゃんからも、同じような話を聞きましたし」
……だとしても、本当に生き物関係は頼もしいわよね。




