第一章52 【最強の壁】の『不動の将軍』
ナハトとバーティの戦闘が始まったばかりの頃。
大都市ユニベルグズ魔法研究施設アルティに現れた強大な刺客は魔女ともう一人、まだ十歳かそこらの子供だ。
そしてその子供イッポスは現在、研究所所長ハンニバル・Kと共にエレベーターに乗って移動しているところだった。
「にしてもこんな狭い空間で二人きりって、襲われるとは考えないわけ?」
子供が純粋な疑問をぶつける。
だがハンニバルは彼に背を向け無防備なまま、敢えて子供扱いするように丁寧な口調で答える。
「子供に襲われたところでなんともありませんから大丈夫ですよ。後でしっかり遊んであげますから待っててくださいね」
相手の見た目が本当に子供であるからこの反応は間違いではないように思われるが、部分部分で異質さが残る。
「ま、そう言うと思ったよ。で? 次は何を話してくれるのかな?」
「……私は子供の扱いが苦手でね。だからと言って嫌いって訳じゃないのだけれど、不器用なあまりいつも泣かせてしまってね。参ったものだよ。だから、」
「だから?」
「____君は、泣かないでくれると嬉しいかな」
口調こそ丁寧なものの、そのトーンには明らかな脅しのような圧が込められていた。
それを背後の子供が理解しているかどうかは定かではないが、しかし平然としてハンニバルの言葉を受け止めているように見える。
「うんうん、そう言うと思った」
「は、ははは……またご冗談を。子供扱いが苦手なんて情報を君が知っていたとはとても考えられないよ」
「確かに知らない」
「し、知らないのかぁ〜」
正直な話、ハンニバルは全力で舌打ちしたいのを堪えて体裁を繕っていた。「言うと思った」などという言い回しをエレベーターに乗る前から既に使われていて我慢の限界が近かったのだ。
調子狂うなクソッと心の中で叫び散らかしながら、彼は子供と話すのを諦め黙ることにした。
「ま、黙り込むってのもひとつの方法だよね、わかるよ。でもさっき凄い顔で『即刻排除する!』みたいな事言ってたし、本当は口悪いんでしょ?」
「るっせぇな。普段は公私を使い分けて口調変えてるんだよ」
「なんだ、黙るんじゃなかったのかい。まあ表裏一体って言葉があるからね。所長さんの場合、慇懃と粗暴は同じようなものって訳だ」
「ガキのなりして難しい言葉ばっか使ってんじゃねぇよ気味悪ぃ」
「あ、それ僕の仲間にもいつもツッコまれてたよ!」
と、そうやって話し込んでる間にもエレベーターのガラス窓から目的地が見渡せるようになっていた。
広大な体積を誇る直方体の大空間。
床、壁、天井の六方が白で統一され、見慣れぬ機械やそれを扱う研究員達が数人、降下するエレベーターの存在を気にすることなく活動している。
「うわぁ〜、凄いね所長さん。地下にこんなトレーニングルームがあるなんて」
「……お前、普通のガキなら俺に怯えて縮こまって、そんで泣き叫ぶところだが、よく平然としてられるな」
そんなハンニバルの疑問に子供はぽかんとして答えた。
「だって、これから殺し合いをするんでしょ? そんな子供が普通なわけないじゃん」
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「ほら着いたぞ。ここがお前の墓場だと思っとけ」
「ほえ〜。上方から俯瞰して見てても凄い広さだと感心してたけど、実際に足を踏み入れるともっと大きく感じるね。ここを世界征服のための根城にして暮らしたい気分だ」
「はっ。できたらいいな、できたら」
半ばハンニバルが子供の話に振り回される形になっていたが、彼の存在に気付いた数人の研究員達が「ハンニバル所長こんにちは」などと挨拶しながら近づいてくるのを皮切りに意識を切り替える。
「すまないが君たち、トレーニングルームまで先程の警告アナウンスは届いていなかったのかね?」
「警告のアナウンス、ですか?」
「ああ。愚かにもこの大都市ユニベルグズに大軍が攻め込んで来たらしい。今ここの研究員達も総出で軍隊の迎撃やら市民の避難をしているから、君たちも駆けつけてやってくれ」
「な、なんてこと……わかりました! 所、所長はどうするのですか?」
「すまないがこの子関連の事情で他に優先すべきことがあってね、すぐに駆けつけることが出来ない。多分上でナハト君が激戦を繰り広げてるだろうけど、彼女のことは心配しないで外に……エントランスの方じゃなくて裏口から出るといい」
「了解です!」
元気に返事するとその研究員は他の皆々に事情を説明して、彼らは蒼白な顔で驚愕しながらもダッシュで戦地へと向かって駆けていく。
こうしてトレーニングルームに残されたのはたったの二人。誰に被害を出すこともなく、気兼ねなしに戦火を上げる用意が整った。
「さすが所長だね。思った通りみんな従順に外へ出て行ってくれる」
「そうかいそうかい。じゃあ_____やろうぜ」
言って、二人は広いトレーニングルームの真ん中に立つ。
向き合う彼らの表情はどちらも笑みであったが、ハンニバルの方は「潰してやるぜ」と言った威嚇を含んだ笑みにも見える。
丁度その時、中々聞くことのないような轟音が天井伝いで響き渡った。
それを合図に、
「んじゃ、手始めにこれでも喰らえや」
ハンニバルは挨拶をする感覚で魔法の衝撃波を飛ばす。たったの一発には収まらず、軽く十発にも及ぶ攻撃で子供を弄ぶ。
だがそれで倒せるとは思って撃ってはいない。
その予想通り、バチンッ! と黒い雷のようなものが子供イッポスの体表から滲んで全てを相殺した。
「まあやっぱそう来るよね〜。開幕乱打で攻撃来ると思って準備してた甲斐があったよ」
「さっきからうっぜぇぞ。誰が開幕乱打攻撃するなんて確信持って臨めるってんだよ。てのはまあどうでも良いんだが、今の黒いのはなんなんだ?」
軽い言葉の交わし合いの合間にも「ほいよ」などと呟きながら次の魔法を叩き込む。今度は無属性の無数の赤い矢がハンニバルの背後から一直線にイッポスを射抜かんと迫る。
「うーん、なんなんだと聞かれても。自縄自縛になっちゃいそうだから回答は控えさせてもらうよ。あとこの程度の魔法ならバーティので見慣れてるから簡単に躱せるよ」
イッポスもイッポスで余裕だ。
かなりの速さで飛来する魔法矢を身軽に回避しながらすまし顔で会話を続けている。
もはや子供と表現するのが適切かどうかすらハッキリしないが、実際見た目はそうなのだから仕方がない。
「まさかこれを無傷でやり過ごすとはいささか予想外だったが、なら、肉体勝負といこうじゃないか!」
「なんだい、まさか魔法研究所の所長ともあろう人が魔法でなく物理で戦おうって? でも面白い、受けて立つよ」
ハンニバルは「よく言った」と微笑むと両者互いに急接近する。
次に起きたのは怒涛の高速乱打。拳と拳がぶつかり合う音が絶え間なく入り乱れ、またその音は拳が割れてしまうのではないかと思うような痛々しさをも想像させる。
当然のことだが、これもハンニバルにとっては予想外だった。彼の連打スピードについて来れることではない。
攻撃力の面でもイッポスが彼に全く劣っていないことが実に厄介で衝撃的なことだった。
支援魔法で能力を底上げしているようでもなく、この子供は実力でここまで渡り合っているのだと分かる。
「おいおい、ここまで完璧に攻撃が相殺されるとなっては俺の立場も危ういな? しかも実力で言えばもう一人の魔女っ子の方が強いと見た。余裕で研究所内2位の座を強奪できちまうぞ」
「子供ってのは成長力が凄いからね。もっとも、何百年と子供をやってる人間の成長がどれほどかなんて理解できないだろうけど、今ここで所長さんを倒せば1位の座は僕のものだよ!」
「洒落臭ぇぞガキんちょが! あまり調子に乗らないことだな!」
ハンニバルの威圧が更にも増して荒々しくなる。
加えて支援魔法『肉体増強』『アボイダブル』で攻防速を底上げし、怒涛の連撃は神がかってると言えるようなレベルまで進展する。
流石の流石にイッポスものけぞって押し込まれるが、
「おいおい……?? 踏ん張って対抗してきやがるのかお前って奴はよぉ」
イッポスは押し負けず、心底震えるような練磨された動きで対応を続けていた。
「でも、ちょっと、これはキツい、かな」
「はっ! なんだよ、弱音を吐いたな?」
「弱音を吐露することで内側に残るのは強気だけだよ」
すると防戦一方に思われたイッポスが攻撃に転じた。
ただの単純なパンチ。
肩を上げて大きく振りかぶり、ただ一点を狙って穿たれる速攻。だが実際それは隙だらけで、ハンニバルはすっと横に回避して言う。
「なんだ、さっきの連打の方が強いぞ?」
やや挑発のニュアンスを込めた言葉と共に反撃をかまそうとした時イッポスは、
「うん、知ってるよ」
その瞬間、猟銃でも撃たれたような破裂音がトレーニングルームに響めき渡った。
だがこの場のどこにも猟銃などないし、そういう魔法が使われた訳でもない。
「くっ……かぁ………」
しかし、息を詰まらせ苦しむその様はまさに銃弾に貫かれた時のそれと似通っていた。
ずるっとハンニバルはその場に崩れ落ち、膝立ちになってこうなった理由を振り返る。
( こいつ、わざと俺みたいな素早い攻撃ができる奴にしか分からないレベルの隙を作って反撃の反撃をかまして来やがった。次の俺の攻撃を既に察知しているかのようなイカれた戦闘センスしてやがる……!! )
「これが僕と所長さんの差ってやつだよ。努力の数、生きた時間、どれもが違うのさ」
「天衣無縫なガキかと思えば卓越した熟練度を持ち合わてやがる、この矛盾が気持ち悪ぃんだよ」
「天衣無縫か、良いねぇその言葉! 今度から使わせてもらうよ。ところで、所長さんはいつまで座ってるつもり? 足掻いてみせなよ。その時間があるなら、ね」
「お望みとあらば!」
言ってすぐ、イッポスが胸ぐらを掴もうとしたところを平伏すように頭を下げることで避け、手を床に付けたまま魔法『エニグマ』を作動させる。
何色もの色が混ざりに混ざったような魔法だが、それが床を液体状を保って広がり、イッポスの足下から拳を形造り怒涛の連撃が繰り広げられる。
「いやはや、恐ろしい魔法だね!」
鋭敏な危機察知により、連撃の寸前には既に飛び跳ね足下からの猛攻からの脱出を図っていたが、地を蹴るため伸ばした脚に数撃浴びてしまい攻撃範囲から抜けながら胴から落ちる。
「くたばれやぁ!」
そして再び、敵がバランスを崩したこの時を逃すまいと無属性の魔法矢が一斉に子供を射抜く_____寸前で、
「はぁあああああああああ?」
うつ伏せで受け身を取っていたイッポスは矢が発射される前の時点で足の踏ん張りを利用して立ち上がっており、そのままダッシュで弧を描くようにハンニバルに急接近していた。
止まることを知らぬ暴走機関車と同様、彼のスピードと攻撃力によって生まれる運動量、さらに遠心力による勢いの増加。それが顔面めがけて直行している。
すかさず腕で防御する姿勢になったものの、尋常ならざる破壊力を伴った拳撃に押し込まれガードが崩れてしまう。
ヒゥンッ!と空を斬る音が鳴ったかと思えば回し蹴りが腹部にヒットし、うねるバネのような反発力が強くハンニバルを吹き飛ばした。
「あーらら、飛ばしすぎちゃったかな?」
広大な部屋であるからその分遠くまで飛んでいく。
ハンニバルは手を伸ばし、かろうじて床に触れるも勢いを殺すことも出来ず数バウンド床に打ち付けられるのを耐えるしかなかった。
仰向けの状態で顔だけ上げると、矮躯を気分良さそうに揺らして歩み寄るイッポスの姿が映る。
「さーてさてさて、次は何やってくれるのかなぁ。おやおや、まさか寝っ転がったまま僕のこと観察するだけ? 子供を放置して自分は白河夜船だなんて、退屈だなぁ〜」
言い回しは煽ってるようだが言ってる事は本当だ。
まるで戦闘を放棄したと見られてもおかしくない程のくつろぎっぷりだった。ある意味で、およそ常人が出来る事ではない。
「そうだ。さっき所長さん、僕の黒い雷が気になってる風だったよね? 特別にアレの秘密、教えちゃおうかな。さっきから左腕が疼いててさ」
無視されようと構わないという気前でイッポスは語りをやめない。
楽しそうに喋りながら左腕に巻かれた包帯をヒラヒラと取り外しいるが、明らかにその下に隠れていたエネルギーのようなものが異質だった。
思わず、ハンニバルも起き上がってまじまじと見つめてしまうほどの意外性。
「お、やっぱり見ると思ったよ。どう、どお? 」
自慢するだけのことはあった。
末端から肘の手前くらいまで黒く塗りつぶされ、その体表に黒雷の層が完成させられている。
どんな子供も、否、どんな人間だろうとここまでの特異的性質を持って生まれてくることは無いに等しい。つまり、これら特徴は後天的なもの。
「(一体なにがありゃあんな状態になりやがる……??)」
イッポスに聞こえないはずの声で呟いたつもりが、地獄耳という権能まで持ち合わせているのか何なのか彼は普通にハンニバルの疑問に答える。
「何というか、不便被る代わりの餞別ってところかな。奴が言うにはこれは『暴走』の一角だとかなんだか言ってたけど、僕は気にせず有効活用させて貰ってるよ」
「『暴走』ね………とてつもなく嫌な予感がする。クソガキひとり捻り潰すなんざ至極イージーだと今の今まで考えていた。お前がどんなに常軌を逸した速さで動こうがイージーだ、とな」
ハンニバルは片膝立ちになって、深く呼吸をした。
( 回せ、廻らせ、全身の魔素をフルで稼働させるんだ。もう、ひとり一属性だけなんて考えは古い。そんな時代にも関わらず頑固一徹、俺は無属性魔法の熟練にほとんどのリソースを割いた。今から、それを____ )
ふたりの言葉がシンクロする。
「今から、俺が知識というものを見せてやる」
「今から、僕は黒雷の威力を見せてあげる!」
一方からはまるで濁流の、広範囲を一気に埋め尽くす純粋なエネルギーの道が。
もう一方からは黒い木の枝が徐々に勢力を拡大していくように、枝分かれした黒い複数の道が生じた。
互いにそれらは接近し、やがて一つの面で全衝突した時、トレーニングルームは震撼した。力が逃げ場を探すかのように反動の衝撃が空間中を駆け巡り、熱と共に小爆発が一帯で連鎖する。
走る波動と鳴る爆音が暴虐の限りを尽くすかと思われた数秒の果て、衝突が見せた拮抗はついに崩れた。
ズサッザザザガガガガガ______!!
ほんの短い時の中だが確かに波乱をもたらした反動をも全て打ち消して、なおも止まらず黒雷は枝分かれを続けハンニバルを裂いた。
横飛びして致命傷となるダメージこそ受けずに済んだものの、四肢、腹、顔とものの見事に全体をくまなく裂かれたせいで状況は芳しくない。
「驚いた? 苦しいかい? 僕は嬉しい」
爆煙の中から矮躯の影が浮き出てくる。
「別に、僕の魔力が並はずれているとかじゃないんだ。それはバーティの方だからね。トリックは別にある。気になるよね」
両膝立ちで腕を下ろし、脱力したまま大きく息を吸い吐きするハンニバルの前に子供は姿を見せた。
その距離、僅か2メートル。
身長的に丁度頭の高さが同じ程度と更に距離は近く感じられる。
「魔力の類を全て貫通、いや打ち消すと言った方が適切なのかな? 詳しいことは僕にも不明瞭だから説明出来ないけど、とどのつまり、所長さんの実力の如何に関わらず黒雷は必ず到達していたってことさ」
「は、はは。そんなもの、対処の仕様がないな。そして、次またそれを喰らおうものなら俺は死ぬときた」
「察しがいいね! どうやらもう所長さんは攻撃してくる意志が無いらしい。じゃあ、楽に逝かせてやるよ」
ふふふ。と、そんな薄ら笑いがハンニバルの口から飛び出た。絶体絶命の窮地に立たされて血迷ったとでも言うのか。
「「やってみろ」と、そう言うつもりなんだろ?」
イッポスはついに、彼のもうひとつの権能を明かす。
「僕はね、未来を予知する能力を有しているんだ。と言っても、今は諸事情で見た相手の次の行動を予知することしかできないんだがね?」
今まで口癖かのように「そうすると思った」と会話の合間に挟んできていたのは、本当にそう思っていたからだった。
全て読まれた上での回避、対応、発言だった。
それを_____
「はッ!」
それがどうしたと、ハンニバルは鼻で笑った。
驚くべき子供の権能を目の前にして、知るかよと一蹴した。勝利を確信した表情だった。
イッポスは初めて、その顔を翳らせた。
「傲慢だなぁ、自信過剰だなぁ。わぁったよ、さっさと朽ちたいならそう言やいいのに」
黒い雷撃が直に、ハンニバルの体躯を射抜いて焼いた。
焼かれたからといって黒焦げだとか灰になるだとかはない。体内を流れる魔素を破壊し尽くして、内側から爆裂させるだけ。
つまり、木っ端微塵になる未来がイッポスには見えて____
「え、は、は?」
未来どころか、現在そのものが子供を脅かした。
「_____効かないな」
その声に、平然と膝立ちで睨みつける彼の姿に、身体の底から慄いてしまった。
「な、な訳あるかよ!」
子供の癇癪ほど厄介なものはない。
稲妻はまるでハンニバルが避雷針であるかのように、それも威力と回数を増して何度も何度も撃ち落とす。
なのに、
「_____効かないな」
全く冷静さを欠いてない様子で、ただそれだけを呟く。
イッポスの表情が指数関数的に崩れていく。
「あ、そうだクソガキ。未来予知では今、俺の次の行動しか見れないってな話をしてたよな。なら____ 」
「うるさい。黙って朽ちてればいいんだよ、所長さん!」
雷でダメなら物理でどうだと、身体を左右に揺らして勢いを乗せた拳が丁度こめかみにヒットする。
ハンニバルの言葉を遮って、癇癪というよりそれは焦燥のようにも見えた。
「_____効かないな」
「え、ぇぇ?」
全身から少しずつ血液を漏らしながらもハンニバルは立ち上がって言う。
「公平に、俺の能力についても話しておいてやらないとだな。『不動の将軍』と言ってね、一度受けた攻撃の類はもう二度と受けることはない。だからお前の今のパンチは、さっきにも同じようなの喰らってるから効かない。とは言えジャブとストレートみたいに、同じパンチでもそれぞれ別物だと相手が解釈してれば俺は攻撃を受けるんだが」
先程の攻撃で支援魔法は剥がされたが、そしたらまた貼り直すだけ。それも重ね掛けをすれば、おのずと加熱する闘志が目に見えてしまう程度まで強化できる。
「二度、同じ攻撃をしなきゃ俺にダメージを与えられる。だがな、それでも俺はこの研究施設、広く言えばユニベルグズで第一位を保持し続けている。なぜか? それは、そもそも相手に行動させないからだ」
速攻が飛んだ。
ただ、優しい速攻だった。イッポスが少し後ろに滑っただけで破壊力は無いと等しい。
「さっきはクソガキの癇癪のせいで話を中断されたから言うのやめたけどよ、今のお前は比較的冷静だろ。だから俺の寛大な慈悲ってやつでもういっぺん言ってやるよ」
「ぇ____?」
「いいかよ、お前は俺の次の行動しか見透かせないんだろ。なら、とっくのとうに行動が終わって俺とは関係ない領域にあるもの未来は見えないってことだよな?」
「ぇぇ____?」
干からびる寸前のような、小さな反応しか出てこない。イッポスの顔には混迷、動揺、躊躇、戦意が雑多として駆け回っていた。
「俺がお前に殴られて吹っ飛んだあと、俺は地面に手を伸ばした。それは覚えているよな。その時既に、俺の攻撃は終わっているようなもんなんだぜ。後はそこにお前を持っていくだけ」
「まさ、か」
意図を理解してしまった。
床を見てしまった。
浮かび上がって来た、白い魔法陣を見てしまった。
白い部屋が保護色となって隠れていたのだ。
「まずッ____!! 」
「動くなよ」
跳び退ける素振りを見せた直後、頭上から気弾を落とし強引に留まらせる。
それに挫けず黒雷で気弾の抹消を図るも、時間はそれで十分稼げてしまった。
故に、
「ナハト君から教えてもらった魔法陣理論を基にした試作品第一号。つまり、その栄えある被験者第一号は君だ」
蒼白で冷や汗を滴らせ、ついには尻餅をついてしまっている。力差はあっという間に追い抜かれ、形勢逆転。
どれだけ難しい言葉を使ったり未来を読んだり魔法を打ち消したりしても、結局イッポスは子供だった。
「こ、ここここの魔法陣は、僕が子供ですら無くなるような、嫌な予感が、する!」
「なるほど、魔法陣の効力を未来視してしまったか。先にこれから起こる未来が解っちまうってのも、皮肉なものだな」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
魔法陣は激しい光を伴い発動した。
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「はぁ、予定より傷負っちまったな。『不動の将軍』がなけりゃ街の人間全滅しててもおかしく無かった」
ため息つきながら、ハンニバルは誰もいないトレーニングルームでエレベーター方向に歩いていた。
誰もいない、と言うのは比喩でも何でもなく言葉の通りだ。ほんの少し前まで戦っていたイッポスすら見当たらない。
「後でナハト君とかに治療は任せるとして、愚かにもユニベルグズに攻めて来たとか言う軍団の掃討に参加せねばな」
チーンと、鐘が鳴るとエレベーターの扉が開く。
中に入り、ボタンを押し、上昇していく。
「にしても、奴らは何がしたくて平和なこの大陸を不穏に陥れるような真似をするかな。分かるか? お前とあと魔女っ子も関係あるんだろ、え?」
誰もいないエレベーター。だが、ハンニバルはそこに誰かがいるかのような口振りで質問した。
その視線の先にいるのは、一匹の爬虫類だった。
トカゲに近い形をした少々禍々しい小さな生物が彼の腕に乗っていて、ギョロっと目を動かすの様がやや恐ろしい。
「イッポス君と言ったね。君はとりあえずこの施設で収容することにするよ。多分、ナハト君もあの魔女っ子は始末せずに捕らえてあるだろうからね。そして、犯行動機とやらを洗いざらい吐いてもらうんだ」
もうお分かりだろう。
あの子供だったイッポスは、魔法陣の効力により爬虫類に変貌させられていたのだ。
これがどれだけの知識と意志を有しているのかははっきりしないが、ハンニバルが醸し出す「逃がさない」という意志の強さが完全に爬虫類を石化させていた。
エレベーターがトレーニングルームを抜けたことによりガラス張りの壁の奥はコンクリートで覆われ、周囲が一気に暗くなる。
丁度そんな時だった。
ピシッ、ピシピシッ。
ガラスに罅が入ったらしき音が聞こえた。
この場にあるガラスは一面だけ。
( い、いや、今の音はエレベーターから聞こえたんじゃない。この爬虫類野郎から聞こえたような…… )
そう思った時、急に腕の上のイッポスがぐるぐる回って落ち着きを失った。かような姿になっても未だ攻撃の意志を緩めないのかとハンニバルは凄まじい眼力で睨むも、
( 違う、こいつ……急に何かに苦しみ始めたのか )
バキバキバキ、パリィーーンッ!
今度は確実に、爬虫類の中から割れる音が響いた。
そして気付くとイッポスは_____今は違う姿だが、悲痛なうめき声を鳴らして荒々しく悶えると、ぐったり倒れた。
「何が起きているんだ。一体全体、何が起きたと言うんだあああああああああああああああああああああ?!」
久々に10000字程書いてしまったような気がします、お疲れ様です!
さて、ナハト・ブルーメに加えハンニバル・Kと、この2人は普通に強いので戦いがすぐ終わってしまうんじゃと内心不安に思っておりましたが、どうでしたでしょうか?
また次回も『大侵攻』編は続いていきますので、評価の方も合わせてよろしくお願いします!