第一章53 弱者に破壊は防げない①
夕焼けの空がギラギラと主張する今、大陸の南方に位置する古風都市アンスターにて危機が迫るのを知っている人はほんの少数だった。
『禁忌の門』の奥から現れたのはメイア達ではなくザガンと名乗る見知らぬ男で、彼はこの街を壊滅させるつもりでいるらしい。
それを聞いたグリム・ベムが即刻臨戦態勢に入り、共にいたアンスターの役員数名に住民へ危険を知らせるよう呼びかけたところで戦闘は始まった。
それから僅かしか時は経過していないが、グリムの劣勢は目に見えて明らかであった。
荒々しくも繊細に刻まれるレイピアの刺突の一切がザガンという男に届かない。逆にザガンの一挙手一投足から吹きおろす風圧で前に進むことすら困難な状況だ。
「クッソ、訳がわからん。なんなんだこの風は!」
「これか? 血だよ」
「ちぃッ、支離が滅裂って奴だぜ貴様!」
前の空いたスカジャンの中では屈強に作り上げられた筋肉が主張していたが、ザガンのこの筋肉をもってしても風圧など起こせるはずもない。
ましてや血がどうのこうのなど論外だった。
( どうせ風属性の魔法か何かに決まってる。なら俺も魔法をぶっ込むまでよ!)
「ぶっ潰れやがれってんだ、『怒れる掌』!」
巨大な両手が出現し、思いっきりの力で目下の男を左右から殴り潰す。
そして、男はそれをも潰す。
「なんだぁオメェ、貧弱だな。訓練が足りてねぇんじゃねーの? こんなんでまだ威勢張ってられるたぁ笑いもんだな」
「るっせえぞ、俺はやらなくちゃあならねぇんだ! 『怒れる掌』ぁ!」
再び巨大な手が、今度は左右ではなく正面から包み込むような感じで男を攻めていくが、
「おっとまたそれかよ? しつこいのも嫌いじゃねぇんだが、面倒なんだよ」
同様に握り拳で貫かれ、儚く魔法は散り去っていく。
と、ザガンははっとする。
目の前にいたはずのグリムが消えていた。今の魔法は攻撃の為ではなく視界を塞ぐためのものだった。
「でっけえ拳に紛れて姿を隠すたぁいい作戦だ。けどまあ愚か者が考える手段ってのはいつも______ 」
振り返り腰を落とすと、流れるように拳を振り上げた。それはさながら、偶然振り上げたところに丁度グリムがいたみたいな状況で。
「_____背後から攻めることなんだよなぁ!」
行動は見透かされ、飛びかかるように迫っていたグリムの顔面に石でも投げつけたようなキツい殴撃が入っていた。
これにより僅かに浮いた体に脇腹・胸部・鳩尾と三箇所に追撃が加わり、受け身も取らず着地したグリムはすぐ四つん這いになって胃液を吐き出す。
「ふん、まだ身体が温まって無ぇのが幸いだったな。いや、まだ意識を保ててしまってることが不幸っていう説もあるか。だが、弱者にしちゃあ素早くて筋がある。そこは認めてやるよ」
「な、にを言って、やがる………。俺は、まだ……!! 」
「そう思うなら早く立てよ。逆にそう思ってるなら、その手の震えはなんなんだ?」
「ッ_____!! 」
グリムは言葉を失った。
知らないふりをしてきたのに、痛みなんかよりずっと腕が震えてることの方が応えたなんて認めるつもりなかったのに。
言及されてしまっては終わりだった。
「ああ分かったぞ。オメェのその威勢の良さは己の弱さを隠すための策ってこった。だから戦う時だけは口調と行動が大きく崩れるんだ。小さく見せないためにな」
「知ったような口を、聞くな……!! 」
「はっ、そうかよ。俺は今からオメェを放置して街を破壊する。それでも食い止める気力があるなら、また立ち向かってくりゃいい。だが言っておくぞ、オメェ程度の人間、恐怖に打ち砕かれもう立ち上がることさえ叶わないってよ」
念を押すように現実を見せつけてやると、ザガンは四つん這いのまま硬直してしまっているグリムを無視して歩き出した。
都市の最奥にある『禁忌の門』前は大通りよりも数メートル上にある。イメージとしては体育館のステージみたいなもので、同様に左右に階段が伸びておりそこから移動できるようになっている。
だがザガンは階段に向かわず直進し、フェンスをぶち壊してジャンプで下へ降りていった。
丁度同時刻、都市アンスターに緊急避難警告の鐘が鳴った。ザガンの到来を確認し町役場に向かった役員が報告を終えたところだったのだろう。
「あ、ああ、あああッ____________!! 」
グリムの懼れが咆哮となって表れた。
言われた通りになった。もはや立ち上がる気力すらも湧いて出てこず、ひとつ、またひとつと建物が崩れていくのを涙を流して見過ごすことしか出来なかった。
一方、ザガンは逃げ惑う人々など気にも留めず建造物を幾つか既に破壊していた。だが、全てを壊滅に追い込むつもりは彼には無かった。
「ラグラスロが俺らに支持したのは制圧だからな。全壊しちまうと支配する対象がいなくなっちまう」
彼も、他のカラピア・ゴース・バーティなどなどと同様に人々を脅かす自発的な理由を持ち合わせてはいなかった。
ただ悪感情という闇を埋め込まれ、一体どう言う訳かラグラスロの思想がそのまま正しいと思い込むように操作されているのだ。
しかし反例もある。
フィーストやデアヒメル王のように正しさより優先すべきことを持つ人間は黒龍へ反抗する余地があるのだ。
そしてザガンの場合、潜む悪を実力を以って征伐し、そして統制することこそが彼にとって生前最大の善であった。
だから黒龍の悪と制圧への意志が反映されたとき、彼は見事純粋にその実力による制圧を是とするに至ったのだ。
「この街、本当に古いな。ありとあらゆるものが脆い」
壁に手を合わせてひょいと押すと小さく地響かせながら住居の一階部分が総崩れになる。中から絶叫が聞こえてくるのを考えると二階か或いは三階に逃げ遅れた人がいたのだろう。
ザガンはそんな絶叫など気にせず再び歩き出した。
「にしても、立ち向かってくる奴はあの臆病男だけなのか? 勇敢さってのが足りないな勇敢さが」
つまらなさそうに言いながら裏拳で更に数軒倒壊させていく。中には火災を起こし小爆発を起こす棟もあった。
鳴り止まぬ警告の鐘と叫び。
逃げ惑い、絶望や波乱に満ちた表情の市民を殺戮するつもりはザガンに無い。目指すのはあくまでも降伏だ。
「だからその為に果敢な人材を探しているんだがなぁ。そいつを返り討ちにしちまえば誰も勝機はなくなるはずだって思うんだよ。違うか?」
彼の目の前には今、『禁忌の門』開閉の是非を問う会議にも出席していた役員数名とアンスターに在住する冒険者が挟み討ちするかたちで集結していた。
よく視線を巡らせると、大通りだけではなく屋根の上などにも見下ろすように立つ者どももいる。
「オメェら全員負ければ、俺はこの古風都市を陥落したと宣言してもいいよなぁ、ええ?!」
咆哮が轟いたその瞬間、勝敗を確たるものにせんと皆一斉に飛び出した。
「「「いい訳が、ないだろおおおおおおおおッ!!!」」」
剣を振るう者、大盾を構えてタンクとなる者、支援魔法を使う者、攻撃魔法で後方射撃する者、その他いろいろが布陣を組んでザガンに攻撃の隙を与えない。
撃退はもちろんのことだが、兎に角、防戦一方にさせて市民が避難し終わる時間稼ぎをすることがまず最初の関門。
ザガンにとってひとつひとつの威力は弱くとも、総攻撃ともなれば回避も満足にできやしない。
爆煙で視界が塞がり、加えて周囲一帯から音が反響するこの状況下では冒険者たちの位置を特定するのは困難だ。
「………ならよ、こうしちまえば解決ってわけよな」
次の瞬間、突風が前方の爆煙をごっそり穿った。
それにより視界はある程度開け、付随して冒険者達も吹き飛んでいる。
「お、おいこの風はなんなんだ!」
「魔法? それにしては自然な突風に感じだけど……」
「皆さん、そんなことはどうでもいいですわ! 今の突風で奴の進む道が開かれてしまった。なら、またそれを塞ぎ直さなければなりませんのよ!」
各々が互いに鼓舞し合い、立ち上がってはザガンの進行を阻害する。この状況に臆している者もいるようだが、同調圧力のようなもので戦線へ立ち向かっている。
団結の力は強かった。
「塵も積もれば山となる。けどそれって、塵の山であることに変わりゃあねえんだな」
前方からの連撃を一時的に封じただけで後方や上方からの攻撃は止んでいない。
冒険者達にとっても爆煙は視界を塞ぐものであり、それでも迷わず攻撃が出来ていたのは戦闘前にザガンの位置を確認していたからである。
だが、視界が晴れ数歩だが前に進んだザガン。
その影響で攻撃の命中率は圧倒的に下がっていた。
「オメェらの団結力、感動するぜ。これは育て上げれば塵の山じゃなく、石の山程度には完成させられそうだ」
両腕を交差させる。
すると腕に枝分かれする赤黒い線が浮かび上がった。まるでそれは血管で、血がそこを流れているかのようにも見える。
「だが、育成の話は後にしよう。とりあえず今はどこかで眠って制圧を待ちわびてろ」
そしてザガンは、交差した腕を思いっきり開く。
すると間髪入れず全方位を悍ましい大突風が襲った。複数の竜巻を横に倒したような凄惨な破壊だった。
今までの家屋の倒壊など序の口で、この竜巻は広範囲に渡って連なる建物を塵芥へと帰した。
円を描きながら竜巻は地を這い、地面を容易く削りとる。
これに全冒険者は耐えられるはずもなく、瓦礫と共に彼方まで、或いは超上空まで巻き上げられていく。
その円の中心でザガンはひとり佇んでいた。
「これだけの実力を見せつけてやりゃあこの街……名前は知らんが制圧完了と言っていいだろ」
答える人間はもう周囲にいない。
「それにしても街破壊しすぎたか? まあ、ラグラスロがこの世界征服あとで再建すりゃいいかな。だが、今はそんなことより水が欲しい気分だ。噴水とかあったりしねぇかな」
周囲はすべて破壊され大通りすらその面影を残していない。離れたところに見えるところまで歩かなくては何も得られない。
ザガンは水分を求めて道なき道を歩き出す。
しかしその数十メートル先で、
「君は、喉が渇いているのかね?」
髭を生やした男がスーツを着たまま、たった一人でザガンの前に立ち塞がった。
「君が水に飢えているというなら、さしずめ私たちは生に飢えていると言ったところかな。これ以上、犠牲者を出すことは許されない」
「誰だぁオメェ?」
「すまないね。私はこのアンスターの町長を務めるカイ・ロダンと言う者だ。して、野蛮な君も名乗るべきだと私は思うのだが?」
「……ザガンだ」
会話が成立することにカイは希望を覚えた。ただの虐殺者ではなく、何か使命をもった人間なのだと確信を持った。
剣呑な空気の中で思わず息を呑む。
しかし。
「もういいかよ。言っておくが俺は無駄な殺生はしない。邪魔なものだけはぶっ壊すがな。そんで、お前はどっちだ?」
たったの一瞬、その一言で和解の道はないのだと悟る。
そのカイの顔満面に浮かぶ苦しい表情を見て、ザガンもカイを邪魔者の類であると悟ったか、指を鳴らし邪悪にニヤリと口角を上げた。
「ぐぬぬ……悪魔めが」
「悪魔、ねぇ。昔、周りから人外だとか呼ばれていたのを思い出したわ。俺は実力主義の精神に則って統制を敷いていたってんで、"もはや人ではないが悪魔とも魔人とも魔王とも言い表し難い存在" って意味で人外なんだとよ。ったく酷い話だぜ。俺はれっきとした人間他ならないってんによ」
「力の扱い方を誤った。その時点で既に人の道理から外れた存在と言えようが。それとも何だ、『俺は無駄な殺生をしない。だから善人だ』とでも言うのか?」
「なるほど、その方法があったか」
「残念だが、この街のこの惨状を見てまだ己を善人と語ろうとする時点で人外と呼ばれてもおかしくはない。人類平等と平和を謳うこの大陸でも、人外と呼ばれること容認せざるを得ない程にな」
「あっそ。お前の言いたいことは伝わったぜ。だから、そろそろどいてくれな? その命ごと、だけどよ」
ドンッ!と大きく足踏みをすると、大地が振動し辺りに散らばった瓦礫片が浮かび上がる。
パァンッ!と正拳突きをすると重い空気弾がカイを直撃し、浮かぶ瓦礫片に打ち付けられる。
フォーン!と、空間を裂くように腕を振りかざす。その手刀は空間を裂き、空間に空いた真空を埋め尽くそうと風が吹き荒れた。そして風に引き寄せられた瓦礫片がカイに命中する。
「が……ふ………。先の竜巻も、これと同じようにして発生させたと言うのか……!! 町長として私は、やはりこの天災を食い止めねばならなと言うに、私にはその手段が、無い。グリム・ベムも既に敗れたと考えるのが妥当か……くそッ!」
「あっはーーーッ! ついには俺を天災とまで呼ぶか! こんだけ暴れりゃ皆降伏するとばかり考えていたが………そうそう、グリム・ベムね。あの臆病者なんかとは真逆で、街のトップ様は最後まで諦めないか」
「彼が、臆病者だと……?」
「ああそうさ。奴は俺に懼れをなしてビクビク身体震わせてよぉ、今頃向こうでビクビクしながら俺のことを見てるんだろうなぁ?」
カイはグリムを真面目で怖がることを知らず、その卓越した計算力で仕事をそつなくこなす人材だと知っていた。『禁忌の門』を開かせようと議会でも日和らず議論を交わしたのがまず一つの証拠だ。
でも、やはり。
命の危機、あるいはこの悪魔を目の前にすれば人は変わってしまうものなのだ。
思わずカイは口を噤んでしまう。
「オメェもビビっちまったか? そう、オメェの命も俺の手の中なんだぜ、こんな風にな」
言ってザガンは親指の腹に人差し指の爪部分を合わせることで輪っかを作る。
「デコピン撃つみてぇに軽く弾いてやるだけでオメェは脳天貫かれてお陀仏だぜ。なんなら一度やってみるか?」
「お、おい待て。そう簡単にやってみるかと聞くもんじゃないぞ。お前の力が凄いのは認める。だからその力の使い道を____ 」
「さっきから同じようなことばかりうっせえぞ」
指の輪っかを目線上に持ってきて狙いを定め始めた。人差し指に赤黒い線が再び走る。
あのザガンが攻撃を外すなんてあり得ない筈だが、ならばなぜ綿密に狙いを定めようとしているのか。
( 狙いを定めているんじゃなく、何かを考えている?)
町長がその考えに至ったと同時、デコピン空気弾は眉間目掛けて放たれた。透明な弾丸は決してカイが反射でどうこうできるものではない。
魔弾、そう形容するに相応しい攻撃だった。
ぐしゃりと、肉の爆ぜる音が太陽が沈むと同時に鳴った。
「___________あ?」
だが、カイの意識は途絶えていなかった。かと言って撃たれた上で生きているという訳でもないらしい。
血肉の爆ぜる音はどうやらカイの背後の瓦礫に下敷きにされていた冒険者のものだったようで。
「……何故、外した?」
恐る恐る無言のザガンに質問すると、
「……理由は二つある。まずひとつはオメェが俺に対して許しを乞うでも特攻するでもなく、諭すつもりで現れたってことだ。面白ぇから容赦してやろうかと思った」
邪悪さを満面に孕んだ微笑みがカイを石化させた。
だが、その中に一滴の敬意が混じっているようにも見えた。面白いという言葉は、つまりある種の敬意の証だろうか。
「二つ目は、なんだ」
「オメェが町長だからだ。リーダーならこの街の行く末を見届けなきゃ駄目だ。だから生かす」
ザガンという男は良くも悪くも任侠じみていた。
相手の役職・役目を理解してその責任を取らせることができる男だった。
彼にもリーダーとしての実力がある。それを今初めてカイは理解した。
「じゃあな。まあ今から言っても遅いとは思うが、悪いようにゃしねーぜ」
そう言って最後にカイを一瞥し、「水どこにありやがるんだぁ?」などと呟きながら町長の下から離れていく。
何も出来ぬまま敵を送り出すのではまるでグリムと同じ轍を踏むようなもの。
だが、
「このまま黙って見過ごすと思うなよ、阿呆がああああああああああああああああああああああああああ!!」
ダァン!と、懐に隠しておいた拳銃を発砲した。
起死回生の一撃だった。拳銃を使うのは初めてだ。でも背後から突然撃たれたんじゃ回避しようがない。祈った。あの男に、致命傷とまで行かずとも負傷させられますようにと。ひとり無傷で都市陥落などあってはならないと。ひたすら叫んで祈った。
「クソッッカスがでしゃばりやがって………………せっかくいい感じだったってのによぉ。腕に! 穴が! 空いた! じゃねえか! 血が流れ出てきやがる。ああ、いい事思いついたぞ。お前の血を再利用しちゃええんだわ!」
ザガンの目は憤慨に満ち満ちていた。これ以上の慈悲もなく結局は今殺されてしまうのだろう。
でもカイに悔いはない。
敵は流血に酷く慌てている様子だから、それほど今のは効いたということだろう。一矢報いたぞと、カイはしたり顔になった。言葉でなく表情で煽った。
ザガンの堪忍袋の緒は断たれ、今一度親指と人差し指で輪を作って叫ぶ!
「吹き飛びやがれええええええええぇぇ………え、あ?」
しかし。
カイの数十メートル後ろに、黒い人影が見えたことにより攻撃は中断されてしまう。
その様子を見てカイも振り向き、向かってくる何ものかの姿を拝もうとして。
「あの者は………」
目を擦って注意深く人影を観察する。
顔は既に血で汚れ、衣服もボロボロで砂埃で汚れた色をしている男だった。
なによりも二人の気を引いたのは彼が持つレイピアだった。白く淡い光が剣身に宿ったかのごとく纏わりついて、他とは違う風格を手に入れたようだった。
そして、その男はザガンに向かってこう言った。
「さて、俺は今一度、貴様と戦わなくてはいけないらしい。そうするべきだと、この剣が教えてくれたからな」
そう、「王の罅」政務担当員グリム・ベムは再起した。
お読みいただきありがとうございます!
グリム編は本当は1話で完結させたかったんですが押し切ろうとすると15000字は普通に超えてしまいそうだったので分割することにしました。
ということで、グリムはどうやってザガンと戦うのか、また次回もよろしくお願いします!




