流石元魔王軍幹部。やる事のレベルが桁違い過ぎる
「そういえば、あの鉱山の中に突き飛ばされたとか……。大丈夫だったのですか?あの鉱山には、アレが………」
「あっ」
ベルさんが作ってくれた食事に舌鼓を打っていた最中に放たれた村長さんの言葉に、そういえば私生け贄代理として突き飛ばされたんだったわという事を思い出した。やっべうっかり忘れてた。
あ、ちなみにクアドラードは無事?に銀髪緑目成人男性から赤髪青目ショタになってたよ。現在は私達が借りてる部屋とはまた別の空き部屋に寝かせてあるのでお気になさらず。
…さて、村長さんに下手な返し方をして不審に思われるのも嫌だし、かといってハイドの事を話すわけにもいかないし……と思っていたら、
「父さん!」
「ぐふっ」
村長さんの隣に座っているベルさんが村長さんの脇腹を肘で突いた。
「……無事に帰ってこれたって事は、大丈夫だったって事よね?」
村長さんを物理で黙らせ、ベルさんは窺うような表情で私にそう言った。あ、私のメンタルに万が一があっちゃいけないと思ってのお気遣いありがとうございます。
…うん、ちゃんと安心させた方が良いよね。ベルさん結構メンタル心配だし。
「はい、大丈夫でしたよ」
「良かった!」
笑顔で返すと、安心したようにベルさんも微笑んだ。
「そうよね、アレに遭遇して生きて帰れるはずないし」
うわーお、マジでハイド恐れられてるーぅ。
スープを飲みながらチラリとハイドの様子を確認するが、ハイド本人は特に気にしていないらしい。焼いた鶏肉を黙々と食べていた。
………さて、どうしようかな。
スープに入っている肉団子を咀嚼しつつ、私は考える。何をって?ハイドに関して……正確には、あの鉱山に住み着いていた邪神扱いの蜘蛛に関して、かな。
このまま何も言わないでいると、ベルさんは生け贄として捧げられるコースに直行してしまうかもしれない。でも鉱山にはもう蜘蛛は…ハイドは居ない。それがわかれば蜘蛛が居なくなった!って事で宝石発掘が再開されるんだろうけど…ねえ。
パンを手に取り、一口サイズに千切って口の中に放り込んだ。
「んまい」
「……ミーヤ、ラミィ…にも、パン……」
「はい」
パンを五つ程ラミィに手渡し、再び長考タイムだ。
蜘蛛が居なくなったぞバンザーイで終わるなら良いけど、万が一蜘蛛が鉱山の外に出てしまったのでは?みたいな事を村の人が考えたら…。いや、事実だけどさ。事実なんだけど、それってちょっと…問題があるじゃん?
まあさっきからもごもご言ってたけど、要するにまた変な誤解が生まれるんじゃないかっていう不安があるんですよ、私には。
まずハイドをその件の蜘蛛でーすって紹介して、もうあの鉱山には居ませんよって言うルート。その場合イースが掛けてくれた錯覚魔法の意味が無くなるし、ご先祖様とかをハイドに食われてるかもしれないベルさん達にそれを言うのはアウトな気がする。既にハイドが無害な存在になっているとはいえ、そう簡単に今までの色々を忘れられるわけじゃないもんね。
次に何も言わず立ち去るルート。この場合は数日後に蜘蛛が居なくなってる!って発覚するだろうけど、中に居た蜘蛛が生け贄を求めて山を出たのでは?って噂になると面倒だ。それはつまり周りの人里が犠牲になりかねない…と村人が考えかねないし、そうすると村人達が有名な冒険者とかに依頼をするかもしれない。万が一そうなったら根も葉もない噂で皆がピリピリする事になってしまう。それは良く無い。
そして最後に、ハイドの事は黙っておいて蜘蛛は居なくなってましたよのルート……だけど、これも無理。何故って?ただ蜘蛛が居なくなってたってだけじゃ鉱山の外で人間食おうとしてるんじゃという誤解ルートに入るからだよ!
こうなると蜘蛛は死にましたよーって事にするのが一番良いんだけど、死体が残ってないんじゃすぐに嘘だって見抜かれそう。バトルの痕跡も無いしね。バトルの痕跡が無い以上は、なんか前に凄腕冒険者が来てたっぽくってー、っていう言い訳も使えない。せめてバトルの痕跡があればそれで察したんですけど、って言えるんだけど……うむむ。
「コン、そっちのサラダ食べる気無いなら頂戴」
「う……こ、これは別に苦手だから残してたとかじゃなくて」
「うん、私が食べたいだけから頂戴」
「ミーヤがそう言うなら仕方ねえな!別に得意じゃない野菜をミーヤが代わりに食べてくれる事に喜んだりしてねえけど、ミーヤが食べたいって言ったんだしな!」
「そうそう」
コンが残していたサラダを受け取って食べる。肉食動物だからか、コンはあんまり野菜が得意じゃないっぽいんだよね。肉と野菜を一緒に調理してある料理なんかは普通に残さず食べてるから、単純に野菜オンリーが駄目なんだろう。
ベルさん特製らしい手作りドレッシングの美味しさにフォークを進めつつ、どうしようかなーと私は考える。正直言って何も言わずに立ち去るルートが一番良い気もするんだけど、鉱山が空いたって事は宝石を発掘する事が出来るって事だ。それはつまりこの村の発展にも役立つ。
今まで使えなかった特産品が復活するっていうのは早めに伝えておきたいんだけど……駄目だね、私の脳では答えが浮かばん。
こんなに考えても良い案が浮かばんとは……もうちょっと真面目に勉強しておけば良かった。いや、私なりに真面目に勉強してたつもりではあったよ?ただ地頭がアレでソレだっただけで。
サラダを食べ終わり、コップに入った水を飲み干す。食事タイムも終盤だ。出来れば食事タイムの間に説明しておきたかったんだけど……これは何も案が出ないまま、強制的に言わずに立ち去るルート確定かな。
そう思っていると、
「そういえばぁ」
イースが口を開いた。
「…………あの鉱山、どうして発掘作業を再開しないのぉ?」
紫の瞳に怪しい光を灯らせて、にんまりと笑いながら。
そんなイースの言葉に、ベルさんと村長さんは怪訝そうな表情をしながらも答えた。
「それは……あそこには、化け物が住んでいますから」
「あちこちに糸も仕掛けられてるし……」
「あらぁ、それはおかしいわねぇ」
そう言い、イースは自然な動きで二人の方を指差した。右手の人差し指だけを立て、トンボを捕まえようとする時や人に催眠術を掛ける時のようにゆっくりと、ぐるぐると右回りに回し始めた。
「だってぇ」
イースの声にエコーが掛かっている気がする。そう思いながら、ベルさんと村長さんと同じようにイースの指の動きに集中していると、ふと耳を塞がれた。この感触は……アレクか。骨の手だからわかりやすい。
あれ、今気付いたけど周りを見ると従魔達皆が耳を塞いで目を閉じている。え、どういう事?首を傾げると、アレクが私の耳元で囁いた。
「あれ、催眠術だから。今イースがハイドに関しての色々を誤魔化そうとしてくれてるから、ミーヤも大人しくしててね」
おお、成る程。どおりで指の動きを見てるとくらくらするわ、声にエコーが掛かって聞こえるわ、喋り方も独特のテンポだわでおかしいと思ってたんだよね。あ、ツッコミ無用です。おかしいと思う事と催眠術に掛からないってのは別だから。別問題だから。
イースは二人を見つめながら、目を離さずに続ける。
「あの鉱山に住み着いていた化け物はぁ、数年前に死んでるはずでしょう?」
なんと、既に死んでましたけど?という設定で行く気なのか。でも確かにそれなら私達無関係になれるね!流石イース!
…………アレクが私の耳を塞いでてくれてるけど、アレクは骨の手だし私は地獄耳だしで普通に聞こえてるわ。まあ、うん、イースの指を見なければ多分大丈夫のはず。
イースの言葉に、ベルさんと村長さんはぼんやりと瞳を揺らす。
「数年前にぃ、ポックリと亡くなったからぁ、処分したんでしょう?」
電気が消えるように、ふっと二人の目からハイライトが消えた。
「中に張り巡らされていた糸だってぇ、既に撤去したんでしょう?」
イース達から聞いた話ではガチギレしたイースが消し去ってたらしいけどね。でも張り巡らされてた蜘蛛の巣の殆どが無くなったのは事実だし、そこを攻めるのは良いかもしれない。
「……ねぇ?もう生け贄なんて必要無いのよぉ。蜘蛛なんて居ないのぉ。宝石だってぇ、他の魔物に気をつければ好きなだけ掘れるわぁ」
「だからぁ」とイースは言う。
「…………もう、怖いのは居ないのよぉ。一回寝ればぁ、これが現実だってわかるわぁ」
イースがそう言い切った瞬間、ベルさんと村長さんは力が抜けたようにガクンッとなった。あの、あれだ。寝落ち寸前の人の動き。ガックンガックンなって首から上が捥げそうに見えるアレ。
え、大丈夫?アレ大丈夫なの?と思いながらハラハラと見ていると、二人は操り人形のようなカクカクした動きで顔を上げた。その顔は、ぼんやり……を通り越して、夢の中に居るかのような心ここに在らず状態だった。
「……ミーヤ」
「あっはい」
「おっと」
どこか単調なベルさんの声に返事を返す。反射的に私の耳を塞いでいたアレクの手を掴んで聞かざる状態を解除してしまった。ごめんアレク。でももう催眠術終わってるから大丈夫だと思うし許してくれ。
ベルさんはぼんやりとしたまま、どこか遠くを見るような目で言う。
「……私達、今日は疲れたから……先に、寝るわね」
「あっはい、どうぞどうぞ。お皿洗ったりとかしときますんで」
「お客さんに……すまないね…」
村長さんもぼんやり状態だ。いやあの、謝るのこっちです。すみません。
二人は「風呂とか勝手に使って良いから……」と言い残し、ふらふらとおぼつかない足取りで自室へと移動した。だ、大丈夫なのかな、アレ。
「大丈夫よぉ、一回寝ればさっき言った事ぜぇんぶがまるで真実のように刷り込まれてるだけだからぁ」
「それ中々ヤバイ魔法じゃない?」
私はそう指摘すると、イースは懐かしむように微笑んだ。
「そうねぇ、昔はよくこの魔法で敵を錯乱させてたわぁ。軍隊が相手の時は指揮官にこれを使えば一発だったのよねぇ。懐かしいわぁ」
「わーお」
相変わらずイースの過去がハード。そりゃ過去は変わらんからハードなのはハードなままだろうけどね。とりあえず……どうしようか。ベルさん達行っちゃったし。
まあベルさんと村長さん含め、皆殆どご飯食べ終わってたからテーブルの上は空になった皿ばかりだ。とりあえずはこの皿達を集めてキッチンに持って行って洗うかなーと思って立ち上が、
「あ、ミーヤはまだ座っててねぇ」
「何故に」
ろうとしたらイースに肩を優しく押されて私のお尻は椅子と早めの再会をした。もうちょっと時間を開けての久しぶりーでも全然良かったんだけど。
「ミーヤ様、皿洗いは私がしますから座っていてください」
「いや、でも」
せめて皿を持って行くくらいは、と言う前に、
「働かせてください」
真面目な顔でそう言ったハニーに遮られた。
……ああ、うん、ハニーって働き蜂だもんね。
「お任せしまーす」
「はい!お任せ下さい!」
諦めてそう言うと、ハニーは生き生きした様子で元気にそう返した。そっか、働きたかったのね。仕事奪おうとしちゃってごめんね。
カチャカチャと皿を重ね、少し多めの皿全てを四つの腕で器用に持ってハニーはキッチンへ移動した。……流石に皿の量多くない?って思ってたけど、そういやハニー腕四本あるもんね。魔物だから力もあるし、そりゃ人間が持てる倍の量余裕で持てるよね。働き蜂だし。
「…で、イースが私を椅子に押さえつけた理由は?」
私は椅子に座ったまま上を向いてイースと目を合わせる。イースは椅子の後ろ側から私の顔を覗き見るような体勢だ。
……あー、やっぱりイース美人だわ。色っぽい。
そんな考えを読んだのか、イースはふふっと笑った。
「っ、ふふ……。私がミーヤを椅子に戻したのはねぇ?今の内にハイドと盃を交わしちゃって欲しいからなのよねぇ」
「ああ」
成る程、そういやまだ盃交わしてなかったね。
納得して頷くと、話を聞いていたらしいハイドが首を傾げた。大きい背してるのに動作が可愛いな。
「……盃?」
「えーっとね」
かくかくしかじかまるさんかくとハイドに説明。要するに契約の繋がりがより一層強くなるって事なんだけどね。
説明を聞いたハイドは、パァッと花が咲く瞬間を幻視するくらいの笑みを浮かべ、
「…………だが、我がそれをやるとミーヤに害があるかも…」
たと思ったらすぐに落ち込んだような表情になってそう言った。表情の上下が激しいな。
「害って?」
「……我は、元猛毒スパイダーだ。今は闇毒スパイダーだが……やはり、毒を持っている」
「そうだね」
知ってる。連続で茶に毒を盛って出して私に飲ませようとしてたもんね。四回目の時にはもうなんか、あれ?私芸人だっけ?何でコントしてるんだ私。って気持ちになってたよマジで。
でもそれが何の問題なんだろう?……あ、まさか。
「唾液とかにも毒性があって、間接キスみたいなのでも危ないとか?」
「いや、そういうのじゃない」
「確かに唾液に毒はあるが」とハイドは私の言葉を否定した。
「自分の毒のオンオフを効かせる事くらいは出来るからな。唾液にある毒性をオフにしているから問題無い」
「そっか、良かった」
もし唾液に毒がある状態のままだったら間接キスするだけで大惨事になりかねないもんね。というか普通に食事に使ったフォークやコップが大変なトラップになってしまう。万が一マジでアウトだったらキッチンに居るハニーに叫ばないといけないトコだったよ。今洗ってるお皿とかにちょっと毒混ざってるかもしれないから警戒して!って。………探偵物でも聞いた事ないよそんな注意。
「ただ……」
「ん?」
ハイドは黒く尖った指を口元に当て、頬を染めて恥ずかしそうに言う。
「ミーヤが飲んだ酒を我が飲んで、我が飲んだ酒をミーヤが飲むのだと思うと………つい、毒性をオンにしてしまいそうで」
「何で!?」
私が飲むとわかってて毒仕込もうとするってどういう精神構造!?




