ハニーレベルアップ!あと盗賊捕まえました
ちゅんちゅんという鳥の囀りと掠れたうめき声のようなものが聞こえた。
うーん、と水のベッドの中で寝返りを打つが意識が覚醒し始めたせいで太陽の光を強く感じてしまう。あまりの眩しさに唸ると、誰かが近づいたらしく私の顔に影がかかった。
「ミーヤ様、おはようございます。イース様がバロメッツの肉でサンドイッチという物を朝食に作ってくださいましたよ」
「ああ、それは美味しそう……いやおかしくない!?」
聞き覚えの無い、しかし違和感の無い声に飛び起きて人影の方を見ると、中学生くらいの少女が立っていた。否、正確には少女じゃないんだろう。だってキラービーの巣で見た事がある姿なのだから。
ふわふわの袖無しニット、ふんわりしたミニスカート、わかりやすい四本腕、蜂蜜色のふわっとした髪、頭から生えている触覚、そして極めつけは真ん中分けにされている額から見える桜の花の契約印。
「何でハニー人間の姿になってんの!?」
寝る前の記憶が凄いあやふやだけど、確か私の髪を乾かしてくれてた時はいつも通りのキラービー姿だったはず。え、何?寝てる間にレベル上げでもしたの?
「それはねぇ?昨日の夜にレベルアップしてレベルが30になったからよぉ」
「あ、イース。おはよう」
「ええ、おはよう♡」
「ってレベルアップ?何で夜に?」
「説明してあげるからぁ、早く顔洗ってご飯にしましょう?」
「はーい」
言われるがままにベッドから起き上がり、水魔法で出した冷たい水でばしゃばしゃと洗顔。人間姿のハニーが差し出してくれたタオルで顔を拭き、完全に意識が覚醒した私は言う。
「で、そこに転がされてるおっさん五人は何?」
そう、焚き火から少し離れた位置に人間と思われるおっさんが五人、ぐるぐる巻きになって転がされていた。鳥の囀りと共に聞こえてきたうめき声はあんたらかよ。というか寝ぼけてたとはいえよくこんな目立つのスルーしたな私。
そんな私の質問に、イースが簡単に答える。
「盗賊よぉ。昨日ミーヤが寝た後に襲ってきたから捕まえておいたのぉ」
「盗賊?」
盗賊という言葉、襲ってきたという言葉、それらの言葉を合わせて私が感じた気持ちは恐怖では無かった。
「何でまた魔物ばっかのトコ襲おうとしたんだこの人達」
呆れとか馬鹿じゃないのかという気持ちだけだった。
パッと見だと確かにイースもラミィも人間に見えるかもしれないけど、ハニーは普通にキラービーじゃん。今は違うけど。何でわざわざアウトなメンバーしか居ないトコを狙うかな…。
「女とキラービー一匹ならいけるって思っちゃったみたいなのよねぇ」
「うっわぁ…。ところでおっさん達が叫び声も上げれない程衰弱してるのは何で?」
「さぁ?もしかしたらちょっと多めに魂をつまみ食いしちゃったからかしらぁ?」
「それだよね明らかに」
「…ミーヤ、ご飯…」
「あ、ありがとうラミィ」
サンドイッチを乗せた皿を持ってきてくれたラミィにお礼を言うと、ラミィは嬉しそうに微笑んだ。ちなみに現在のラミィの姿は昨日とはかなり違う。
惜しげもなく晒されていた胸はイースがアイテム袋から出したチューブトップタイプの水着のような布に覆われている。イメージが難しかったらダーリンの浮気を許さない系宇宙人の服をイメージしてほしい。大体アレだから。
そして洗って乾かした髪はとてもサラサラになった為、そのままにするのは勿体無いなと思いこっちの世界に来る時に持ってきていた化粧ポーチからシュシュを取り出し、下の方で結ばせてもらった。本当はポニーテールで纏めようかと思ったけど、ラミィ自身が首出てるのが不安って言うからこうなった。最後にとても長い前髪だが、左側の髪を耳にかけているから顔が見える。右側はまだ隠れているけど左側が見えるだけで印象がかなり違う。めちゃくちゃ美人。
もぐもぐとサンドイッチを食べながら、盗賊達に関しての詳しい話をイースに聞く。
「んで、私が寝てる間に何があったの?」
「寝ちゃったミーヤを水のベッドに寝かせた後にぃ、人の気配がしたのよねぇ。嫌な気配だったから会話を聞いてみたらぁ「女と魔物一匹か。一人は寝たようだし他の二人も寝たら襲うぞ」「魔物は殺して女は性奴隷として売っ払うか」「顔が良いかどうかで値段が変わるからな…あんまり怪我はさせるなよ?」「売る前に遊ぶのは?」「生娘はそのままの方が高いが、経験済みなら遊んでも良いだろ。全員生娘だったら一人を俺ら全員で回すか」っていうのが聞こえたのよねぇ」
「どっから声出してんの?」
完璧に汚いおっさんの声だったんだけど。淫魔だから?盗賊がかなり下種い事言ってたみたいだけどイースの口から出てきたおっさん声に驚いて内容が頭に入ってこなかったよ。
「うふふ、それでねぇ?私とラミィが人間じゃないって気付いて無いみたいだったからぁ、一旦寝た振りをしたのよぉ。そしたらあっさり罠に嵌まって近づいてくれたからぁ、ラミィの毒を使って身動きを封じたのぉ」
「ん。…丁度、向こう、風下…だった、から。闇魔法で、出した、麻痺毒、撒いた…」
「盗賊全員に毒が回ってから私が風魔法で毒を退け、全員を縛り上げました」
「そして私が全員の魂をちょこぉっと貰って戦意喪失させたのよぉ。うっかり食べ過ぎてちょっと老けちゃったみたいだけどぉ、まあ問題無いわよねぇ」
「盗賊がただの馬鹿にしか見えないし皆強いね!?」
五人を一気に麻痺させる麻痺毒とか、それを風で退けたりとか、魂を食べて戦意喪失させるとか…。本当に皆強くて頼もしいな。私一人だったらアウトだったよ。実際気付かずに寝てたし。
…というか本気で盗賊達が馬鹿にしか見えない。ラミィは上半身だけ見たら人間と間違えてもしょうがないけど、イースは角も羽も尻尾も隠していない淫魔モードだ。いくら暗くってもそこ見間違えるか?
「うふふふふ。そんな感じで盗賊を倒したら経験値が入ったらしくてねぇ?ハニーがレベルアップして無事擬態を覚えたのよぉ」
「はい。人里ではミーヤ様に不埒者が声を掛けてこないようにキラービー姿で居るつもりですが、人里以外ではこちらの人型で過ごそうかと考えております。よろしいでしょうか?」
「ああ、うん、それはもうハニーの自由としか言えないけど…。ハニー、人間の言葉が上手だね」
「!はい!姉達は言葉を話せますが、人間との交渉の際にしか話さないので少し片言なんです。ですが私はミーヤ様とお話をしたかったですし、近くで人間の言葉での会話を聞いておりましたから!発音など問題無いでしょうか?」
「うん、めっちゃ上手。違和感が無い」
「ありがとうございます!」
可愛らしい顔でにっこりと笑うハニー。キラービーの巣でお話した時は表情の変化がいまいちわからなかったけど、こうして慣れると結構変化があったんだな。目を細めて頬を赤らめて口角を上げてるこの表情は完全に笑顔だろう。人間に比べると動きは少ないけど充分わかる。
「あ、一応ハニーのステータス確認しても良い?」
「勿論です」
「ありがとね」
ハニーの頭を撫でてゆるふわな髪を堪能しつつ「ステータス確認」をする。
結果はこうだ。
名前:ハニー(1)
レベル:30
種族:キラービー
HP:620
MP:570
スキル:蜜集め、蜂蜜生成、ローヤルゼリー生成、毒針、擬態
称号:働き者、掃除好き、甘え上手、従魔、魔石食い、主好き、第一夫人
スキルは、
毒針
このスキルがあると針で刺す際に毒の効果を付与する事が可能。
擬態
このスキルがあると人間の姿に変身する事が可能。ただしあくまで擬態の為、腕の数や触覚などはそのまま。
ああ成る程、擬態はあくまで擬態だから根本的な部分はそのままなのか。だから腕の数とかはそのままなんだね。羽もそのままだし、四本腕なのは創造者のフェチとかかしらと思ってたけどもっとちゃんとした理由があったわ。
そして称号は、
魔石食い
魔石を食べた者に贈られる称号。この称号があると魔力を込めた魔石を食べた際、恩恵を多く得られる。
主好き
主の事が大好きな従魔に贈られる称号。この称号があると主の為なら限界を超える事も容易い。愛の数だけ奇跡は起きる。
第一夫人
一番目の嫁。
おい第一夫人。ラミィの時も思ったけど適当過ぎないか?○○に贈られる称号って文章すら書かれていない。幼稚園児に簡単な説明するわけじゃないだろうが。
………まあ良いや。
そんで魔石食いはそのままなのね。恩恵ってのはMPとかかな?レベル30だからレベル38のラミィよりレベル低いのに、HPもMPも上回ってるもんね。凄いな魔石。
あと主好きに関しては……ノーコメント。ただちょっと、その、何ていうか、ちょっと照れる。嬉しいけど照れる。愛の数だけ奇跡は起きるって何だってツッコミたいけど、それよりも照れる。
まあ、うん、なんていうか、
「強くなったね、ハニー」
「はい!ミーヤ様に選んでいただいたお陰です!」
可愛いかよ。
よしよしとハニーの頭を撫でるとラミィが擦り寄ってきたのでラミィの頭も撫でる。するとイースが背後から抱きついてきた。むにゅりと背中に押し付けられるおっきいおっぱいの感触に動揺する。一応主としてイースの頭も撫でたいけど、生憎私は人間だから腕は二本しかない。どちらも使用中なので背後にいるイースにもたれかかると、思いっきり抱き締められた。
……あれ、これ端から見たらハーレムじゃない?あれ?
「……よーし!じゃあこれからどうするかを考えようか!」
「うふふ、そうねぇ。そこの盗賊達をどうするかをまず考えないといけないものねぇ?」
「……放置、してく…?」
「イース様、この草原には肉食の魔物は生息していますか?」
「闇魔法で素敵な異性の幻覚を見せて油断した所を仕留める魔性狐っていう魔物がいるわぁ。基本的に昼間は寝てて人間にも近寄ってこない。けれど夜に一人で寝ずの番をしてるとやって来る魔物よぉ。素っ裸にして放置すればその子達が処理してくれるでしょうねぇ」
「いやいやいやいや」
皆思考が過激過ぎない?
生け捕りにしたんならちゃんと警察かその辺の機関に引き渡そうよ。
「でもツギルクの町まではまた一日かかっちゃうわよぉ?次の町はグレルトーディアって名前の町なんだけどぉ、ここからそこまでの道の間には沼地があるわぁ。迂回するルートもあるけど時間がかかる。まずグレルトーディアまでもまだ距離があるしぃ…」
成る程、このおっさん達を連れて長距離移動はちょっと…って事か。確かに戦意喪失してるとはいえ縄を解くわけにもいかないし、かといってこのままじゃただの足手纏いだし…。
「……あ、じゃあさ、この近くに村とか集落とかって無い?そこで頼もう。捕まえた功績とか全部あげるから警察への引渡しをお願いしますって。盗賊なら礼金とか出るかもだし」
「あらぁ、良い考えねぇ。こっちでの警察みたいな役職の呼び方は兵士って言うんだけどぉ、その兵士に連絡してもらうっていうのは良いと思うわぁ。他の人に任せる事でミーヤの顔を覚えられたりもしないでしょうしぃ」
「功績、礼金、出る…?」
「出るはずよぉ。初犯だったら微妙だけどぉ、既に何度か犯罪を犯していたら礼金が出るわぁ。命にかかわるような犯罪者の場合は基本的に死刑なんだけどぉ、町の力を見せて犯罪を抑える為に処刑をしたいっていうのが本当の所なのよねぇ。犯罪を犯せば殺すっていうのを見せ付けて抑止力にするのよぉ。だから死体の首よりも生け捕りの方が喜ばれるわぁ」
「うっわ、町の闇を垣間見た気分」
でも実際効果はあるよね。処刑を行う事でこの町に捕まったら死ぬから止めておこうってなるし、あんな風に死ぬなら犯罪は止めておこうってなるし。
「あれ、という事はこのおっさん達処刑コースだったりする?人殺し?」
「そうよぉ。記憶を見る限り男は殺して女だけ確保して売ってたみたぁい。あと強姦もしてるし人身売買もしてるって事よねぇ。失敗しても荷物の強奪はしてたみたいだしぃ、ええ、確実に公開処刑になるでしょうねぇ」
「おーう、犯罪歴が凄くてフォロー不可能」
まあこのおっさん達が私の従魔に手を出そうとした時点で許す気はまったく無かったけど。お金で釈放されるって感じだったら今の内にもうちょっとトラウマを植えつけてもらおうかなって思ってたけど、確定死なら放置で良いや。
「それでぇ、この近くの村なんだけどぉ」
「ある?」
「一応ねぇ。でも、連絡してもらえるかは微妙よぉ?」
「何で?」
「だってぇ……」
イースは言う。
「その村、獣人の村なんだものぉ」
そういえば、獣人と人間って微妙な距離感があるって聞いたような。




