何でもない日
あの後アーウェルの家からギルドまで戻り依頼達成の報告をした。
薬草摘みと病殺し採取を無事達成したのと、ビックリドッキリキノコを当日の内に複数採って来たのが評価されて無事Fランクへと昇格した。
GランクからFランクへはあっさりだったが、Fランクからは昇格する為の試験があるらしい。FランクからEランクへはゴブリンを十体以上倒さないと駄目らしいが、まあそれは今じゃなくて良いからスルーしておこう。そうポンポンランクを上げていくのはちょっとね。え、ゴブリン十体討伐に関して?魔法を使えば余裕じゃない?
まあとりあえず、Fランクに昇格しましたパンパカパーンって事だ。
昼過ぎで微妙に時間も余ってたからGランク用の草抜きの依頼を受注した。依頼人の家に行く途中に屋台でご飯を済ませて、ささっと依頼達成。
草抜きは普通にやったら確かに面倒だけど、魔法が使える私は反則が可能なのである。ようするに、土魔法で雑草達を根っこから地面の上へぽいっとした。土を柔らかくして雑草を吐き出させて、その後柔らかくなった土を元の硬さに。後は落ちてる雑草を一箇所に集めてハニーの火魔法でファイヤーして終了。思ったよりも早く終わった。
終わった後に依頼人のお婆さんがお茶を出してくれたからありがたくいただいた。
そんな感じで時間を潰し、日が暮れる前に宿屋へ行って部屋を確保。
大きいお客さん用の大きいベッドが置かれた一人用の部屋。本当は二人部屋を頼もうとしたんだけど、イースがこっちの方が一人用の部屋である分安いって言ってやたら進めてくるからこっちに。
凄い色っぽい表情で言ってきたのが気になるけど、まあ良いか。ケチるのは良く無いけど安く済むのは良い事だ。今日は稼げたけどまだ子供のお小遣いレベルだもんね。頑張って働いて、イースのヒモになってる現状を脱却してみせる!淫魔のヒモって色々と問題があると思うんだよね!
「ミーヤァ?油断すんなって言っただろぉ?」
「ヴッヴヴー」
「そうでした…」
宿の食事を食べて、お風呂は無かったから部屋の中で魔法を駆使してどうにか入浴を済ませ、んじゃベッド一つしか無いけどサイズ大きいから余裕だよねー。皆で川の字にでもなって寝ようぜー。ってベッドに寝転がったらおっぱいばいんばいんのお姉さんであるイースは雄っぱいがばいんばいんなお兄さんになっていた。
あっれえ!?町中では女で固定するって言ってなかったっけ!?
「町中ではなぁ。ここなら俺らしかいねぇしぃ、人が入ってきたら女になれば良いだけだろぉ?それにこっちの俺にも可能な限り慣れてもらわねぇとなぁ?」
「わー、凄い無茶を言うぞこの淫魔。私の方がうっかり我慢出来ず襲ったらどうすんの!?男でも女でも結構襲い掛かりたいレベルで色っぽいんだからね!?心の中の変態エロ親父をどれだけの力で押し込めてると思ってんの!?」
「いや、心の中読めるから全部わかってるけどなぁ。女の俺のおっぱいを揉みしだきたいとかぁ、男の俺の筋肉を触りまくりたいだとかぁ、全部ダダ漏れぇ」
本気で全部ばれてるじゃんかよ!
ちなみに現在は大きめのベッドの上で、左からハニー、私、イースという状態だ。ハニーを私が抱き締めて、そんな私をイースが後ろから抱き締めている状態。
あああああ足を絡めるな!タイツ越しでズボン越しだけど筋肉がわかる!あと私の頭の下にイースの腕があるんだよね!筋肉が凄い!腕が!腕枕とかされるの始めてだわ!(パニック)
「…本当に男の俺に慣れてねぇなぁ」
「男のイースってか、こんだけ密着してたら女のイースでもドギマギするからね!?男版の筋肉と大きい体と男らしい匂い!女版のおっぱいと柔らかい体と甘い匂い!どっちのバージョンでも普通に欲情するよそんなに色っぽけりゃ!」
黙れよ私!混乱が過ぎて口に出す言葉まで大変な事になってんじゃねえかよ!
あと欲情とか言うな!いやまあ欲情だとは思うけど!もうなんか混乱が過ぎて童貞男みたいになってるじゃんか!私!女!性別が迷子!ん!?イース相手なら性別関係無いのか!?
はいはいパニック!!
「ぶっ…はっはははは!ミーヤは本当に面白い考え方になるよなぁ!そういう所が大好きだ!」
「え、あ、そう?ありがとう」
「あっはははは!あーもうそんなに硬くならなくて良いぜ。今日はただ寝るだけだしなぁ」
「ヴヴヴッヴー」
「いや、この状況であっさり寝たら私の女の部分が死んでるでしょうよ…」
好みの男に抱きつかれてぐーすか寝れたら女として駄目だと思うんだ。ドキドキして眠れない夜を過ごすのが乙女だと思う。
…でも今日森の中歩いたし寝たいな。明日は魔物の討伐したいし。
「じゃあちょっとミーヤの魂を舐めても良いかぁ?」
「ん?それは別に良いけど…あ、そっか。魂食べられるとちょっと疲れるから即行寝れるのか」
「それもあるが、昨日別行動してた間の記憶を共有しておきたいからなぁ」
「あー、成る程。じゃあどうぞー」
「…そうやって、信頼してくれるトコが大好きだぜ…。んじゃいただきまぁ~す」
だから何故前半を小声で呟くんだと聞く前に、心地良い倦怠感が訪れた。
あー、良い感じに疲労したような…ベッドの中だからもうベッドに身を任せて寝たいって感じの疲労感…。今までは気絶コースだったけど、レベルが上がったから普通に疲労するって感じになったんだなーと思いながら、私は眠気に身を任せた。
魂を回復させる為にぐっすりと深い眠りをしたらしい。凄く爽やかに朝を迎えた。
「おはよぉ♡凄いぐっすり寝てたなぁ?」
そしてどうやら私の心の乙女はご臨終のようだ。こんな色気たっぷりの男と同じベッドでぐーすか寝れる奴は乙女じゃない。疲労が凄まじかろうがこの状況でぐっすりはあかん。
…というか、起きた瞬間にイースが既に起きてたんだけど、ちゃんと寝てるのかな?
「いや?俺は淫魔だからなぁ。肉体とは違うからぁ、睡眠は別になくても余裕なんだよなぁ。ま、寝ずの番がいるってのは良い事だって思っとけよぉ」
「そういや淫魔って正体は黒い靄だもんね」
靄が寝るってイメージ出来ないし、実際寝ないんだろう。多分。
「それじゃあご飯を食べに食堂へ行きましょうかぁ?朝食も食べれるコースで頼んだものねぇ」
「あっれいつの間に女に!?」
「うふふふふ~」
水魔法で水出して顔洗ってたら性別が変わってた。いきなり過ぎてまだ慣れないけど、これにも慣れる日がいずれ来るんだろうか。
宿で朝食を食べてからギルドに移動し、張り出されている依頼を確認する。
今Fランクだからなー…。本当はもうちょっとランク上げた方が良いんだろうけど、面倒事はごめんだ。低いランクでうろうろしていたい。
というわけで今日はゴブリン二体とスライム五匹、屍喰いカラスを十羽討伐という三つの依頼を受注し森に来た。モンスター退治は報酬が少し多いから積極的に受けたいよね。
「あ、早速スライムはっけぇん。ミーヤとハニー、どっちが倒すぅ?」
「昨日はハニーが丸焼きにしてたし、今日は私がやるよ」
「ヴヴヴー!」
「あはは、応援ありがと。そういやスライムとの戦いでアドバイスってある?」
「いいえぇ?特に無いわぁ。レベルが高いスライムなら物理も効かないし水を吸っただけ巨大化するしで中々に嫌な相手だけどぉ、レベルが低いスライムはただの雑魚よぉ。物理でも倒せるわぁ」
「成る程。じゃあ…鞭さんよろしく」
腰から下げていた黒くて細い鞭を握ると、グンと魔力を吸われる感触がした。が、まあこの鞭はこういうものだ。むしろもりもり魔力を食わせる。
「そうだね…じゃ、火の魔力を多めに食べてもらおうかな」
意識して火の魔力を鞭に流すと、その黒いボディに火が纏わり付いた。先の方が地面の草に触れてるけど燃えてないって事は、火属性の魔力が可視化されてる?
…まあ難しい事は考えない!
「というわけでスライムに蛇のように絡み付いて一気に全身蒸し焼きコースで!」
そう言いスライムに向かって鞭を振ると、火を纏った鞭は重力を無視した動きで伸びてスライムに絡みつき、燃やす。スライムは必死に逃げようとスライムボディを動かしていたが、鞭から放たれる火がそれを許さない。数秒でスライムは灰と化した。
「……思ったより凄いね、この鞭」
「…その鞭って魔力を与えた人間の思い通りに動くんでしょぉ?ミーヤの想像通りに動いた結果よねぇ、これって」
「考えたくない!」
確かにスライムを欠片でも逃がしたら危ないかもしれないから欠片も逃がさず、かつ時間も短めでお願いします!とは思ったけどさ!全身蒸し焼きコースとは言ったけどさ!
「とりあえずぅ、今日はその鞭もうお休みねぇ。今のだけでも結構なMPが持ってかれてるわぁ。あと二回くらい使ったら倒れるわねぇ」
「マジか!燃費悪い!」
「マジよぉ。燃費が悪いから失敗作だったんでしょうねぇ。早く馴染ませた方が良さそうだわぁ」
「そだね…」
「ヴ!ヴヴヴッヴヴ!!」
イースと話していたら、急にハニーが騒ぎ出した。何だろうと思って見ていると少し離れた所にゴブリンが二体居た。え、何これラッキーチャンス?
ちょうど依頼達成の数じゃないかと思って土魔法で足止めしてから風魔法でミキサーしちゃおうかなと考えていたら、既にハニーは行動に移っていた。
「ヴヴヴヴヴヴ!!」
ゴブリン二体の周りに円を描くように炎を出現させ、風魔法で炎の威力を上げつつ竜巻のように回してどんどん炎の円が内側へと迫って行った。ゴブリン達は必死で棍棒を振り回していたが炎相手には通用しない。彼らは炎に飲まれ、こんがり真っ黒に焼けました。
「ヴッヴヴッヴヴー♪」
「おおう…ハニー強い」
「倒しましたよー。褒めてください!」とでも言うようにご機嫌でこっちに来たのでハニーの頭を撫でる。怖いくらい強いが味方だと頼もしくてありがたい。最初はレベルが低かったし魔法もあまり得意ではなかったハニーだが、イースの教えの元どんどん攻撃力が上がっている。
凄かったのは事実だしとハニーをよしよししていたが、イースは困ったような笑顔を浮かべていた。困ったような笑顔でも色気が滲んでいるのがイースの凄い所だよね。
「どしたのイース」
「ゴブリン、触ったら砕けそうなくらいに黒焦げになっちゃってるわよねぇ」
「?そだね」
「ヴヴ?」
改めてゴブリンを確認すると、完全に墨と化していた。触った瞬間に砕けるね、アレ。
「ゴブリンの討伐証明としての指定部位、左耳よぉ?これじゃあ討伐したとは認められないわねぇ」
「あっ」
「ヴッ」
「スライムに関しては魔石がまだ残ってるから証明にはなるけどぉ、ゴブリンは魔石だけじゃ駄目だものぉ。……まあ屍喰いカラスとスライムもまだ討伐しないと駄目だからぁ、多分ゴブリンにも出会えると思うわぁ。次はせめて左耳だけでも残しておく事ぉ」
「はーい」
「ヴッヴー」
うっかりしてたけど、討伐依頼なら指定部位を納品しないと駄目だったわ。倒せば良いってわけじゃないのは大変だ。気をつけなくては。
ちなみにスライムは倒したら魔石しか残らないから指定部位は魔石とされていて、屍喰いカラスの指定部位は嘴。ゴブリンの指定部位がわざわざ左耳と指定されているのは、一体で二匹分の耳と嘘を吐く奴がいるからその対策らしい。左耳だけしか駄目!ってなってれば判別しやすいもんね。
この日は全部を討伐するのに時間がかかって町に帰った時には既に夕暮れ時になってしまっていた。
うっかりゴブリンの群れに遭遇してしまい慌ててしまって十匹以上を丸焼きにしたせいである。Fランクから昇格する時の試験の内容など私は知らない。証拠は何一つ残らなかったし。
……その後どうにか指定部位を確保する事に成功したけど、ギルドに戻ってからEランクの依頼ボードに貼られていた森に出たゴブリンの群れを退治してほしいという依頼なんて私は見ていない。私はFランクの討伐依頼を三つこなしただけであります。
いやあ、今日は何にも無い一日だったなあ!
そういう事にしておこう。




