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近いうちに完成させる予定です。

「またあんたか」

 《情報審査会》へ赴いた真美は、あきれ顔とそんな文句と供に迎えられた。《情報審査会》とは、《記録省》の情報管理体制に不備や不正がないかを審査する民間の第三者機関である。当然その場で市民が《記録省》の記録処理を閲覧することも可能なのだが、それには事前の申し込みと閲覧理由が妥当であるかの審査が必要となる。国家機密に該当するような内容の情報はおいそれと許可は出ず、大部分は《情報審査会》を信用するしかない。

 つまり、《記録省》と《情報審査会》が癒着していた場合、市民にはそれをチェックすることがほぼ不可能となる。

 真美は《記録省》と《情報審査会》を行き来しつつ、その癒着を疑っていた。

「何度も言っているがね、あんたの欲しい情報はここにはないし、あったとしても渡せないよ。あんた、知らないだろうけどブラックリストに載っているからね」

 受付の中年男性は、不満そうな顔を隠しもせず真美に言葉を放っていく。

「識別番号778号の《真実書記官》の記述を閲覧するのに、そこまで許可が必要なのが不思議で仕方ないですね。今さっき石島事務次官にお会いしてきましたが、彼は『取るに足らない事件だ』という主旨のことをおっしゃっていました。わたしもそう思います。他の交通事故と変わらない扱いのはずなのに、なぜ《778号事件》だけ機密扱いなのですか。やはりやましいことがあるからなのではないですか」

「《778号事件》なんて今時呼んでるのはあんたくらいのものだ。公式には《大野荷馬車事件》。《778号事件》で閲覧申請しても意味ないからね。大体『事件』なんて名前をつけるほど大層なもんじゃないのに、あんたが騒ぎ立てるから、こっちだって痛くもない腹を探られるのは迷惑なんだ」

 禿頭を撫でつけながら、その中年の男性は吐き捨てる。

「痛くもない腹なら見せてくれればいいではないですか」

「あんたね、いい加減にーー」

 そういいかけたそのときのこと。奥のデスクでこちらの様子を伺っていた女性職員が、心配そうに声をかけてきた。

「課長、わたしが対応しましょうか?」

「中谷くんか。すまないが頼めるかな。仕事がたまっていてね、この人に構っている暇はないんだ」

 そう言って当てつけのつもりなのか、課長職らしき彼は、流し目でにらみつつ自分のデスクに戻っていった。

「お話は聞いていました」

 中谷と呼ばれた彼女は、事務職らしく地味な格好をした控えめな容姿の女性だった。外見にも自己主張の激しい気性が出ている真美とは正反対の印象である。真美はいつも肩をいからせてどしどしと歩いていくが、中谷はまるで小動物のように歩幅を小さくして歩く。目尻も垂れていて気弱そうだった。

「うちの課長も申し上げましたが、ここで《778号事件》ーー《大野荷馬車事件》について情報公開をすることはできません」

「ですがーー」

 真美は思わずカウンターを両手で叩きつけてしまうが、中谷は動じずに微笑んだ。

 外見よりもずっと肝の据わっている女だ、と真美は感じた。

 中谷は声を潜めて真美に耳打ちする。

「仕事で一緒になった個人的な知り合いに、元《真実書記官》の男性がいます。彼ならきっと、貴女のお役に立つかと」

 そういって彼女は懐から自分の名刺を取り出し、その裏にその男性のものとおぼしき名前と住所を記した。

「手紙を出せばきっと会えると思います」

「いいんですか。内規に反するのでは?」

 《真実書記官》に関する情報というのは個人情報そのものさえも、国家機密として扱われ、表沙汰にされることはない。それはたとえ《真実書記官》の職を辞したところで変わらぬはずだし、内規どころか何かしらの刑法で罰せられる可能性もある。

真美にとっては望むところ、と言いたいが中谷のような《778号事件》に直接関係ない人間を巻き込むのは気が引けた。もしおいそれと簡単に《真実書記官》に接触できてしまえば、口封じに殺してしまうこともできるし、自宅に忍び込んで記録を始末することもできてしまうからだ。《778号事件》裁判のときもそれが懸念され、証言台には防弾用の障壁が立てられ、声も電子機器を用いない特殊なボイスチェンジャーで変換されていた。

「貴女の記事は読みました。《真実書記官》も人間ならば、間違いや記録違いもあるという貴女の持論、わたし共感したんです。貴女の描く彼らはとても

人間くさい気がしたから」

 そういって、彼女は微笑んだ。

 その笑顔はどことなく儚く、哀しみを感じさせるものだった。


続く……

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