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思いつきで書いてしまいました…。

他の連載もありますので、兼ね合いを考えながら更新します。

「ご存じの通り2015年に起きた大規模の太陽フレアで、地球上のすべての電子機器は使用不能に陥りました。すぐに収まるだろうと楽観視していた各メディアには面白がって《審判の日》と呼ばれたものです。だが、終わらなかった。それ以降も電子機器への影響は続き、人類全体の生活水準は18世紀以前にまで戻ってしまったとまで言われたのは記憶にも新しいのではないですか。確か貴女もちょうど15年生まれの世代だったはずですが。《失われた世代》のね。

 話を戻しますが、それから我々はあらゆる情報を失ってしまった。データベースはクラッシュして使い物にならなくなり、電子情報として管理されていた金融情報も吹き飛んだ。それ以来私たちはアナログな方法での情報管理の大切さに気づいたわけです。そして日本ではそのもっとも先鋭的な試みが実行され、我々《記録省》は《審判の日》以降の情報管理システムとして、世界で最も成功した例として名高い。信用性も抜群だ。こういう経緯は貴女もご存知でしょう?」

 糊で固めたような形式的な薄い笑みを浮かべた男は、そう眼前の女性に聞いた。

 女性は一瞬顔をしかめたが、何とか無表情を保ちその後も男性の話を聞き取るために手帳にペンを走らせる。

「今日お話を伺いにきたのは、現代史の講義を受ける為ではありません。《778号事件》について公式見解を伺う為です」

 そう冷静に言い放つ彼女の胸元には《オペレーション・ジャーナル社》と記された社員証が揺れめいている。社員証の顔は生真面目そのものできっ、と前を見据えているが、その意志の強さを思わせるまなざしは入社から五年以上経った今でも健在だった。

「水野さん、私と貴女は今まで何度もお会いしてこうしてお話していますが、結論は変わりませんよ。貴女が《778号事件》なる”創作作品”を記事として紙面に掲載してからいくらかの取材は受けましたが、ご担当された他の方雑誌社や新聞社、通信社の方は結局記事にはできなかった。なぜだかわかりますか? 活版印刷が追いつかなかった、というわけではありませんよ?」

 足を大儀そうに組み替えて、その男ーー《記録省》事務次官、石島圭吾は質問する。初老に入った彼の白髪混じりの黒髪は彼の老獪さをよく表している。ましてや見据えられたらたいていの者は閉口してしまうだろう。

 対する彼女、水野真美はその視線をものともせずに見返した。

「《記録省》が事実を隠匿しているからでしょう」

「《記録省》が事実を隠匿したら、いったい誰がこの国の情報管理の信用性を担保するんですか。隠蔽工作が露見でもしたら国際社会で笑い物だ。そうなったら私の首が飛んでしまいますよ。ましてやよくある交通事故の事件でなぜ情報を隠匿しなければならないのですか」

 冗談でも言ったつもりなのか、石島は乾いた笑いを浮かべるが、真美は追従しなかった。無表情のままペンを走らせる。

「《真実書記官》が公式記録に嘘の記述をしたとしたらどうです?」

 一瞬の間のあと、石島は真美から視線を逸らしつつ、手元の資料に目を通した。

「貴女はご自分が何をおっしゃっているかわかっていないようですな。《真実書記官》は嘘の記述などしないーーいや、”できない”のです。失礼ですが、貴女は彼らに会ったことが? いや、貴女方の用語では《フクロウ》でしたか」

「あるわけないでしょう。国家機密として貴方たちが隠しているのですから」

 二人はにらみ合ったまま固まるものの、ドアが開く音でその沈黙は破られた。

「事務次官。次の会合のお時間です。お急ぎください」

 スーツ姿の女性秘書がそう言葉をかけると、石島はスーツの上着のボタンをかけてから余裕の表情で真美に一礼した。

「それではお時間が来たようです。失礼しますよ」

 泰然とした態度のまま石島は離席し、部屋を出ていった。その後ろ姿を真美は悔しそうに歯噛みしながら見つめていることしかできなかった。


※※※


 大規模な太陽フレアが放出する電磁波によって、あらゆる電子機器が使えなくなってから四半世紀。石島が口にしたように、世界は新たな難局を迎えていたが、その中で日本だけはその苦境を上手く乗り越えたと国際社会から評価されていた。IT機器の復旧を早々に断念した日本は、むしろアナログな方法による情報管理体制を確立することに血道をあげたのである。

 その最も成功した例が《記録省》の樹立であり、《真実書記官》制度であった。

 《記録省》はその名の通り、この国全ての記録を取り、それを管理する機関である。IT機器が使用できなくなってから情報の流通には物質的コストがかさむようになり、一個人や一企業による情報記録には限界が出てきたのである。《記録省》はそのニーズに応えるために設立された機関であり、《審判の日》前の世界で防犯カメラやコンピュータがまかなっていた情報セキュリティを人的資源によって埋めることを目的としている。その際に主観を入れないために、すべての記録は客観性を重視され、国家による情報の独占や改竄を行わぬ為に民間の第三者機関に検閲されることになる。またその肝心の記録を行う人間は特別な教育を受けた《真実書記官》と呼ばれる公務員だ。《真実書記官》は通称フクロウと呼ばれている。

 黒い外套に、電子機器を使用しない特別な光学技術によって製造されたゴーグルをつけている彼らには、なるほど、ぴったりな単語だった。

 街を普通に歩いていれば、彼らの姿を見ないことはない。あらゆる場所、あらゆる道路に配置された彼らはまるで機械のように微動だにせず、紙とペンによって「事実」だけを記録している。

 どのような格好をしている人間が何人いるか。彼らが手にしている荷物の詳細は。馬車は何台通ったか。そのナンバーは。

 その詳細全てを、彼らは記述することができる。常人にはわからぬ特別な記述法を用いて、点と線によってのみで彼らは情報を再現できるのだ。

 それは何とも気持ちの悪い光景であり、親たちは子供のしつけのために彼らを引用することさえあるくらいだ。水野真美もその一人であり、彼女自身、今でも《フクロウ》を見ると鳥肌が立ってしまうことがある。しかしほとんどの人には彼らの姿は日常の一部に過ぎず、それ以上の意味は持たなかった。

 《778号事件》が起きるまでは。


続く・・・・・・

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