第5話 転生令嬢、ナタと短弓で無双する
旦那様とのお茶会から数日後――
ある夜、不穏な気配を感じて私は目を覚ました。
ベッドから起き上がると、そこに立っていたのは姉さんだった。
「アリー」
村を出てからは「お嬢様」と言っていた姉さんが、昔の名前で呼ぶ。
それだけで、事態の異常さが分かった。
「姉さん、何があったの?」
素早く身支度を整えながら問いかける。
「この屋敷に、殺気が満ちてる」
「……っ」
一瞬息を呑んだが、すぐに切り替える。
「私の武器は?」
「ここにある」
差し出されたのは、使い慣れた短弓とナタだ。
少し迷ってから、私はドレスの上から矢筒とナタを腰に付ける。
「そんな格好、動きにくいでしょ」
姉さんが眉をひそめた。
「貴族の奥さんとして、最低限はね」
そう言ってウインクする私。
――まあ、短弓とナタで全部台無しなんだけど。
「で、どうするの?」
姉さんが低く問う。
この屋敷で、今いちばん守るべきものは一つだけ。
「旦那様のところへ行くわ」
姉さんは無言で頷いた。
こうして、私たちは身を潜めながら屋敷の中を進む。
途中、仮面を付けた賊に襲われている使用人を見かけた。
「姉さん、殺れる?」
「……任せて」
姉さんが静かに弓を引き、賊の首に矢を突き立てる。
「お、奥様!? その恰好は!?」
驚く使用人に対して、私は静かに唇に指をあてた。
「お願い、マリー。宿舎に行って兵たちを呼んできてくれない?」
私は愛用のナタを彼女に渡しながらお願いする。
「奥様は……どうなさるんですか?」
心配そうに彼女が見つめてきた。
「私たちは、旦那様の所へ行くわ」
私は手にした短弓を強く握りしめる。
「奥様……お任せ下さい」
マリーが覚悟を決めたような表情で頷いた。
彼女と別れて、さらに屋敷を進む。
旦那様の部屋の前にたどり着くと、仮面を付けた二人の賊が立っていた。
恐らく見張りだろう。
(姉さん、行ける?)
私は目線だけで問いかける。
姉さんは親指を立てて応えた。
私たちは短弓を構え、同時に矢を放つ。
矢は刺客の胸に深々と刺さり、二人は同時に倒れた。
すぐさま、私達はドアを開けて部屋の中に突入する。
そこには、傷だらけの旦那様と、武器を持った三人の賊がいた。
「アリシア!? 何故!?」
旦那様は、まるで信じていたものに裏切られたような顔で私を見る。
私は即座に姉さんの腰からナタを奪い、旦那様の一番近くにいる賊に向かって投擲した。
「「……!?」」
賊の一人が倒れ、残りの二人も狼狽する。
そんな彼らに向かって、私は姉さんと共に弓を構えた。
「姉さん! 旦那様には当てないで!」
「分かってる!」
不思議に思いながらも、私と姉さんは一斉に弓を引く。
放たれた矢は賊の急所に当たり、残りの二人倒した。
息を確認しようと近づいた時。軽傷だった賊の一人が突然立ち上がり、逃げ出してしまう。
「私が行くっ!」
姉さんが賊を追いかけて、窓へと向かった。
「殺さないで! 背後関係を吐かせたい!」
叫ぶ私。
姉さんは無言で頷いた。
そして、私は旦那様に向き直る。
「大丈夫でしたか、旦那様」
ニコリと笑って見せた。
旦那様はただ呆然としていた。
――まあ、こんな状況なら仕方がないか。
私は意識を切り替え、私は倒れている賊の仮面をはぎとる。
――私は息が止まるかと思った。
そこにあった顔は、見覚えのあるものだったのだ。
実家から連れてきた侍従のうちの一人。
「……本当に、何も知らなかったのか?」
言葉を失う私を見て、旦那様が意外そうに呟く。
私は何度も、必死に頷いた。
「はは……」
乾いた笑いを漏らした旦那様の身体が、ふらりと傾ぐ。
慌てて旦那様の体を支え、ベッドに座らせると、ようやく理解した。
――この人は、私のことも疑っていたのだ。
だから距離を取り、壁を作っていた。
そう思えば、むしろ。あれだけ穏やかに接してくれていたのは――
ぐったりとした旦那様を介抱しながら、私は初めて、「この人の奥さんをしている」と実感していた。
「アシェル様! ご無事ですか!?」
部屋に屋敷の兵が駆けつけてくる。
「貴女は……!」
兵が私に険しい目を向けた。
「まて、アリシアは味方だ……」
旦那様が弱々しい声でフォローしてくれる。
「……わかりました」
しばらく逡巡したが、納得したのか出ていこうとする兵。
「待って。ねえさ……侍女のエミリーが、刺客の一人を捕らえているはずです」
そこに私が声をかける。
「はっ! かしこまりました!」
兵士は敬礼をして、去っていった。
「ごめんなさい、アシェル様。私の実家が……」
私の膝を枕にしている旦那様に、泣きそうになりながら謝罪する。
「……いや。君の責任ではないさ」
そう言って旦那様が私の涙を拭ってくれた。
「旦那様……」
こうして、この屋敷を襲った危機はなんとか治まった。
後から分かったことだが、私の実父は、旦那様を殺害してこの家を乗っ取る気だったらしい。
「子供もいないのに、そんなの無茶だろ」と思ったが、旦那様さえいなくなれば、家名や財産はどうにでもなったらしく。
旦那様も、賊の武器に塗られた毒のせいで、命の危機に瀕していたようだ。
――本当に危ない所だった。
私の実家は、姉さんが取り押さえた刺客が決定的な証拠となり、取り潰しが決まった。
私も罪に問われそうになったが、旦那様が「彼女はもうこの家のもので、彼女の実家とは関係がない」と強く主張してくれたおかげで私は助かった。
本当に旦那様には感謝しかない。
私としては、実家が取り潰しになったことで、当然離婚されるものだと覚悟していたんだけど。
どうやら旦那様は、このまま結婚したままでいてくれるようで。
こうして、私と旦那様の「本当の」結婚生活が、静かに始まるのだった。




