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第3話 転生令嬢、出荷される


 翌日、たっぷりとフリルの付いた青い豪華なドレスを着せられたまま、私は馬車に乗せられた。


 隣に座る侍女服を着た姉さんが、なれないスカートにもじもじとしている。


――分かるよ。ずっと長ズボンだったから、下がめっちゃスースーするよね。


 馬車は、全部で10 台。


 3台に人が乗り、残りの7台はすべて嫁ぎ先への結納品だ。


 ――貴族の結納品ってこんなに沢山贈るのが普通なの?


 私は嫌な予感でいっぱいになる。


 馬車に揺られ、ようやく辿り着いた嫁ぎ先の貴族の屋敷は、父の屋敷に負けず劣らず巨大だった。


「おぉ〜」

 思わず感嘆の声が漏れる。


 立派な噴水と庭園を持つ豪邸は歴史を感じさせる外観で、前世のOL時代だと観光でしか見ることのないレベルだ。


「「いらっしゃいませ、アリシア様」」

 馬車から降り立つ私と姉さんを、玄関でずらりと並んだ使用人たちが一斉に頭を下げて迎えてくれる。


 しかし、私には分かった。


 彼らの目には、私を値踏みし、蔑むような色が宿っているのを。


 私の出自が、すでにこの屋敷中に知れ渡っているのだろう。


 ――だからこそ、ここで怯むわけにはいかない。


「あら、ありがとう。これからよろしくお願いするわね」

 私は優雅な所作で微笑み、静かにそう応える。


 前世で読み漁った漫画やアニメに出てくる貴族令嬢たち。


 そんなサブカル知識で作り上げた、渾身の貴族令嬢ロールだ。


 実際にあっているかは知らん。


 だが、私の貴族令嬢ロールは効果があったようで、屋敷の使用人たちを一瞬硬直させた。


 彼らは、もっと常識知らずの田舎娘が来ると思っていたに違いない。


 ――フフフ、怖かろう? 何も知らない田舎娘が貴族令嬢っぽい言動をするのは。


 私は動作の一つ一つに気をつけながら、屋敷の使用人についていく。


 そして、私は屋敷の奥へと、この家の主である貴族の元へと案内された。


(う〜ん。今さらながら緊張してきた……)


 そう心の中でボヤきながら、私はなんの心の準備もできないままに、彼の待つ部屋へと通されてしまう。


 客間に足を踏み入れた瞬間、空気が一変する。


 部屋の奥、重厚な椅子に座っていたのは、銀髪、エメラルドのような瞳に切れ目を持つ、冷たい印象の美男子だった。


 ――アシェル・ティンバー。


 今日から私の旦那様となる人だ。


 スラリとした長身に、剣を握るために鍛えられたであろう、無駄のない引き締まった体。


 しかし、表情には一切の感情が読み取れない。


「……本日より、妻となります、アリシアと申します」

 私は膝を折って、ドレスを広げ、漫画でよく見るような上品な挨拶をする。


「ああ」

 返ってきたのは、それだけだった。


 ――う〜ん。手厳しい……


 普通のご令嬢ならこんな扱いされたら泣いちゃうんじゃないか?


「……失礼いたしますわ」

 ニコニコと微笑んだまま深く頭を下げると、私は静かに客間を後にした。


 ――背中に視線を感じたが、気の所為だろう。



「貴族の嫁って、一体何をすればいいんだろう??」

 私は与えられた自室で考え込んでいた。


 前世の知識では、政略結婚の令嬢はサロンで社交をしたり、刺繍をしたり……


 ――ダメだ、役に立たねえ。


 使用人たちも露骨に距離を取っている。


 さんざん考えた結果。先人の知恵に頼れば良いんじゃね? という結論になった。


「……ねえ。この屋敷の書物が置かれている部屋はどこか分かるかしら?」

 私は、屋敷の侍女の一人に尋ねる。


 案内されたのは、天井まで届く本棚が並ぶ、立派な書庫だった。


「この家の記録を見れば、何かわかるかも知れないわね」

 そう考えて、古そうな本を棚から引き抜く。


 ――だが。


「あ、あれ……? 読めない?」

 そう。私は、文字の読み方なんて、誰からも習っていなかったのだ。


「くっ……! こんな初歩的なことでつまずくなんて……」

 途方に暮れた私は、それでも諦めきれず、書庫の隅々を探した。


 そして見つけたのは、植物や動物の絵がふんだんに載った図鑑のような本と、文字が少なく大きな絵が描かれた幼児向けっぽい絵本だった。


「仕方ない……まずは、ここからよね」

 私はそれらの本を自室へ持ち帰り、文字の勉強を始める。


――まさか生まれ変わってまで、受験勉強みたいなことをするとは……



 その夜。


 夕食の時間になり、私はダイニングルームへと向かった。


 旦那様はすでに席に着いており、私が入室しても、やはり目線さえ送ってこない。


 私は静かに席に着き、給仕が運んできたスープに手を伸ばした。


 私は、前世の知識の「食事のマナー」を思い出しながら、慎重に、そして上品に口に運んだ。


 スープを飲む音を立てない、パンを小さく、ちぎってから食べる。


 その一連の動作を見た給仕係の一人が、わずかに目を見開いた。


 彼らは、もっとガツガツと、あるいは不慣れで音を立てる食べ方をするだろうと予想していたのだろう。


 旦那様は、私の食事作法に気づいた様子はなかったが、給仕たちの間には、小さな変化が生まれ始めていた。


 そして、数日後。


 私は自室で、相変わらず図鑑と絵本を広げ、辞書代わりの文字の羅列と格闘していた。


 コンコン、と扉がノックされる音がする。


「失礼します、アリシア様。夜遅くまで書物を読んでおいででしたので……体を冷やしませんように、と思いまして」


 入ってきたのは、初日に私を案内してくれた侍女だった。


 彼女は、優しく微笑みながら、湯気の立つ温かい紅茶を私の机に置いてくれる。


「あら……ありがとう。マリー」

 私は驚き、そして素直に感謝を告げた。


「アリシア様、私の名前を覚えておいでなんですか!?」

 何故か驚きの表情を浮かべるマリー。


「……? ええ、それはまあ。初日に紹介されたじゃない」

 初日に、屋敷の案内と同時に使用人たちの名前も教わった。


 だからその日のうちにこっそりと日本語でメモしておいて、数日間かけて完全に覚えたのだ。


――実際、部下の名前くらいは初日に覚えておかないと、肩書だけの上司になっちゃうからね。


 マリーはすごく動揺しながら、慌てて出ていってしまう。


「……? なにか変なこと言ったかしら?」

 私は首を傾げながら勉強の続きを再開する。


 こうして私は、少しづつ屋敷の人たちとの交流を増やしていくのだった。



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