21:売られた喧嘩は買いますよ?
「こんな早くに食べに来るのは婚約者に会いたくないからか? シェフィーリア・オルセー伯爵令嬢」
「ふわっ!?」
急に聞こえた声はどことなく怒っているようだった。低く、聞いたことがある声。
「よぉ」
緑のふわふわな髪に赤い眠そうな目。見たことある。というか昨日見た。昨日見たのに忘れてたらヤバイよねぇ。
「昨日は失礼いたしました。ご機嫌如何ですか? グリュージェント・ウェイル様」
外向き用の笑顔が自然と作れるっていいよね。現実逃避? ええそうですとも。こめかみに青筋が浮かんでいるのを見過ごすわけが無いじゃあございませんか。
「ちょっと面貸せやシェフィーリア・オルセー伯爵令嬢様」
「言葉遣いが少し可笑しいのではなくて?」
「それはどの口で言ってんだよ?」
「見えませんの? この口ですわ」
「昨日暴言吐いていたその口から言葉遣いが少し可笑しいときたか。笑わせてくれるじゃねぇか」
「私が暴言を吐いた? 馬鹿にしないで戴きたいのですけど。あの程度暴言の内に入りませんよ?」
なんなんですかねこの男。知ってます、知ってますとも。目の前にいるのがグリュージェント・ウェイルだというのは分かってますとも。でもね? だからって売られた喧嘩は買いますよ? こてんぱんにして逃げ帰らせてやりますとも。
ちなみにここまでの会話を笑顔でやっている私たち。なんて仲が良いのでしょう。もうやけくそだ。
「へぇ、あんな言葉遣いをしたってのは認めるわけだ」
「嘘はついておりませんけれど?」
にやり、と笑うグリュージェント。顔が良いから似合うんだよなぁ。でも嫌な予感がする。
「じゃぁ、今見られていることに関しては何も思わねぇの?」
へ? みら、れ、て……。
「あの、シェフィーってもしかして……」
しまったぁぁぁぁぁぁあ!? これが狙いか貴様っ! にやにやにやにや笑ってるんじゃないよっ! 折角出来た友達なのにぃっ!
「さて、シェフィーリア・オルセー。お困りのところ悪いが用があってきたんだ。付いてきてもらうぜ?」
「困らせたのは貴方でしょう……。分かりました、付いていきますわ……」
してやったり、って感じの顔しないで。殴りたくなるから。なんだろう。君攻略対象者のはずだよねぇ。あっれぇ……?
「ほら、行くぞ」
無理に引っ張られてどこかも分からない道を進む私たち。残念なことに朝早すぎて生徒どころか先生もいない。つまり助けを求められない。
曲がり角をまがった。
さて、ここでこの男、グリュージェント・ウェイルについて復習をしよう。多分してなかった。してなかったはずだ。
まぁ簡単に言うと二週目の攻略対象者、なんだよね。一度ゲームクリアをしてデータを引き継いでリスタート。そうするとゲームの選択肢に新しいステージが増えて親交を深めていく、という感じ。
だけど謎なのが一つ。グリュールートはクリアしたんだよね。今はどのイベントでどの選択肢を選べば最短でクリア出来るのか、まで思い出せるんだけど……。おかしいな、どうして思い出せなかったんだろう。
「ふぎゃっ!」
急に止まるなよっ!
「色気のねぇ声だな、もっと令嬢らしくしたらどうだ?」
「貴方に言われる筋合いはありません!」
またにやにやしてるんだけど! なんなんどこいつはぁぁあ! 怒らせるプロなのかな貴方! こちとら君より長生きしてるんだぞっ! でもこんな感じのやりとり嫌いじゃないっ!
「ったく……。着いたから止まったんだ」
そういえばどこかに連れてかれてる途中だったなぁ。
後ろを向けばひたすらにまっすぐな道。右を向いても左を向いても壁。前を向けばまだにやにやしてるグリューがいて、その奥には木製の扉がある。
「ここは?」
「あ? そんなことも知らねぇの?」
うん、ちょっと馬鹿にしたように見てくるのやめてくれない? いい加減にしないと怒るよ? 私だって怒るんだよ? とか思ったけどなんだかんだで説明してくれるグリューは優しいと思う。
「ここはライ・クウェート先生の研究室。お前に用があるのはライ先生だ」
え、ライ先生が? 私に? まだ何もしてないと思うんだけど……。
「あ、待ってたよー!」
軽く扉を二回叩いて帰ってくる返事は紛れもなくライ先生のものだ。怒られるんじゃなくて研究の材料にされるのかな……。
「入るぞ」
「え、ちょっと!?」
扉を開けて見えたのは、書類の山でした。
「え、帰ってもいい?」
「だめだ」




