第95章:星屑たちの奇跡と白銀の絆
「行くぞ、みんな! 僕たちの手で、この戦いを終わらせるんだ!」
「「「おおおっ!!」」」
誓いの叫びが霊樹の都の夜空へと響き渡った、まさにその瞬間だった。
「身の程を知れ、虫ケラどもがぁっ!」
絶叫したのは魔王ルシオンであった。父バアルガンドの最期の封印を強引に破りかけ、狂乱した黒炎がその全身から全方位へと一気に吹き荒れる。空を覆う暗雲が激しく渦を巻き、激震が神木の広場全体を打ち叩いた。
直撃すれば、肉体どころか魂まで焼き尽くされる邪悪な波状攻撃。だが、誰ひとりとして足を引く者は居なかった。
「させるかよぉっ!」
真っ先に飛び出したのは、重盾士のテオだった。地を打ち鳴らして前線へ立ちふさがり、漆黒の巨大な盾を地面へ力任せに突き立てる。
テオの全身から溢れ出る闘気が重厚な障壁となり、襲い来る黒炎の津波を正面から受け止めた。激しい衝撃音とともに火花が散り、テオの足元が数センチほど削り取られるが、彼の仁王立ちの体躯は微動だにしない。
「うおおおっ! 俺の盾は、仲間を背負ってるんだ! これくらいで破れると思うなよ!」
テオが耐え抜いた一瞬の隙を逃さず、風を纏った人影が疾走した。風読みの剣士リィンだ。
風を纏わせた愛刀を構えたリィンは、テオの盾の脇から跳躍すると、全身の魔力を可視化させるほどの嵐となって旋風を放った。
「風よ、切り裂きなさい! シルフ・ブレイド!」
澄んだ叫びとともに解き放たれた風の刃が、テオの盾を迂回して迫っていた黒炎の残炎を綺麗に切り払い、左右へと散らしていく。視界が急速に切り拓かれた。
「小癪な真似を……!」
ルシオンが冷酷な視線をリィンへ向け、黒い魔力の槍を形成しようとしたその瞬間、パンッ、パンッという甲高い連続打撃音が空気を打ち破った。
「目移りしている暇はないよ、魔王様!」
機械技師のルカスだ。彼は両手に構えた魔導銃の引き金を正確なリズムで連射していた。放たれた光弾はルシオンの顔面と胸元を狙って正確に飛翔し、敵の障壁に接触した瞬間に小さな魔導爆発を起こす。ダメージを与えるには至らないものの、視界と魔力の集中を妨害するには十分すぎる一撃だった。ルシオンは不快そうに顔を歪め、腕を振って爆煙を吹き飛ばす。
だが、それこそが仲間たちの狙いだった。
「影は、光の届かぬ場所から忍び寄る……」
低く囁くようなカシムの声が、ルシオンの真下から響いた。いつの間にか広場の影を渡り歩いていたカシムが、黒炎の影を利用してルシオンの足元へと潜り込んでいたのだ。床から立ち昇る幾本もの影の鎖が、ルシオンの両足へ絡みつき、その自由を強引に奪い去る。
「……チッ、鬱陶しい虫どもが!」
ルシオンが足元へ魔力を集めて影の鎖を破砕しようとした瞬間、後方からガイルの冷静な指示が飛ばされた。ガイルの右目に宿る解析眼が、青く怪しい光を放ちながらルシオンの魔力流動を完全に捕捉していた。
「カシム、離れろ! ルカス、右三度の方向から高周波魔導弾! 障壁の波形がそこだけ一時的に弱まっている!」
「了解だ、ガイル!」
ガイルの緻密な指示を受けたルカスが、即座に銃口の角度を変えて特殊弾を叩き込む。魔導弾が障壁の薄い部分へ命中し、ルシオンの防御効果を大きく減衰させた。
「な……なに……!?」
ルシオンの表情に、初めて微かな焦燥の色が浮かぶ。
一人ひとりの攻撃は、自分という存在の前では取るに足らぬ戯れに過ぎないはずだった。だが、彼らは決して単独で戦っていなかった。
一人が受け止め、一人が切り拓き、一人が動きを止め、一人が隙を暴く。個々の力が絶妙なギアのように噛み合わせられ、魔王の強大な力に互角以上のテンポで対抗していたのだ。
仲間たちの背後では、フィリーネが胸の前で白銀の杖を強く握りしめ、集中して純白の魔力を練り上げていた。
「命の灯火よ、輝いて……! 傷を癒やし、力を貸して……!」
フィリーネの身体からあふれ出す柔らかい純白の粒子が、前線で奮闘するテオやリィン、ルカスたちの体を包み込んでいく。激しい攻防によって生じた筋肉の疲労や擦り傷がみるみるうちに癒やされ、身体の底から澄み切った魔力が湧き上がってくる。
「……感謝するわ、フィリーネ。身体が軽く動く……」
「助かったぜ、フィリーネ! 思考のノイズが消えて、集中力が研ぎ澄まされていく!」
リィンとガイルが声を掛け合い、さらに連携の精度を上げていく。
絶え間ない連携の連続に、ついにルシオンの態勢が僅かに崩れた。全方位へ放っていた黒炎の威力が鈍り、敵の防御障壁に目に見えるほどの歪みが生じる。
それを二人の剣士が見逃すはずがなかった。
「今よ、ゼノリス!」
「ああ、行こう……エレナ!」
白銀の長剣を構えたエレナと、黒い剣を正眼に構えたゼノリスが、完全に同調した呼吸で地を蹴った。 二人の身体から立ち昇る気圧が、風を裂いてルシオンの懐へと肉薄していく。
仲間たちが命がけで繋いでくれた、千載一遇の好機。恩師バアルガンドが遺してくれた封印の光と、仲間たちの絆が手繰り寄せた好機を胸に、二人は刃を走らせる――。
「笑わせるな、虫ケラどもがぁっ!」
肉薄するゼノリスとエレナの気迫に不快な苛立ちを覚えたのか、ルシオンが狂乱の叫びをあげた。
二人が刃を走らせようとしたわずかな隙を塗り潰すように、ルシオンの全身から噴き出した猛烈な黒炎が、あらゆる攻撃を反らす巨大な球状の壁となって神木の広場全体へ膨れ上がる。触れるものすべてを消滅させる漆黒の要塞が、突進する二人の前に立ちはだかった。
「くっ……! 急激に魔力の密度が跳ね上がってやがる! 正面からの突撃じゃ焼き尽くされるぞ!」
後方で右目の眼帯を強く押し押さえたガイルが、噛み殺した呻き声をあげる。
ルシオンの障壁は、周囲の空間すら歪ませる黒炎の防壁であり、付け入る隙などどこにもなかった。突撃の先頭に立つゼノリスとエレナの肌を、灼熱の熱波が容赦なく焼き焦がしていく。
このままでは届く前に、黒炎の波に呑み込まれて散る。
だが、不屈の覚悟で突き進む二人の背後から、荒波を打ち破る力強い声が響き渡った。
「そのまま真っすぐ! 私の羅針盤を信じて!」
叫んだのはナディアだった。『黄金の羅針盤』から眩い金色の燐光が放たれ、超高速で回転を始めた針が、荒れ狂う魔力の潮流から障壁の「破綻」を捉えた。
「見えた……! 荒れ狂う黒炎の奥、ルシオンの胸元から右肩にかけて、三秒ごとに障壁の重ね合わせが途切れる『一点』があるわ! そこが唯一の突入路よ!」
ナディアの指先が、漆黒の壁の一点を一直線に指し示す。
「よくやった、ナディア! 周波数を固定するぞ!」
ガイルの解析眼が、ナディアの提示した座標から瞬時に最適な干渉波形を計算した。
「ルカス! ナディアの指した『一点』だ! 高周波の過剰出力を叩き込んで隙を固定しろ!」
「任せろッ! 二丁の魔導銃の限界、叩き込んでやるさ!」
ルカスが両手の魔導銃の引き金を絞り、凝縮された干渉弾を放つ。ナディアの見抜いた座標へ放たれた弾丸が着弾し、不落を誇る障壁の重ね合わせに、目に見えるほどの亀裂を生み出した。
「な……なんだと!? 私の障壁に、亀裂だと……!?」
ルシオンの表情に動揺が走る。
さらに、後方からの仲間たちの援護が突撃する二人を支えた。
「道を開きなさい! 風よ、残炎を吹き飛ばすのよ!」
風読みの剣士リィンが愛刀を振るい、エメラルド色の旋風で左右から迫る熱波を力任せに押し戻す。
「足元は俺が縛る! 影の鎖よ!」
カシムの伸ばした影が裂けた障壁の隙間から滑り込み、ルシオンの足を強固に縫い留めた。
「押せぇぇぇっ! 二人をルシオンの懐へ届けろぉっ!」
テオが漆黒の巨大な盾を掲げて全開の闘気を張り、前方を阻む衝撃波を力任せに打ち砕く。
仲間たちの絆とそれぞれの力が噛み合い、魔王の懐へと二人を導く直線上の「光路」が切り拓かれた。
「いまよ、エレナ! あの『一点』を穿ち落としなさい!」
ナディアの叫びが、戦場を貫く。
光路の先頭をひた走るエレナが、手にした装飾のない銀色の長剣を固く握り直した。
父ザガンから受け継いだ白銀の魔力と不屈の意志が、刃全体に溢れんばかりに満ちていく。
世界の理すら断ち切る、見えざる秘剣の極意。
「我が意志に応えよ……空間を、断ち切るッ!」
エレナが凛とした叫びとともに、白銀の長剣を力強く横一閃に振り抜いた。
キィィィィィィィン……!
どこまでも澄み切った一音が、神木の広場全体を支配した。
エレナの放った刃の軌道に沿って、ルシオンの障壁を構成していた空間そのものが、音もなく「ズレ」を生じさせる。
空間そのものを切断する『見えざる刃』の一撃は、ナディアが示した障壁の綻びを起点として、ルシオンの不落の壁を巨大なガラスのように真ん中から一瞬で真っ二つに両断した。
「バ……バカな……ッ!? 空間ごと、切り裂かれただと……!?」
不落を誇った障壁の崩壊。
漆黒の破片が砂となって霧散し、ルシオンの胸元が無防備に晒し出される。
「今だ、ゼノリスッ!」
エレナの叫びに応え、切り拓かれた光路の先頭を駆け抜けていたゼノリスが、黒い剣を構えて暗黒の空へと激しく跳躍した。
跳躍と同時に、ゼノリスの視界が一気にひらけた。 エレナの一撃で破られた障壁の奥、無防備になったルシオンの胸元が眼下に迫る。砕け散る黒炎の熱風が空中のゼノリスを焼き焦がそうと迫るが、その瞳に動揺は一切なかった。
吹き荒れる熱風の中で黒髪を激しく揺らしながら、ゼノリスは全神経を右手の刻印へと集中させる。包帯の奥で激しく脈打つ「三つ目の星」。己を焼き切る呪いと恐れたはずの熱が、今は仲間たちと積み重ねてきた旅路の記憶と重ね合わさり、頼もしい種火となって体内を巡っていた。
「お兄様……!」
地上から、祈るような声が天へと届く。
後方で白銀の杖を深く握り締め、天を見上げるフィリーネだった。彼女は「星の種」として覚醒した自らの全魔力を、溢れんばかりに杖へと注ぎ込んでいた。
祖母エレアノールから託された帝国の真実。そして、幼い頃に黄金の麦畑でゼノリスと交わした「ずっと一緒だ」という、決して消えることのない約束。ゼノリスを信じ抜くまっすぐな想いが、杖の先から眩い白銀の光となって解き放たれる。
その光は一本の光の筋となり、天へと跳躍したゼノリスの身体へ一直線に吸い込まれていった。
フィリーネから注ぎ込まれた光が体内に満ちた瞬間、ゼノリスの胸の奥で眠る二つの波長が、かつてない精度で静かに重なり合った。
すべてを無へと還そうとする魔王の力と、大切なものを護ろうとする勇者の力。相反する二つの波長が、ゼノリス自身の強い意志によって一本の旋律へと調律されていく。
ゼノリスが上段に振りかぶった黒い剣の刀身が、目も眩むような白銀の輝きを纏った。
刀身から放たれる清冽な白銀の光が、周囲の黒炎を触れた端から消し去っていく。
(届かせる……! みんなが繋いでくれた、この一瞬を……っ!)
ゼノリスの眼下で、仲間たちがそれぞれの持ち場で必死に戦っていた。 盾を掲げて前線を支えるテオ。風で熱波を追い散らすリィン。影を走らせて足元を固めるカシム。魔力の揺らぎを捉え続けるガイル。魔導銃を構え直すルカス。羅針盤を掲げるナディア。そして、一閃の後に剣を構え直してゼノリスを見上げるエレナ。 誰一人として諦めていない。誰一人として迷っていない。全員の想いが、いま跳躍したゼノリスの背中を強力に押し上げていた。
「調子に乗るなよ、虫ケラがあぁぁぁっ!」
障壁を破られたルシオンの、怒りに満ちた咆哮が広場を揺らした。
黒炎の壁が完全に瓦解したことで、その姿がむき出しとなる。高慢な顔を屈辱に歪ませたルシオンは、天から降下してくるゼノリスを叩き落とそうと、右腕を勢いよく振り上げた。
ルシオンの全身から湧き出した漆黒の魔力が、数条の鋭利な槍となって空を穿つ。かすめるだけでも肉体を消滅させる、殺意に満ちた黒炎の槍が、直下からゼノリスへ迫る。
空中。退路も足場もない絶体絶命の死地。
だが、ゼノリスは刃を引かなかった。
迫り来る黒炎の槍に対し、ゼノリスは『白銀の閃刃』を一閃させた。
「ルシオンッ! お前の思い通りにはさせないっ!」
ゼノリスの叫びが暗雲を叩き割るように響き渡る。
澄み渡る一音が空に響き、迫り来る黒炎の槍が真っ二つに両断されて光の微粒子へと弾け飛んだ。仲間たちの絆によって不落の壁を破られ、周期の乱れたルシオンの力は、研ぎ澄まされたゼノリスの光を遮る障壁にはなり得なかった。
「なに……っ!?」
ルシオンの瞳に、初めて戦慄が走った。
黒炎を切り裂いて肉迫する白銀の光。その奥で剣を構えるゼノリスの姿に、ルシオンはかつての兄――ゼノスの面影と、それを遥かに凌駕する不屈の意志を見た。
仲間たちから託された全魔力と溢れ出る想いを黒い剣に乗せ、ゼノリスはルシオンの胸元――その核心へ向けて、渾身の白銀の一閃を叩きつけた。
ズドォォォォォォォォンッ!!
神木の広場全体が叩き割られたかのような、凄まじい衝撃波が炸裂した。
ゼノリスの放った『白銀の閃刃』と、ルシオンが咄嗟に両腕で展開した漆黒の魔力が真っ向から激突する。白と黒、極限のエネルギーが衝突した中心点から、円状の光波が怒涛の勢いで吹き荒れ、広場の石畳を次々と捲り上げて吹き飛ばした。
上空を覆っていた重苦しい暗雲が、衝撃波によって円形に穿たれ、一筋の灰白色の光が地上へと差し込む。
激しい火花と魔力の不協和音が鳴り響く中、ゼノリスの黒い剣は、ルシオンの黒炎を強引に押し切りながら、その胸元へと着実に刃を食い込ませていた。
「ぐ、ぬぅぅぅっ……! この私が……人間の不適合者ごときに……っ!」
ルシオンの冷酷だった顔が、激痛と屈辱によって醜く歪む。
せめぎ合いが最高潮に達した瞬間、ゼノリスの右手の星の刻印から放たれる白銀の光が、ルシオンの胸元を焼き焦がし、その漆黒の肉体へ深々と刃を打ち込んでいく。
仲間たちの想いが結集し、ついに魔王の絶対の肉体を捉えた瞬間だった。




