表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第6巻 星屑の帰還と蒼刃の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/73

第50章:雷鳴の渓谷への上陸

 腹の底を直接揺らすような低い轟音と共に、紫色の閃光が分厚い雲の壁を斜めに切り裂いた。叩きつけるような雨と荒れ狂う風が、エトワール号の甲板を激しく洗っている。見上げる空には星も月もなく、ただ幾重にも重なった黒い雲が、巨大な生き物の腹のように渦を巻いていた。

「右舷前方、落雷来るぞ!」

ガイルが叫び、青白い光を帯びた右目で上空を睨みつける。

数秒後、空を割って落ちてきた巨大な雷の柱が、船のメインマストを直撃した。

「出力調整、合わせる!」

操舵室の横でコンソールに張り付いていたルカスが、複数のレバーを同時に引き下げる。

船体を覆う薄い膜のような魔導装甲が雷のエネルギーを吸い上げ、青白い火花を散らしながら、甲板の側面に沿って海中へと一気に逃がした。バチバチという弾ける音と、海水が瞬時に沸騰して上がる白い水蒸気が、船の周囲を覆い隠す。

「ナディア、風の向きが変わった! 帆を少し畳むぞ!」

「わかってる! テオ、舵が持っていかれる、支えて!」

「おう!」

テオがナディアの背後に回り込み、丸太のような両腕で操舵輪の持ち手をがっちりと掴んだ。彼が足を踏ん張るたびに、濡れた靴底と木の板が擦れて甲板が小さく軋む。

ゼノリスは風雨に打たれながら、船首に立ち、前方の暗闇をじっと見据えていた。

これほど魔力が乱れた空間では、アッシュの放つ呪いの弾丸も真っ直ぐには飛ばない。ガイルの目にも、あの背筋を凍らせる照準線の気配は映っていなかった。

やがて、荒れ狂う雷雲の向こうに、黒く焼け焦げた岩の壁が姿を現した。

「……入り江がある。あそこの岩陰なら、嵐を避けられるわ」

ナディアが羅針盤の針と地形を見比べながら、正確に舵を切る。

エトワール号は分厚い雲のうねりを乗り越え、切り立った崖に囲まれた入り江の岩陰へと高度を下げて滑り込んだ。風の音が遠ざかり、眼下で岩壁を打つ波の音だけが響く。鉄の錨が岩肌に打ち込まれ、空飛ぶ船は静かに停止した。


 岩肌にタラップを下ろし、黒く焼け焦げた大地に降り立った彼らを迎えたのは、生命の気配がまったく感じられない乾いた風景だった。

見上げる岩山は、気の遠くなるような年月をかけて雷に打たれ続けた結果、表面が炭のように黒く変色し、ひび割れている。空には依然として雷雲が垂れ込め、昼間であるにもかかわらず夕暮れのように薄暗い。

「……鼻の奥が痛い。空気に、鉄の削りカスみたいなのが混ざってるよ」

テオが顔をしかめ、動物の耳を不快そうに伏せた。

フィリーネが前に進み出た。彼女は白銀の杖の石突きで、足元の硬い岩肌を軽く叩く。

コォン、という澄んだ音が鳴ると同時に、杖の先から波紋のように淡い光が地面を這って広がった。光は数メートル先で不自然に歪み、小さな火花を上げて消えた。

「テオの言う通りです。大気だけでなく、この地面の奥深くまで、異常な密度の魔力が滞留しています」

フィリーネは杖を胸元に引き寄せ、仲間たちを振り返った。その青い瞳には、周囲の魔力構造を正確に読み取る、魔導師としての静かな集中力が宿っている。

「私たちがここで強い魔法を使ったり、不用意に魔力を外へ漏らしたりすれば、それが引き金となって空の雷雲を直接呼び寄せてしまいます。……皆さんも、自身の魔力を体の内側に留めるように意識してください」

「なるほどな。この岩山全体が、巨大な避雷針みたいなもんだ」

ガイルが同意し、周囲の岩場に目を細めた。

「それに、厄介なのは空からの雷だけじゃないぞ。……そこ、数歩先を見てみろ」

ガイルが指差した先。一見するとただの黒く変色した岩にしか見えない場所に、微かな空間の歪みが生じている。

「……機雷か?」

ゼノリスが問うと、ガイルは重く頷いた。

「ああ。八ヵ国連合の標準的な魔導トラップだ。踏み込む重さじゃなく、近づいた者の魔力の揺らぎに反応して爆発する。この入り口付近だけで、ざっと三十個は埋まってるぜ。歓迎の準備は万端ってわけだ」

カシムが舌打ちをし、周囲の岩山を見上げた。

「つまり、俺たちがここへ来ることを読んで、あらかじめ道を塞いでおいたってことか」

「……いや、罠だけじゃない」

ゼノリスは腰の剣の柄に手を当て、雷鳴が轟く渓谷の奥を睨み据えた。

「この嵐の中では、アッシュの遥か彼方からの狙撃は届かない。彼が確実に僕たちを仕留めようとするなら、撃てる距離まで近づくしかないんだ」

「連合が各所に敷いている『空間転移ゲート』を使えば、距離など無いに等しいってことか……」

ガイルが忌々しげに呟き、全員の空気がピンと張り詰めた。

数百キロ先から狙っていた見えない死神が、今はすでに同じ谷に先回りし、銃口を向けている。罠を警戒して足止めを食らえば、そこを的確に撃ち抜かれるだろう。

「機雷を一つずつ解除している時間はない。……カシム、いけるか」

「誰に聞いてるんだ、リーダー」

カシムが前に出た。彼は足元にしゃがみ込み、両手の指先を地面に這わせる。

彼の足元から、黒い影が細い糸のように枝分かれして伸びていった。影の糸は、ガイルが指摘したトラップの感知範囲を正確に避けながら、安全な足場だけを選んで網の目のように地面を覆っていく。

「俺の影が敷かれた場所だけを踏んで歩け。一歩でも外に足を出せば、機雷ごと吹き飛ぶぞ」

 カシムは立ち上がり、そのまま影の道を滑るように歩き始めた。

頭上では雷雲が低い唸り声を上げ、足元には連合の罠が眠る。そして岩影のどこかには、息を潜めた狙撃手がいる。

星屑の騎士たちは互いの呼吸の音だけを聞きながら、第一の楔が眠る谷の奥へと、一列になって足を踏み入れていった。



 カシムが敷いた細い影の道を、星屑の騎士たちは一列になって進んでいた。

頭上では雷雲が低い唸り声を上げ、周囲には黒く焼け焦げた岩壁が立ち並んでいる。一歩でも影から足を踏み外せば、機雷の群れが連鎖爆発を引き起こす死地。雨は次第に強さを増し、冷たい水滴が容赦なく彼らの体温を奪っていく。極限の緊張が、十人の無言の行軍を支配していた。

風が峡谷の隙間を抜け、不気味な笛のような音を鳴らしている。ルカスが手元の魔導スキャナーで空間の歪みを警戒し、リィンは愛刀の柄に手を添えたまま一切の足音を立てずに続く。足元の罠は微かな魔力の揺らぎにさえ反応するため、全員が自身の魔力を内側に押さえ込んで歩を進めなければならない。精神的な疲労は、肉体的なそれよりも遥かに彼らの体力を削り取っていた。

「……カシム、右前方へ少し迂回して。その先の岩の窪み、異常に魔力が滞留しているわ」

フィリーネが白銀の杖を胸に抱いたまま、小さな声で指示を出す。彼女は目を閉じ、足の裏から伝わる微細な大地の振動と魔力構造を正確に読み取っていた。彼女のその鋭敏な感覚が、今は死の罠を回避するための的確な目となっている。

「助かるぜ。……機雷の密度が上がってきやがった。連合の連中、どんだけ火薬を詰め込んでるんだ」

カシムが地面に這わせた指先に神経を集中させ、影の糸を慎重に右へと曲げる。

ゼノリスは最後尾を歩きながら、周囲の岩山へ鋭い視線を配っていた。右手のひらの星の刻印が、警鐘のようにジリジリと熱を帯び続けている。空間転移ゲートを使って先回りした見えない死神は、確実にこの谷のどこかに潜み、こちらを狙っている。

やがて、峡谷の幅が少しずつ狭まり、切り立った崖が両脇から迫る地帯へと差し掛かった。


 同じ頃、その峡谷を見下ろす崖の上。

降りしきる雨の中、アッシュは冷たい岩肌に同化するように身を潜めていた。彼の雪のように白い髪は雨水を吸って重く垂れ下がり、長大な魔導狙撃銃のスコープは、ゆっくりと進む十人の姿を正確に捉えている。

「……目標、罠地帯に到達。移動速度、低下。……予測地点にて狙撃開始」

アッシュの口から漏れる声には、何の感情も含まれていなかった。彼は静かに冷たい鉄のボルトを引き、自らの命を薬室へと送り込む。距離が縮まった分、風や雷雲の魔力場による軌道のブレを計算する必要はほとんどない。彼の虚ろな瞳に映るのは、ただ標的を排除するという冷徹な結果だけだった。

「……装填」

アッシュの指が冷たい引き金にかかり、限界まで練り上げられた呪いが銃身を満たしていく。


「……来るわ。殺意の波長が、極端に跳ね上がった!」

ナディアが黄金の羅針盤を見つめながら、鋭く警告を発した。盤面の針が、狂ったように一つの方向を指し示して激しく振動している。

その瞬間、渓谷の崖上から、冷たく研ぎ澄まされた空間の歪みが向けられているのを、ゼノリスも肌で感じ取った。引き金を引かれてからでは、到底間に合わない距離だ。

「前衛、構えろ!」

ゼノリスの叫びと同時に、テオが前方に躍り出て漆黒の大盾を構え、獣人としての本能を解放して両腕の筋肉を限界まで硬化させる。


「……排除する」

アッシュが引き金を引き絞る。暗黒の銃口から撃ち放たれた無音の凶弾は、瞬時に距離をゼロにし、直後、テオの盾に真正面から激突した。

「ぐうぅッ……!」

テオの巨体が大きく後ろへ滑る。鋼のように硬い腕が軋み、骨が悲鳴を上げる。盾の表面から黒い火花が散った。距離が近い分、アッシュが放った呪いの重みが、一切減衰することなくダイレクトに伝わってくる。テオの踏ん張る足元で、黒い大地がえぐれて泥が宙を舞う。

「耐えきれ、テオ!」

ゼノリスがテオの背中に手を添え、白銀の魔力を流し込んで衝撃を相殺する。二人の連携により、魔力弾は斜め上へと強引に弾き飛ばされ、岩壁の一部を大きく抉り取って消滅した。

「防いだ……! でも、今の衝撃で影の道が!」

カシムが叫ぶ。テオが後退した拍子に、足元の影の糸が限界まで引き伸ばされ、千切れかかっていた。周囲に埋められた機雷が、彼らの漏らした魔力と振動に反応し、微かな警告音を鳴らし始める。黒く変色した岩肌のあちこちから、起爆を知らせる不気味な赤い光が点滅し始めた。

「大丈夫よ。……道は、私が繋ぐから」

フィリーネが杖を地面に突き立てた。純白の魔力が冷気となって足元に広がり、千切れた影の道の周囲を一瞬にして凍結させる。機雷の起爆回路そのものを物理的に凍りつかせ、作動を強制的に封じ込めたのだ。

「すげえ……起爆回路ごと凍らせたのかよ」

カシムが驚きの声を上げる。

「……見つけたぞ」

ゼノリスは、弾かれた弾道から逆算し、前方の切り立った崖の上を見据えた。

空を裂く激しい稲妻が、谷を照らし出した一瞬。雨に濡れた岩影から、長い銃口をこちらに向ける、雪のように白い髪をした青年の姿が浮かび上がった。

連合の命令に盲従し、自らの命を弾丸に変える狙撃手、アッシュ。

「ここからは、僕たちの間合いだ!」

ゼノリスは黒い剣を抜き放ち、崖の上に潜む死神へ向けて、迷いのない足取りで踏み出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ