表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第6巻 星屑の帰還と蒼刃の守護者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/45

第42章:見えざる銀翼と十の星屑

 東の空から押し寄せる鉛色の雲が、ギルダー商業公国の崩壊がもたらした巨大な余波を物語っていた。

荒波を切り裂いて進む銀色の魔導船『エトワール号』の甲板には、張り詰めた空気が漂っている。八ヵ国連合の巨大な哨戒船しょうかいせんが、すでにこの海域に何隻も展開し、ギルダーから逃れた者たちを拿捕だほすべく、血眼になって網を張っていた。


「……前方、十一時の方向に連合の軍船。魔導レーダーの波長が、こちらの海域をなめるように動いているわ」

ナディアが黄金の羅針盤の蓋を開き、盤面に浮かび上がる光の軌跡を険しい目で読み解く。海風に青い髪をあおられながらも、彼女の操舵輪を握る手に迷いはなかった。

「潮の匂いと風の向きからして、あと五分で確実に捕捉される。このままじゃ、学園都市の隠し港に着く前に見つかるわね」


「戦うか、リーダー? ギルダーの情報を吐かせるか、混乱に乗じて『星の種』を分捕る気満々みたいだ。今なら奇襲をかけて、あいつらの船底に穴を開けてやれるぜ」

 マストの影から音もなく降り立ったカシムが、短剣の柄を指先でもてあそびながらゼノリスに問う。スラムの過酷な環境で培われた彼の野生の勘は、敵の隙を的確にとらえていた。

 ゼノリスは、海風を受けながら首を横に振った。

「いや、ここで連合の正規軍と衝突すれば、騒ぎが大きくなる。学園地下で待つルカスたちの迎撃準備にも支障が出るかもしれない。……僕たちは、誰にも気づかれずに学園へ帰還するんだ」

ゼノリスの静かだが芯のある声に、若き戦士たちの意思が一つにまとまる。


「ナディア。羅針盤で、敵のレーダー網の『ほころび』を見つけられるか?」

「任せて。……連合の連中が使っている探知機は、水面と空中の魔力波長を交互にスキャンしている。その切り替わりの瞬間、ほんの数秒だけ、死角が生まれるわ。……そこを突く!」

「なら、その数秒間、俺が船の姿を『削り取って』やるよ」

カシムが不敵な笑みを浮かべ、甲板に両手をついた。

彼の手から黒い影があふれ出し、まるで生き物のようにエトワール号の銀色の船体へとい上がっていく。影はマストを伝い、帆を覆い、やがて船全体を一つの巨大な暗闇の膜で包み込んだ。それは単なる目隠しではない。魔力の放出や熱源すらも周囲の海と同化させる、極めて高度な隠蔽術だった。彼がギルダーの裏路地で鍛え上げた影の密度は、かつてよりも遥かに増している。

「すごい……。船が、影の海に溶け込んでいるみたい」

フィリーネが、白銀の杖を胸に抱きながら感嘆の息を漏らす。彼女の青い瞳には、頼もしい仲間たちの技術がまぶしく映っていた。

「テオ、機関の出力を最小限まで絞って! 音を立てたら一発で終わりよ!」

「了解! ……推進器の振動、一番下まで抑えるよ」

テオが地下の機関室へ続く伝声管に向かって叫び、慎重にレバーを操作する。

分厚い胸板を持つ彼の手つきは、荒々しい戦いぶりとは裏腹に、驚くほど繊細だった。

「来るわよ……。三、二、一……今よ!」

ナディアの合図とともに、カシムの影が最も濃く圧縮された。

連合の哨戒船が放つ赤い探知光が、エトワール号のすぐ真上を横切る。光は影の膜の表面をでたが、そこにただの暗い波があるだけと判断し、そのまま通り過ぎていった。

エトワール号は、巨大な軍船の真横を、音もなく滑るようにすり抜けていく。

甲板の上の星屑の騎士たちは、息を殺し、ただ羅針盤の指し示す微かな光だけを頼りに、濃密な緊張の時間を耐え抜いた。

 やがて、探知の赤い光が後方へと遠ざかり、哨戒船の重苦しいエンジン音も波音にき消されていく。

「……抜けたぜ」

カシムが額の汗を拭い、影の膜を解いた。再び朝の光が甲板に差し込み、銀色の翼が自由を取り戻す。

「よくやった、カシム、ナディア。見事な連携だ」

ゼノリスが仲間の肩を力強く叩く。

「ふふん、これくらい航海士の私と、優秀な影の使い手がいれば造作もないわ」

ナディアが誇らしげに笑い、カシムもそっぽを向きながら「当然だ」と呟いた。彼らの行動には、互いの実力を疑いもしない、深い信頼が根付いていた。

 ゼノリスは自身の右手のひらに刻まれた『三つ目の星』の火傷跡をそっと見つめた。

ギルダーで対峙した虚無の王、ルシオン。あの規格外の存在を前に、自分たちの力はまだ足りない。だが、こうして困難を乗り越えるたびに、仲間たちの絆は確かな熱を帯びて強くなっている。学園地下で待つ仲間たちと合流し、恩師ガンドが指し示す道を進めば、必ずルシオンの虚無を穿うがつ刃に辿り着けるはずだ。


「お兄様、前方に濃い霧が……。あの向こうから、かすかに懐かしい魔力を感じます」

フィリーネが船首へ歩み寄り、海面を覆う白い霧の壁を指差した。

ナディアが操舵輪を切りながら頷く。

「あれは、学園都市を隠すための自然の防壁よ。もうすぐ、エーテルガードの隠し港に到着するわ」

 エトワール号が霧の壁へと突入すると、視界が白く染まった。

だが、その霧を抜け、入り組んだ岩礁を通り過ぎた先には、朝陽に照らされて神々しく輝く、白亜の巨塔――帝国魔導院学園の姿がそびえ立っていた。

始まりの地への帰還。

そこで待つ仲間たちとの再会と、次なる反撃の狼煙のろしを上げるために。

若き戦士たちを乗せた船は、静かな波を立てて、学園都市の隠し港へと滑り込んでいった。



エーテルガード学園都市の地下深くに張り巡らされた、三千年前の帝国が遺した隠し水脈。エトワール号は、天然の岩肌と古代の金属が入り混じる暗い水面を滑るように進み、広大な地下ドックへと静かに船体を寄せた。

錨が下ろされ、ゼノリスたちがタラップを降りると、足元には冷たく磨き上げられた石畳が広がっていた。かつて彼らが『鉄の枷』に抗うために見つけ出した、始まりの場所――『地下動力室』へと続く道だ。

「……防衛用の結界が、何重にも張り巡らされているわ。不用意に踏み込めば、一瞬で灰にされるわね」

ナディアが黄金の羅針盤を手に、前方にうごめく微細な魔力の網を読み取る。彼女の口調は、頼もしい航海士としての鋭さを帯びていた。

「僕が解除コードを送る。……ルカスたちなら、もう気づいているはずだ」

ゼノリスが右手の刻印から微弱な白銀の魔力を放ち、石の扉に刻まれた古代の紋章へと流し込んだ。

重厚な駆動音と共に、分厚い扉がゆっくりと左右に分かれる。

 そこには、青白い魔導ランプの光の下、無数のモニターと複雑な計器類に囲まれた空間があった。

「おかえり、ゼノリス。ギルダーでの派手な立ち回り、こっちの観測機でもしっかりと傍受していたよ」

分厚い眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、ルカスが安堵の息を吐いた。彼の足元には、徹夜で組み上げたであろう防衛システムの配線が這い回っている。

「無茶ばかりしやがって。……だが、五人揃って五体満足で帰ってきたのは評価してやる」

ボサボサの茶髪を掻き回し、右目の眼帯の奥で解析の光を揺らすガイルが、不敵な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 迎える言葉は簡潔だったが、そこには死線を潜り抜けた仲間を気遣う、確かな熱がこもっていた。

「ただいま、二人とも。君たちがこの場所を守り、導いてくれたおかげで、帰ってくることができた」

ゼノリスが二人の肩を力強く叩く。

テオも大きな盾を背負い直し、「ルカスたちがいてくれると思うと、どんな暗闇でも心強かったよ」と相好を崩した。

「……ふふん。これくらい優秀な影の使い手と、私みたいな航海士がいれば、どんな嵐の海だって乗り越えられるわよ」

ナディアが羅針盤を揺らして胸を張り、背後の影から現れたカシムも「俺の影魔法に任せておけば造作もないさ」と、口角を上げた。

フィリーネも白銀の杖を胸に抱き、深く一礼する。

「お二人とも、ご無事で何よりです」

「……それで、リーダー。お前たちが持ち帰ったのは、とびきり厄介な手土産みたいだな」

 ガイルがメインモニターを指差す。そこには、ギルダーを飲み込んだ虚無の波長が、赤黒いエラーとして記録されていた。

「ああ。僕たちの力だけでは、あのルシオンという化け物には到底届かなかった」

ゼノリスが悔しさを滲ませて拳を握りしめた、その時だった。

「……だからと言って、ここで立ち止まる貴方ではないでしょう?」

動力室のさらに奥、青白い光の届かない影の中から、澄んだ声が響いた。

現れたのは、気高き光を纏うセレスティア、灰色の修道服に身を包み幻惑の霧を漂わせるイリス、そして、東方の風を纏う女剣士リィンの三人だった。

「リィン! セレスティア、イリスまで! どうしてここに……?」

驚くゼノリスに、ルカスが誇らしげに胸を張る。

「八ヵ国連合がギルダーの消滅に慌てふためいている隙を突いて、僕たちの通信網で彼女たちを秘密裏にこの地下へ誘導したんだ。……この星屑の騎士たちを、各地で孤立させるわけにはいかないからね」

「……風が、ここへ向かえと囁いたの。皆が待つ場所へ」

リィンが愛刀の柄に手を添えて静かに告げ、イリスも薄く微笑む。

「教会の目も、今の混乱に乗じれば欺くのは容易だったわ。私たちが集まるべき場所は、もう決まっていたもの」

「ゼノリス君。……またこうして、貴方の傍で戦えることが嬉しいわ」

セレスティアが、青い瞳に揺るぎない信頼を浮かべてゼノリスを見つめた。

 こうして、過酷な旅を乗り越えた十人の若き戦士たちが、再び始まりの地で一つの輪を作った。言葉を多く交わす必要はなかった。互いの顔についた泥と、わずかに傷ついた装備、そして何より瞳に宿る鋭い光が、それぞれが潜り抜けてきた過酷な戦いと成長を雄弁に物語っていたからだ。

誰一人として欠けることなく、十の星が再び集結した。その事実だけで、冷たく無機質だった地下動力室の空気に、確かな熱量と希望が満ちていく。


「……これで、全員揃ったな」

ゼノリスは、右手の火傷の跡を静かに見つめた。

十人の絆がこの場所に結集した今、ルシオンという規格外の存在に立ち向かうための、最大の準備が整ったのだ。

「ああ。だが、喜んでいる暇はないぜ。……あの化け物をどうにかする手立ては、見つかっているんだろうな?」

ガイルの問いに、ゼノリスは真っ直ぐに顔を上げる。

「僕たちの力だけでは届かないかもしれない。……でも、この学園には、あいつの真実を知る人物がいる」

ゼノリスの脳裏に、銀色の仮面で顔の半分を覆った老魔導師の姿が浮かぶ。

「恩師ガンドが指し示す道を進めば、必ずルシオンの力の『綻び』を突き、奴を打ち倒す道筋が見えるはずだ。……僕たちは、もう一度彼に会いに行く」

 地下の暗闇の中、若き戦士たちの瞳は、次なる反撃の狼煙を上げるべく、静かに、しかし決して消えることのない炎を宿していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ