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それから半年が過ぎた。
あの後、夢綿果子が家を出たことによってパシる相手がいなくなった叔母は、あろうことか芽依花の職場に突撃した。
ただ、ちょうど休みだった芽依花は運良く遭遇せずに済み、そのままクビに近い形で退職することになった。
施設長は、喚き散らす叔母に『志貴島は辞めました』と言ったらしい。
まぁこちらとしては早く引っ越したかったので、願ったり叶ったりの結果である。
もう少し長く住むと思っていた仮住まいは、結局随分と短い期間で解約となった。
そして……。
「ただいまぁ……」
「おう。おかえり」
これと言って、2人の関係は進むことなく一緒に暮らしている。
「このあと授業だったな」
「そうそう。先にシャワーはいるよ」
「はいはい。あっ勉強がんばってるか?」
「もっちろーん!って言っても初めて習うことも多いから大変だけどね。楽しいよ」
芽依花は、准看護師の資格を生かしてアルバイトをしつつ大学受験のためにオンライン塾の授業を受けている。
彼女は元々母のような医者になりたかった。
理都はその為に費用を出そうとしてくれたが、それは断り住まいだけは甘えて、あとは自分の力で頑張っている。
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オンライン授業が終わり、リビングに行くと理都がパソコンに向かって仕事をしていた。
「ん?あぁ授業終わったのか」
「うん。晩ごはんにしよっか」
「だな。じゃあ芽依花が下準備してくれてた生姜焼き焼くよ」
「んーよろしく」
理都が肉を焼いている間に、一緒にキッチンに立ち味噌汁を温め、ご飯と小鉢をテーブル並べる。今日の副菜は常備していた茄子の煮浸し。
千切りキャベツを敷いた皿にメインの生姜焼きをのせ、味噌汁を並べて完成だ。
こうして2人で一緒に料理をしていると結婚しているみたいだと、いつも芽依花は妄想している。
「「いただきます」」
この瞬間はいつも幸せを感じる。
半年の間に芽依花の想いは募る一方だった。
一緒に居れる幸せの側には常に不安がつきまとう。
2人の関係性は兄妹を装った他人。
もし、もしも理都に恋人が出来てしまったらそこで終わる可能性が高いハリボテの家族。
この半年。理都がいかにモテるか実感した。
会社関連と見せかけたデートの誘いや電話、メールは数しれず、外で一緒に出かけるだけで攻撃的な鋭い視線を幾度となく浴びた。
今のところ恋人がいないのは知っているが、そんなのいつどうなるかなんてわからない。
だから芽依花はずっと不安でいる。
「んー!やっぱり芽依花の生姜焼き美味いな!」
「へへっありがとう。唐揚げはお兄ちゃんの方が上手だけどね」
「そうか?なら明日は唐揚げにするか?」
「明日は鮭買ってるから、ホイル焼きの予定だからなぁ……明後日かな」
「りょーかい」
こんな他愛のない会話をずっとしていたい。
「……こんな日がずっと続くといいな……」
「ん?そうだなぁ」
芽依花の呟いた言葉が孕んでいる意味を理解していないのに、そんな簡単に返事をしないでほしい。
「そんなの……無理だよ……」
「え?」
「あっ……」
理都の言葉に少しイラッとして、いつもなら言わないような事を言ってしまった。
「どうした芽依花。何かあったのか?」
「いや、ごめん。何でもない」
「何でもないって……もしかしてここを出ていく気なのか?」
「えっ?」
いつかそんな日が来るかもしれないと怯えていたが、自ら出ていく勇気はまだない。
「……その……かっ……彼氏でもできたのか?」
「は?」
何だその思春期の娘と話す父親のような話しかけ方は。
「そんなの居ないよ」
「そうか……でも……もしかして血の繋がらない兄と暮らしている事が……その……ネックになっているなら」
どんだけ鈍感なのだこの義兄は。
結構好き好きアピールしているつもりなのだが、どうもそれが全て兄好き妹として変換されている様子。
「なってない!」
「ならどうして無理って言ったんだ?俺はずっと芽依花と暮らしていたい」
「っ……。」
ドキドキして息が詰まる。
芽依花の初恋は小学生のときで、相手は理都だった。
きっとそれ以来、芽依花は理都を兄としては見ていない。
再会して、一目見た瞬間に再び恋に落ちた。
もう、芽依花は限界に近い。
理都が、ガタッと椅子から立ち上がり芽依花に近づく。そして、幼い子供に語りかけるように身をかがめて芽依花と目線を合わせてきた。
「あのな芽依花、俺は芽依花をとても大切に」
目があった瞬間。芽依花は身を乗り出した。
お互いの唇がほんの少しだけ触れ合い『ちゅっ』と軽い音を立てた。
慌てて理都が芽依花から距離を取った。
「ごっ、ごめん芽依花……ぐ、偶然当たっ」
「違う!!私がしたの!!」
「は?」
「私がっ!お兄ちゃんとキスしたかったの!!」
思いの丈を叫ぶ芽依花の姿に、理都はボーゼンとしている。
「………………すき……」
しんっと室内が静まり返った。
「………………お兄ちゃんが好きなの……家族じゃないの……………異性としてなの……」
「……芽依……花」
「こめんね……ごめんねお兄ちゃん…………もう私、妹になれない」
ポロポロと涙が溢れる。
この関係ももう今日でおしまいだ。自分で終わらせてしまった。
「…………そうか…………俺は、芽依花に随分と辛い思いをさせていたんだな……ごめんな」
「……何でお兄ちゃんが謝るの?何で……何でこんな時にも……私を優先して……もう、やめてよぉ……諦めつかなくなるじゃん……」
このままだとこの義兄は同情心で付き合おうとか言いそうで怖い。
そんなもの嬉しくもなんともない。
自分を『女』として見てほしい。
「何で諦めるんだ?」
「同情で付き合おうとかホントにやめて……」
「俺は、芽依花と本当の家族になりたいと思ってるんだ」
「何そ………………ん?」
本当の家族とはどの立ち位置での本当の家族の事だ?
「芽依花、結婚しよう」
「ふぁっ?!」
今、何段飛び越えた?
「さっき、無理って言われてすごく焦ったんだ。……芽依花がいつかここを出ていくんじゃないかって」
「そんなこと……私は、お兄ちゃんに恋人ができたらこの関係性は終わりだと……思って」
「俺もだ。芽依花に彼氏が出来たらと思ったら……すごく怖くなった」
真っ直ぐに見つめてくる理都の顔が真剣で、胸がドキドキして破裂しそうだ。
「俺は……いつか家族を持つとき……自然と芽依花が隣に居るものだと勝手に思っていた……離れるなんて想像もしてなかった」
「お兄ちゃん……」
「……もう、お兄ちゃんはやめようか?」
「…………り、りりり……理都さん?」
「呼び捨てでいいんだけど……とりあえずはそれでいこうか」
距離を取っていた理都が近づいて、優しく芽依花を抱きしめた。
「……あの……お兄……り、理都さんは……私のこと……その……女として見れるの?」
「え?めちゃくちゃ見てたけど?」
「見てた?!ずっと?!」
すると、理都は少しだけ腕に力を入れて更にギュッと芽依花を腕の中に囲う。
「こっちに引っ越してきてからかなぁ……段々と芽依花が成人した女性ってことに気づいて、そしたらもう女としてとしか見れなくなっては……いたんだよなぁ」
いや、しみじみ言うな。
「ぜっ全然そんな素振り……」
「うん。隠すの大変だった。だって芽依花は俺のこと兄として好いてくれてると思ってたから、バレたら終わりだなって……」
何だ、結局2人ともこの関係を崩したくなくて気持ちを隠していたということだったらしい。
「あーー!嬉しい!!お兄ちゃんあっ!理都さん大好き!!」
ギューッ。
「ちょっ……待って……待って芽依花っ!」
「ん?」
何故、両想いなのに離れようとする?
「あー……ダメ……このシチュエーションはダメ。ちょっと離れよう?」
「何で?!」
「……………が……我慢が……出来なくなる……ので……」
「………………あっ……えっ……あー」
そういうことらしい。
うん。なるほど。とりあえず本当に『女』として見られているようで、安心……安心なのか?!
これからは別の意味で芽依花は悩ましい日々が始まりそうだ。
何だかんだで2人で暮らし始めて半年。
生き別れた義理の兄妹は、結婚前提で恋人同士になりました。
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後日談だが、叔母の無山夕海は執行猶予なしで懲役刑になったらしいと弁護士経由で聞いた。
何でも、不倫の慰謝料請求が来て頭にきた叔母は相手方の家にゴミを投げ込んだり、車のガラスを割ったりと嫌がらせに走ったそうな。
そして、とうとう彼氏だった男を刺してしまった。
幸い男は命に別状はなかったが、叔母は逮捕されてしまったというわけだ。
それを聞いて、芽依花も訴訟を起こすかどうか悩み中である。
逆恨みが恐ろしいのだ。
そのあたりは理都と弁護士との話し合いになるが、このまま関わらずに生きていきたいと正直思っている。
夢綿果子は、キョークンと授かり婚をしたらしい。
当時、妊娠しても責任をとらなさそうな彼氏だと決めつけてすみませんでしたと、芽依花は猛省したそうな。
そういえばキョークンのチャンネル登録者数が、10万人を超えた。おめでとう。
そして、芽依花と理都だが……。
「理都さん……私が医師国家試験に受かったら結婚して下さい!!」
「その前に大学に受かろ?」
と、あいも変わらずラブラブな日々を過ごしている。
二人が本当に家族になるのは、もうちょっと先の話。
拙い文章を読んでいただきまして、ありがとうございました。