伯爵閣下は嵌められる
お久しぶりです。
自分の書きたい内容のレベルと執筆力が釣り合っておらず、大変苦しい思いをしておりました。
誰か、代わりに書いてくれ……っ!
一応、完結までの道のりは見えてはいるんだ……っ!
いや名乗り出られても、それはそれで困るけども……っ!
「まだバランデュールの小娘は見つからんのか!!!」
王国、ひいては国王陛下に絶対の忠誠を捧げるブーブリル伯爵が馬上で大きな声を上げていた。エリク率いるクリステル・バランデュール公爵令嬢護衛部隊がブーブリル伯爵領を行軍しているはずだったからである。
勝手知ったる自領を通る敵軍の大将の親族。おまけにその親族は大将の実の娘である。国王陛下に反旗を翻した国賊の娘がノコノコと自領を通過しようとしている。ここで捕らえることが出来れば賊軍への心理的衝撃は計り知れず、公爵家の離反とほぼ同じくして病に臥せってしまった国王陛下の憂慮を取り除くことに大きく貢献できる好機である。
伯爵はそのように考えていた。事前に結ばれていた紳士協定のことは頭の中から抜けてしまっていた。いや、バランデュールの小娘を捕らえてしまえば問題ないと考えて頭の中から追い出していた。しかしこの考えは危険すぎると嫡男を筆頭に反対意見が頻出したが伯爵は強権を発動し、自分の意見に賛成する配下のみを引き連れて待ち伏せポイントに布陣した。
この待ち伏せ攻撃作戦は、何故か学園から貴族子弟の疎開が決定した直後に提出されていたが、入念に練られていた作戦に勝機を見出した伯爵は即座に承認、兵の動員準備を家臣に諮ることなく決定してしまう。
「閣下! 敵を見つけました!」
「何!? 真かポドワン!!!」
馬上で思い通りにいかない現実に歯ぎしりしているブーブリル伯爵の下に吉報がもたらされる。伯爵の下に吉報を運んできたのはしばらく前に仕えるようになった騎士であった。目端が利き、伯爵の求める行動や言葉をすぐさま差し出す。そのためか、仕えてからそう日にちも経っていないが、常に側に置くほどの重用っぷりである。
「はっ、どうやら敵は待ち伏せポイントの遥か前方で分岐し我らの後方を通り抜けて行っていたようです!」
「何だと!? よもや策が漏れていたというのか!?」
驚くべき情報だった。遥か前方で進路を変えられるなど、伯爵家側の策が漏洩したと考えるのが普通である。待ち伏せポイントに選ぶだけあり、潜伏地点は人目につきにくい場所なのだから。
「いえ、どうやら敵の斥候に見つけられていたようです」
「なに? ふむ、バランデュールの小娘を護衛する部隊の指揮をとっているのはべクレール家の者だっか……」
「はっ、べクレール伯爵の三男坊にございます」
べクレール家とは、直情型のブーブリル伯爵でさえ裏を読もうとしてしまう存在であるらしい。が、しかし。裏を読むなどという行為に向いていない伯爵は早々に思考を放棄する。
「して、どのようにして知られた。なぜ今になって判明したのか!」
伯爵にしては鋭い質問のように思えるが、一度でも軍事に立会えば容易に出てくる質問である。なんせ今の今まで伯爵軍が放った斥候たちから、敵と接敵したとの報告が無かったからである。
「はっ、我々の放った斥候の内の一隊が敵の斥候部隊と遭遇。健闘虚しくも敗れ、生き残った者はすべて捕虜となってしまったようです」
「何だと!? それは由々しき事態だ!!!」
相手の情報を知るために放った斥候が、逆にこちらの情報を与える存在になってしまった。純軍事的にも痛手であるが、自分についてきてくれた大切な部下が敵に囚われている。これは伯爵にとって許せることではなかった。
「おのれっ、必ず助け出してみせるぞ!!!」
「はっ、必ずや!」
ポドワンと呼ばれた騎士はすかさず相槌を打つ。伯爵の求める言葉、そしてタイミングと気迫が籠もっていた。
「うむ! ポドワンっ、策を出せ!!!」
「はっ、敵は夜営の準備も終わり、休んでいるようにございます! 今すぐここを発てば夜明けのタイミングで襲い掛かることが出来るでしょう!」
ポドワンは伯爵に奇襲を献策した。夜明けの最も気が緩むタイミングでの行動である。綺麗に決まれば敵部隊は物の見事に粉砕されるだろうことは間違いない。
「奴らの布陣しているのは湖の畔、この季節この地点で朝方に霧が発生するのは閣下もご存知だと存じます! これは好機です! 地元の者に確認したところ、明日の早朝は高確率で霧が発生するだろうとのことです!」
ポドワンの献策を聞いた伯爵は馬上で腕を組み、目を閉じている。一見すると何かを考えているようだ。その姿を見てポドワンは、ずいっと体を伯爵の方へと重心を移す。まるで「ご決断を!」と迫っているようだ。
「うむ、ポドワンの策、見事である! 直ちに準備にかかれ!!!」
「ははっ!」
献策が認められるやいなや、直ちに襲撃の準備に走るポドワン。その姿を目にし、伯爵はこの作戦が成功することを確信する。
「必ずや陛下に朗報を届けられらだろう……。もうしばしのご辛抱を、陛下……!」
*****
翌明朝、伯爵軍は霧の中を行軍していた。もう三十分もしない内に敵の野営地を襲撃出来る地点に差し掛かった時である。霧の向こうから荷駄が進む音が聞こえてきた。進む方向から敵の野営地に向かっていることは間違いなく、聞こえてくる音から急いでいる様子は感じられなかった。
「閣下! あれは本隊から遅れた荷駄に間違いございません! 敵本陣への攻撃に先駆け打ち破り、味方の士気を上げてしまいましょう!」
相手の様子からこちらの攻撃には気づかれていないと判断したポドワンが伯爵に意見具申する。
「うむ、直ちに騎兵を向かわせよ! 選出は任せる!!!」
「はっ!」
伯爵からの命令を遂行するために、ポドワンが伯爵の下を離れる。それからしばらくした後、伯爵の下に一人の伝令が訪れる。
「伝令! ポドワン殿が五百の騎兵を率いて出撃されました! 「吉報をお待ちあれ!」とのことです!」
「うむ、ポドワンが率いているのならば勝利は間違いないだろう! 伝令ご苦労! 下がってよいぞ!!!」
「はっ!」
初戦での勝利を確信した伯爵は上機嫌で伝令を下がらせる。すると同時くらいに近くを騎馬が駆け抜ける音が聞こえてきた。霧の影響でうっすらとしか見えなかったが、先頭を走る騎馬の上に乗る者が伯爵に馬上礼する姿が見えた。その姿を認めた伯爵は笑みを浮かべ、大きくうなずいた。
先遣隊が敵の荷駄隊を打ち破り、その余勢を駆って敵陣に襲撃をかけているであろう時に異変が起きる。伯爵軍の動きが止まったのである。後ろからは続々と部隊が進軍中であり、湖畔沿いにはしる街道では伯爵軍による渋滞が起きていた。
「伝令! 伝令は居らぬか!!!」
軍勢の先頭で何が起きているのか確認するべく、伯爵が伝令を呼んだその時である。
「閣下!」
伯爵の本隊の先陣を任せていた、古参の騎士が伯爵の下へと駆け込んできた。
「一大事にございます! この先で敵が戦列を布いておりました!」
「何だと!? 先行させた騎兵はどうなった! ポドワンは!!!」
「はっ! 騎兵は崩壊寸前でしたが、援軍を出して何とか立て直させました! ポドワン殿は生死不明にございます……!」
「何ということだ……」
あまりの予想外の自体に伯爵は呆然としてしまう。しかし、自体はそんな伯爵を待ってはくれなかった。
「で、伝令! 敵に後方を遮断されました……!」
「何だと!?」
良くないことは畳み掛けてくるものだ。このときも伯爵は、いや伯爵軍はさらなる攻勢をかけられていた。
「なっ!? 閣下っ! 御免!」
「ぐぉ!?」
突如、古参の騎士が湖と反対にある山の方へと目を向けると、目を見開き伯爵を馬上より引きずり下ろした。
「何をっ――」
伯爵が古参の騎士の行動に対して真意を問い正そうとしたその時である。一本の矢が伯爵の乗っていた馬に突き刺さる。その痛みに馬が嘶き暴れる。あのまま馬に乗っていたら、落馬をしてしまっていたことだろう。
「いったい何が――」
「お顔を上げなさるなっ! ぐぅっ……!」
尻餅をついていた伯爵が状況を確認しようと顔を上げると、すかさず古参の騎士が伯爵に覆い被さり、その身を盾とした。そしてその背に矢を受けてしまう。
「て、敵襲! 敵が山の手から攻撃をぐぁっ!」
ワンテンポ遅い敵襲の掛け声が響くが、この時すでに伯爵軍の統制は崩壊していた。
「閣下、ここはお逃げを!」
古参の騎士は伯爵に逃げろと告げる。
「逃げろと言うが、どこに逃げろと言うのだ。前と後ろは塞がれ、今横から攻撃を受けておる。まさかこの時期に湖を泳いで渡れなどとは言うまいな?」
伯爵からはいつもの直情的な雰囲気がなかった。すぐそばにある湖の湖面のように静かな気配が漂っている。
「なれどっ!」
「儂も騎士の端くれ、死に場所を違えたくはない」
それでも何とか伯爵を逃がそうと古参の騎士は言葉を紡ごうとするが、伯爵の覚悟を感じ取り言葉を詰まらせてしまう。そんな時だった。
「閣下ぁっ!」
ある人物の声が伯爵の耳に届く。
「この声は……、もしやポドワンか!!!」
「閣下!」
先遣隊を率いて生死不明だったポドワンが、伯爵の前へと姿を表す。激しい戦闘を行ったのか、片目の上から血を流し、身に着けていた鎧はところどころ壊れてしまっている。
「ポドワン! 生きていたか!!!」
「閣下申し訳ありません。私の拙い策のために御身を危険に晒してしまいました。この失態はこの命に代えて償いたく存じます……!」
ポドワンは今にも手に持つ剣で首をかっきりそうな雰囲気を出していた。
「何を言うポドワン、そなたの策は見事であった。これはべクレールの小倅を甘く見た儂の失態だ」
「閣下……っ!」
伯爵の覚悟は決まっているのか、普段は見られない年長者の威厳のようなものが発せられていた。
「いいえ閣下、脱出の芽が出ましたぞ。ポドワン殿、騎兵の再編は?」
「無論、完了している」
突然の古参騎士の乱入に面食らったかのような様子を見せながら、ポドワンは古参騎士の質問に答える。
「それは重畳。閣下、ここは閣下の死に場所ではないようですぞ」
「何を……」
自身の覚悟に水を差されたと感じた伯爵は言葉を言い募ろうとするが、間髪入れず言葉を発する古参騎士によって遮られてしまった。
「ポドワン殿、閣下をお連れして落ち延びられよ」
古参騎士はポドワンに伯爵を連れてこの窮地を脱するように言う。
「しかし、貴殿は」
「閣下が無事に落ち伸びるまで時を稼ぐ者が必要だ」
武骨で厳つい顔に、しかし綺麗な笑顔を浮かべて言う。
「だが、それではっ!」
「いいのだ。主を守って死ぬ。最高の誉れではないか」
古参騎士の覚悟は固いようである。それに現実問題として新参のポドワンよりも古参の騎士の方が兵の掌握は容易である。ポドワンは自分が折れることを決意する。
「くっ、心得た……!」
「よろしく頼む」
伯爵は自身の騎士である二人の会話を黙って聞いていた。
「さあ閣下、私の馬をお使いください」
「……相分かった。そなたの忠義しかと受け取った。必ずやこの窮地を脱し、そなたの墓の前にべクレールの小倅とバランデュールの首を並べてみせよう」
「楽しみにお待ちしております」
この日、伯爵軍は参加した総数の九割以上に当たる五千四百二十三人が戦死もしくは行方不明となり、わずかな騎兵が戦線を突破したが、追撃を受け、かなりの数を失ったという。
この戦いのモデルは「トラシメヌス湖畔の戦い」です。
ハンニバル、凄すぎる。




