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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第九十一話 世界中の王族が一人の錬金術師に頭を下げた

大陸会議の朝、レイヴンは借り物の礼服の襟を引っ張っていた。

鏡の前で落ち着かない彼を見て、リーナが笑う。

「工房の前掛けのほうが似合いますね」

「俺もそう思う」

しかし式典には二十か国の王族が出席する。

古代魔力炉を止め、世界の発症を食い止めた錬金術師への謝意を表すためだった。

王族たちの礼が終わったあと、レイヴンは階段の最後の一段で足を止めた。

リーナが差し出した手を借りるのを、彼は一瞬ためらった。

かつて小さな少女へ手を伸ばした自分が、今はその手に支えられている。

「もう君に任せていいか」

リーナは答える代わりに、彼の歩幅に合わせた。

議場に入ると、帝国皇帝ベルクが真っ先に立ち上がった。

かつて製法を独占しようとした男が、今は深々と頭を下げる。

「余は、薬を力の道具としか見なかった。その過ちを認める」

イザベル女王も続いた。

エレオノーラ女王は、七年前に歩けなかった自分の足で壇上へ進む。

レイヴンは王族の列より、後方席の医師と職人たちに目を向けた。

授与される予定の勲章は、黄金の翼をかたどったものだった。

式次第には

「世界最高錬金術師」

の称号と、世襲の領地まで記されている。

レイヴンはその紙を折り畳んだ。

「称号より、お願いがあります」

会場が静まる。

「古代炉の停止は終わりました。けれど治療中の患者はまだいます。次の災厄は、勲章を飾っても防げません」

議長は基金の監査方法をめぐって議論を再開した。

王族だけで決めれば、支援を受ける側の声が消える。

レイヴンは山村の看護員が書いた報告を読み上げた。

橋が落ちれば、予算があっても薬は届かない。

数字の大きさではなく、最後の一人に届く仕組みを測ってほしいと訴えた。

彼は各国の病床数、残存する魔力結晶の検査値、診療所の空白地域を示した。

大国の首都には医師が集まり、山岳地帯には医療従事者が一人もいない。

薬を製造できても、届ける道路がない村があった。

「今日ここで約束してほしいのは、俺を褒めることじゃない。国境を越えた救急搬送と、製法の検査基準を維持する基金です」

ある小国の王が難色を示した。

「財政に余裕がない」

レイヴンは即座に負担額の均等案を退けた。

国の豊かさに応じた拠出、代わりに医師の派遣や薬草栽培で参加できる制度を提案する。

帝国の財務官が計算を始め、イザベルが

「私の国は研修施設を提供します」

と告げた。

エレオノーラは、議長席から承認を求めた。

式典の控室で、リーナはレイヴンの袖口にほつれを見つけた。

「新しい服を着ればいいのに」

レイヴンは笑った。

「最初の工房で着ていたものだから」

壇上で王族が頭を下げると、彼は礼を返し、リーナを隣へ呼んだ。

「この先の質問は、彼女にも聞いてください」

拍手の中で、リーナだけが師の手の小さな震えに気づいた。

帝国の財務官は拠出金の不正利用を恐れ、支出記録の公開を条件に出した。

イザベル女王は賛成し、エレオノーラも同意した。

以前なら国家機密として隠された帳簿が、患者のために開かれる。

レイヴンはそれを聞いて、古代炉の制御図を共有した夜を思い出した。

休憩時間、レイヴンは廊下で古い知り合いと出会った。

貧民街で最初に治療した老人だ。

孫に支えられて来たという。

「立派になったな」

「立派なのはあなたの足ですよ」

老人は笑い、ゆっくり歩いてみせた。

「あのとき、お前さんが薬を売らずに使ってくれた。だから今も孫と散歩できる」

レイヴンは勲章より重いものを受け取った気がした。


夕刻、各国の代表は共同基金の設立に署名した。

監査権は王族だけでなく、医師、農家、患者代表にも与えられる。

レイヴンは壇上で頭を下げた。

「俺の名前が忘れられても、この約束は残してください」

拍手のなか、リーナがそっと小声で言った。

「それ、たぶん無理です。みんな先生のことを覚えています」

レイヴンは苦笑し、式典の後で工房に戻る時刻を尋ねた。

祝賀の料理が運ばれても、レイヴンは一皿だけ取った。

廊下で待つ工房の仲間へ持っていくためだ。

ゴルバは

「王族の宴会の飯は初めてだ」

と大げさに喜び、エルナは薬草の香りを当てようとした。

マリシアは笑いながら、明日の診療当番を確認していた。

会議の午後、レイヴンは席を離れ、会場の外で待つ患者代表に会った。

彼らは華やかな議場に入る許可を得ていなかった。

レイヴンは議長へ戻り、次の議題を始める前に席を増やしてほしいと求めた。

「治療される人のいない医療会議は、誰のためのものですか」

沈黙のあと、議長は職員に椅子を運ばせた。

災厄の終息を宣言する会議で、レイヴンは各国の報告を並べた。

工場の再稼働率は地域によって違い、避難生活を続ける村もある。

王族たちは祝賀式を提案したが、彼は復旧予算への署名を先に求めた。

「終わったことにしてしまえば、置き去りになる人がいます」

患者代表の女性は、子供の治療に必要だった費用を一枚の紙に書いていた。

金額だけでなく、仕事を休んだ日、馬車を探した夜、病院の廊下で待った時間まで記されている。

レイヴンは紙を受け取り、基金の審査項目に交通費と付き添い支援を加えるよう提案した。

薬だけが届いても、患者は病院へ行けないことがある。

議場を出る直前、レイヴンは署名した王族たちに念を押した。

「基金ができた日より、十年後に続いていることのほうが大切です」

皇帝は頷き、女王たちも約束した。

彼はそれを聞いてようやく肩の力を抜いた。

基金の規約には、戦争が起きても医療輸送を止めない条項があった。

小国の使節は

「約束を破る国が出たら」

と問うた。

レイヴンは即答できなかった。

法だけでは人の欲を消せない。

それでも違反を公表し、他国が代わりに輸送を引き受ける仕組みは作れる。

完璧な善意より、裏切られても患者を守れる仕組みを選んだ。

会場の端で、医療隊の隊長が新しい通行証を受け取った。

これまでは国境ごとに許可が必要で、重症患者を運ぶ馬車が一日止められることもあった。

隊長は通行証を握り、

「次は間に合わせます」

と言った。

レイヴンは彼の手を握り返した。

紙切れ一枚でも、命を救う道具になる。

署名を終えた王族たちは、レイヴンを囲んで記念の肖像画を描かせようとした。

彼は画家に頼み、背景に工房の仲間たちも入れてもらった。

マリシアは遠慮し、ゴルバは照れくさそうに頭をかいた。

エルナは畑の仕事着のままだった。

絵が完成すると、中心に立つレイヴンよりも、周囲の人々の笑顔が目立った。

帰りの馬車でリーナは、基金の予算が思ったより少ないと打ち明けた。

レイヴンも同じ不安を持っていた。

「だから毎年、足りないところを示そう。数字を隠しても増えない」

彼らは翌月の現地調査の日程を決めた。

王族の謝意は一日で終わるが、医療の仕事には翌朝がある。

会議の後、患者代表はレイヴンに礼を言った。

だが彼は首を振った。

「礼は、来年の予算が本当に届いてからにしてください」

女性は驚き、それから笑った。

約束は署名した日ではなく、実行された日に初めて意味を持つ。


翌月、基金の最初の支出は北方の村の橋の修理費になった。

薬より先に橋を直すことに反対もあったが、冬の前に輸送路を確保できた。

医療隊が渡った橋の上から、子供たちが手を振った。

王族たちが頭を下げたあと、リーナはレイヴンの手に残る細かな震えを見た。

彼は署名用の羽根ペンを置き、代わりに彼女へ渡す。

「次の会議は君が説明してくれ」

リーナは一瞬ためらったが、基金の配分表を受け取った。

拍手の陰で、継承はもう始まっていた。

レイヴンは報告書の最後に、関わった人々の名前を書いた。

王族よりも先に、橋を直した職人、雪道を歩いた医師、薬を受け取った看護員の名を並べた。

リーナは配分表に一つだけ空欄を見つけた。

地図の端にある孤島の診療所だった。

彼女は会議室へ戻り、その空欄の理由を尋ねた。

王族たちの祝辞が続く中で、次の仕事はすでに始まっていた。

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