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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第九十話 世界を滅ぼす病が止まった日

古代炉が静まった翌朝、各国の診療所から報告が届いた。

新たな魔力侵食の発症は急減し、地下水の結晶濃度も下がり始めた。

レイヴンは一枚ずつ数字を確かめた。

奇跡だと叫ぶには、まだ早かった。

既に病を得た人々は、炉が止まっただけでは治らない。

マリシアは治療計画を続け、リーナは高純度エリクサーを病室へ運んだ。

原因を止めることと、傷ついた人を癒すことは別の仕事だった。

各国の工場では安全試験が始まった。

ゴルバは制御弁を交換し、魔力が安定したことを確認してから、最初の炉に火を入れた。

完成した薬は検査に合格し、診療所へ送られた。

リーナは検査済みの薬を見つめたまま、幼い日のことを思い出していた。

薄暗い診療所で息ができず、母親の声さえ遠くなった夜。

レイヴンが差し出した一瓶は、彼女にとって世界そのものだった。

今では自分が別の誰かに手を差し出している。

だからこそ、できないことをできると言いたくなかった。

彼女は深呼吸し、患者に説明する言葉を何度も練習した。

「怖いことも、まだ分からないことも、ちゃんと伝えます」

それが今の彼女の誓いだった。

帝国の鉱山町では、かつて模造薬で倒れた兵士が復旧作業を手伝っていた。

彼は橋を渡る荷車を見送り、

「次は俺が運ぶ番だ」

と言った。

敵だった国の旗が、同じ荷台に並んで揺れた。

エルナは未来の進み具合を確かめる前に、働く人々の顔を見た。

無理な計画ほど、最初は立派な数字に見える。

だが畑は命令では育たず、人の体力も無限ではない。

彼女は作業を一日分減らし、代わりに交代要員を増やした。

誰かが

「間に合わなくなる」

と不安を口にすると、エルナは首を振った。

「今日だけ成功して、明日倒れたら失敗よ」

レイヴンも同意した。

続けられる仕組みこそ、彼らが築いてきた革命だった。

王都では祝賀の鐘が鳴った。

しかしレイヴンは式典に出ず、最初に発症した少年の病室を訪れた。

少年は窓辺で本を読んでいた。

「外に出てもいい?」

と聞く。

「医師の許可が出たら、一緒に歩こう」

炉が止まった翌日も、病院の廊下には患者が並んだ。

新しい発症は減り始めたが、重症者の治療には時間がかかる。

リーナは各国の医師へ復旧計画を送った。

汚染された井戸の検査、停止した工場の再認証、家族を失った人への支援。

勝利の鐘が鳴った後にこそ、長い仕事が残っていた。

夕方、犠牲者の名前を記した帳面が届いた。

救えなかった命もあった。

レイヴンは祝杯を置き、一人一人の名を読んだ。

世界が助かったという言葉で、失われた人々を消したくなかった。

夜の見回りで、ゴルバは検査済みの薬の具合を確かめた。

何度も修理した痕が残っている。

弟子の一人が

「新しい物に替えましょうか」

と尋ねると、彼は首を振った。

「使える物を捨てるな。ただし危ない物は残すな」

似ているようで違う二つの判断を、弟子は帳面に書き留めた。

レイヴンはそのやり取りを聞き、技術は秘密の呪文ではなく、こうした小さな判断の積み重ねで受け継がれるのだと思った。


三日後、各国から集めた数値を前に、レイヴンは地図を二色に分けた。

新規発症が止まり始めた地域には白い印。

井戸や土壌に汚染が残る地域には赤い印。

白が増えても、赤はすぐには消えなかった。

王都では勝利を祝う鐘が鳴った。

リーナはその音を聞きながら、病室で父親の手を握る少女を見つめていた。

「もう病気は終わったんでしょう?」

と少女は尋ねた。

父親の熱はまだ高い。

「病気を広げていたものは止まりました。でも、お父さんの治療は続けなければなりません」

「じゃあ、まだ勝ってないの?」

「お父さんが帰ってこられるよう、ここで戦っています」

少女は黙って頷き、父親の手を握り直した。

リーナは希望を嘘で包まなかった。

ゴルバは各工場の再稼働を一律に許可しなかった。

古代炉の停止で魔力の流れが変わり、圧力弁にひびが入った工場がある。

検査に落ちた設備は封鎖し、合格した工場だけを少しずつ動かす。

薬の供給は急には戻らない。

「一週間で全部を再開できないのか」

と役人が迫った。

「できます」

とゴルバは答えた。

「壊れるまでなら」

役人は言葉を失った。

代わりに、稼働できる工場から重症患者のいる病院へ優先配送する計画が組まれた。

エルナは汚染された井戸の周囲に柵を設けた。

村人から

「昔から使ってきた水だ」

と反発が起きる。

彼女は測定器を持ち、村人自身に数値を見せた。

安全な井戸から水を運ぶ荷車を手配し、柵の前に次の検査日を書いた札を立てる。

使うなと命じるだけでは、人は暮らせない。

七日目、最初の病室で父親の熱が下がった。

少女は走ってリーナを呼びに来た。

「まだ退院じゃないって、分かってる。でも、見て!」

父親は弱々しく笑った。

リーナは胸が熱くなったが、脈を測り、医師に経過を伝えた。

喜ぶことと、確かめることは両立できる。


その夜、犠牲者の名簿を前に、レイヴンは長く黙った。

炉を止めたことで救えた命は多い。

それでも救えなかった人の名前が、紙の上に残っている。

「世界を救った、と言われています」

とリーナが言った。

「世界は、まだここにいる人たちの暮らしでできている」

彼は地図の赤い印を指した。

「ここを白に変える仕事を、次の世代にも渡そう」

リーナは新しい調査隊の名簿を開いた。

古代炉との戦いは終わった。

だが世界を元に戻す仕事は、ようやく始まったのだった。

翌朝の会議では、工場を急いで再開したい都市と、汚染検査を優先したい農村の代表が激しく言い争った。

薬がなければ患者が苦しむ。

だが検査を飛ばせば、別の患者を増やしてしまう。

どちらの恐れも正しかった。

レイヴンは地図の上に配送路を書き込んだ。

安全確認を終えた三つの工場を先に動かし、重症者のいる地域へ薬を運ぶ。

残る工場には技師を派遣し、再検査の予定を公開する。

「全部を一度に救うことはできないのですね」

とリーナが言った。

「だから順番を隠してはいけない。待つ人には、なぜ待つのか説明するんだ」

会議のあと、リーナは病院へ戻り、薬が届く予定を一人ずつ伝えた。

怒る人もいた。

泣く人もいた。

それでも、誰も見捨てられたわけではないと分かるよう、彼女は何度でも説明した。

窓の外では、鐘の音が遠くなっていた。

代わりに聞こえるのは荷車の車輪と、井戸を調べる技師たちの声だった。

世界を救った日の翌日には、世界を支える仕事が始まっていた。

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