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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第八十二話 エリクサー一万本でも足りない

朝の集計で、治療を要する患者が二万人を超えた。

世界の工房は一日一万本を作れる。

しかし全員が同じ量を必要とするわけではなく、重症者には高純度品が要る。

数字だけ見て安心できる状況ではなかった。

一万本の瓶を数え終えたあとも、救援要請の紙は増え続けた。

薬が足りないのではなく、薬だけでは止められない何かが広がっている。

リーナは患者の発生地点を地図に重ね、同じ水路沿いに印が並ぶのを見つけた。

レイヴンは増産の指示を出しながら、調査隊も同時に送り出した。

不足する薬の配分表を見た看護師は、自分の父の名前を見つけた。

彼女は黙って表を戻し、判断を別の医師に委ねた。

公平さは、感情を持たないことではなく、感情が判断を曲げそうな時に助けを求めることだった。

一万本の生産数を聞いて安心しかけた助手に、マリシアは重症者の名簿を見せた。

「必要なのは瓶の数ではなく、誰にいつ届くかよ」

助手は数え直しを始めた。

余った地域から不足した地域へ薬を動かす判断には、各地の医師の協力が必要だった。

レイヴンは机に置かれた配給表を、もう一度最初から見直した。

数行の文字の向こうに、眠れない家族や、名前も知らない職人の夜がある。

計算を間違えれば、苦しむのは数字ではなく人間だった。

彼は書き込みを急がず、確かな事実と推測を別の色で記した。

マリシアが隣に立ち、無言で新しい報告を差し出す。

「結論を急がないで」

と彼女は言った。

「急ぐのは、助けるための準備だけでいい」

その言葉にレイヴンは頷いた。

港では荷車が行列を作り、診療所には家族が押し寄せた。

リーナは配給表を握りしめる。

先着順にすれば、遠い村の患者はいつまでも届かない。

マリシアは重症度、効果の見込み、輸送時間を基準に配分を決めた。

備蓄の周囲には、いつしか大勢が集まっていた。

肩書のある者ばかりではない。

水を運ぶ者、道を知る者、壊れた器具を直す者。

それぞれが自分にできることを申し出た。

以前のレイヴンなら、迷惑をかけまいと一人で抱え込んだだろう。

けれど今は、助けを求めることも仕事の一つだと知っている。

ゴルバが

「手を動かす人間に、ちゃんと休憩を取らせろよ」

と言い、張りつめた場に小さな笑いが生まれた。

ある商人が金貨を積み、家族のために薬を優先してくれと懇願した。

レイヴンはその恐怖を理解しながらも、順番を売ることを拒んだ。

代わりに医師を派遣し、今できる処置をすべて行うと約束した。

リーナは輸送路を見つめたまま、幼い日のことを思い出していた。

薄暗い診療所で息ができず、母親の声さえ遠くなった夜。

レイヴンが差し出した一瓶は、彼女にとって世界そのものだった。

今では自分が別の誰かに手を差し出している。

だからこそ、できないことをできると言いたくなかった。

彼女は深呼吸し、患者に説明する言葉を何度も練習した。

「怖いことも、まだ分からないことも、ちゃんと伝えます」

それが今の彼女の誓いだった。

薬瓶を数える係が、最後の箱を閉じた。

「一万本です」

外にはその何倍もの患者がいた。

リーナは配給窓口の列を見て、数の意味を初めて知った。

レイヴンは重症度に応じた順番を決め、理由を壁に掲示させた。

順番を決める者が顔を隠せば、残された人には不公平しか見えないからだ。

エルナは薬草の収穫量を増やすだけでは土が痩せると訴えた。

ゴルバも炉を休ませず動かせば事故が起きると言う。

増産を焦るほど、次の日の生産を壊す。

レイヴンは無理な二十四時間稼働案を取り下げた。

エルナは優先順位の進み具合を確かめる前に、働く人々の顔を見た。

無理な計画ほど、最初は立派な数字に見える。

だが畑は命令では育たず、人の体力も無限ではない。

彼女は作業を一日分減らし、代わりに交代要員を増やした。

誰かが

「間に合わなくなる」

と不安を口にすると、エルナは首を振った。

「今日だけ成功して、明日倒れたら失敗よ」

レイヴンも同意した。

続けられる仕組みこそ、彼らが築いてきた革命だった。

王女エレオノーラは、王宮の備蓄を貧民街の診療所へ回した。

貴族たちは反発したが、女王は

「病は爵位を選ばない」

と答えた。

王宮に残すのは緊急用の最低量だけだった。

診療所で、レイヴンは治療台帳を持ったまま立ち止まった。

「治った人だけを数えてはいけません」

医師が視線を上げる。

寝台に残る患者を見て、助手は報告書の数字を書き換えた。

レイヴンは避難所の人々の顔を思い浮かべ、決定の理由を一つずつ伝えた。

反論も聞いた。

すぐに正解は出なかったが、責任を分け合う方法だけは決まった。


翌日の巡回先には、その患者の家も加えられた。

薬の配給表を前に、マリシアは三つの欄を作った。

緊急治療、継続治療、経過観察。

遠方の村を後回しにしないため、搬送にかかる時間も記した。

「数が足りないときほど、決め方を隠してはいけない」

その言葉に医師たちが頷いた。

リーナは配送を終えたあと、薬が間に合わなかった家族に頭を下げた。

父親は彼女を責めなかった。

「次の家には間に合わせてくれ」

その言葉は叱責より重かった。

夜の見回りで、ゴルバは輸送路の具合を確かめた。

何度も修理した痕が残っている。

弟子の一人が

「新しい物に替えましょうか」

と尋ねると、彼は首を振った。

「使える物を捨てるな。ただし危ない物は残すな」

似ているようで違う二つの判断を、弟子は帳面に書き留めた。

レイヴンはそのやり取りを聞き、技術は秘密の呪文ではなく、こうした小さな判断の積み重ねで受け継がれるのだと思った。

レイヴンは会議の最後に言った。

「一万本を二万本にするだけでは足りない。新しく病気になる人を減らす」

地下の汚染源を突き止める調査隊が、翌朝出発することになった。

その後も備蓄では議論が続いた。

レイヴンは仲間の意見を一つずつ聞き、反対の理由まで記録した。

全員が同じ答えを持つ必要はない。

違う経験を持つ者が集まったからこそ、見落としていた危険に気づける。

リーナは最後に記録を読み返し、患者の立場から分かりにくい言葉を直した。

夜が深くなっても、誰も自分だけの功績を主張しなかった。

倉庫に立つレイヴンへ、

「帳面に載らない人がいます」

と声が届いた。

配給を受けられなかった家族の名が挙がり、係員は閉じた台帳を開き直した。

レイヴンは言葉だけで済ませず、その場の担当者と次の一歩を決めた。

夕方には、名簿の外にいた家にも食料が届いた。

作業台で、レイヴンは治療台帳を開き、目の前の状況を確かめた。

「失敗した分も残してください」

医師が視線を上げる。

書き直されかけた記録を戻すと、隠れていた原因が浮かび上がった。

反論も聞いた。

誰も責められなかったことが、次の報告を早くした。

配給を待つ父親は、自分の番が後回しになったと知って怒鳴った。

レイヴンは言い訳せず、重症者を優先する理由と次の搬入時刻を説明した。

父親は拳を下ろし、隣の老人を先に通した。

誰も満足しない選択でも、理由を隠してはならなかった。

薬の瓶が空になるたび、医師たちは次の患者の名前を見た。

重症者を先にする判断に、誰も異議を唱えなかったわけではない。

レイヴンは配分表を壁に貼り、理由と再判定の時刻まで公開した。

残酷な順番を秘密にしないことが、混乱の中で守れる唯一の公平だった。

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