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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第七十七話 皇帝はエリクサー工場を奪おうとした

帝国の強硬派は協定成立を挑発と受け取り、国境に近い工場の接収を計画した。

工場には薬草の乾燥設備と精製炉がある。

レイヴンは警告を受けると、戦う準備ではなく避難計画を確認した。

工場の門を離れるとき、若い職人は煙突を振り返った。

「俺が作った炉なのに」

清掃員は荷車の端を持ち直し、

「あんたが作ったなら、また作れる」

と答えた。

職人は返事をしなかった。


翌朝、仮設工房の狭い床に避難路の白線を引いたのは彼だった。

失った工場を忘れたのではない。

次の工場では、誰も取り残さないと決めたのだ。

工場長は

「設備を残して逃げるのですか」

と尋ねた。

レイヴンは答える。

「設備は作り直せる。人は作り直せない」

作業員の家族も含めた避難経路が決められ、医薬品は複数の診療所へ移された。

ゴルバの設計した炉には安全停止機構があった。

作業員は手順書に従い、魔力を抜き、重要な制御結晶を取り外す。

倉庫の薬も運び出された。

外から見れば工場はまだ動いているように見えたが、危険な反応はすべて止まっていた。

退避する直前、老いた整備士が工場の鍵を返そうとしなかった。

「ここは俺が建てた。奪われるなら残る」

レイヴンは鍵を受け取らず、整備士の油に汚れた手を見た。

「あなたがいなければ、別の場所で同じ炉を作れません」

整備士は唇を噛み、最後に火を落とした。

工場を離れる荷車には高価な装置より先に、職人たちの手書きの図面と故障記録が積まれた。

工場の門が閉まると、整備士は最後まで荷車から目を離さなかった。

帝国軍の先遣隊が門を破ったとき、建物は空だった。

司令官は怒鳴る。

「製法はどこだ」

残されていたのは空の棚と、誰でも読める安全規則だけだった。

彼らは工場を手に入れても、薬を一瓶も作れなかった。

先遣隊の中には、国境の診療所で命を救われた兵士がいた。

彼は撤収した工場を焼く命令に従わなかった。

「ここは負傷者の薬を作っていた場所です」

上官は剣を抜いたが、他の兵士たちも火を放つことを拒んだ。

避難先では作業台を組み直し、持ち出した検査記録を乾いた箱に移した。

レイヴンは不合格品の記録を先に確認し、再開を急ぐ職人に言った。

「場所が変わっても、危険な瓶を出さない約束は変えない」

接収の報告が届くと、協定参加国は共同声明を発表した。

武力による医療施設の占拠を非難し、患者の供給を守るための緊急輸送を始める。

イザベルは国境の避難民を受け入れた。

レイヴンは各国の工房長と連絡を取り、代替生産を割り振った。

設計図は複数の国にあり、技術者も一人ではない。

工場を奪えば薬を支配できるという帝国の計算は、最初から間違っていた。

帝国の司令官は皇帝に

「施設は確保した」

と報告した。

だが生産能力について問われると沈黙した。

皇帝は報告書を破り捨てる。

占拠した工場から届いたものは、薬ではなく、失敗の知らせだけだった。

誰もいない工場に、風が吹き抜けた。

帝国軍は建物を奪った。

だが、その工場を動かしていた人々の知識も誇りも、奪うことはできなかった。

避難の前夜、工場の若い職人が制御結晶を抱えて立ち尽くしていた。

父親がこの工場で働き、ようやく自分も同じ炉を扱えるようになったばかりだ。

「建物を明け渡したら、父が積み上げたものまでなくなります」

ゴルバは結晶を木箱へ収めながら答えた。

「君の父親が残したのは、壁じゃない。炉を安全に止められる、その手だ」

職人は黙って箱の蓋を閉めた。

避難車列の最後尾には、歩くのが遅い高齢の清掃員が乗っていた。

彼女は何度も工場を振り返った。

軍の先遣隊が現れたという報せが届くと、若い職人たちは車を押して坂を上がった。

誰か一人が取り残されれば、避難計画は失敗だ。

レイヴンは車列が橋を渡り終えるまで、工場へ戻ることを許さなかった。

占拠を知らせる旗が上がったころ、各国の工房には代替生産の依頼が届いていた。

帝国軍が手に入れたのは停止した炉と空の倉庫だけだった。

だがレイヴンは勝ち誇れなかった。

供給の遅れで困る患者は実際にいる。

彼はリーナに最も不足する地域を尋ね、輸送の手配を先に始めた。

敵の失敗よりも、明日の病床が重要だった。

占拠した帝国軍の司令官は、工場の地下に隠し部屋があると疑った。

兵士に床板を剥がさせたが、出てきたのは予備の配管と清掃用具だけだった。

彼は捕らえた門番に

「技師を呼べ」

と命じる。

門番は工場の安全停止手順書を指さした。

「制御結晶を戻す前に点検が必要です」

司令官は苛立ったが、炉の内部には残留魔力がある。

無理に動かせば兵士まで傷つく。

占拠は成功しても、生産を始めることはできなかった。

避難先の町では、職人たちが倉庫を借りて仮の作業場を作った。

設備は不足し、屋根から雨が漏る。

若い職人は父の図面を広げ、足りない部品を数えた。

「ここでは同じ炉は作れません」

ゴルバは首を振った。

「同じでなくていい。ここで安全に動く炉を作ろう」

彼らは古い設計の弱点を洗い出し、分解しやすい構造へ変更した。

奪われた工場に戻る日を待つだけでは、患者の薬は増えない。

避難した清掃員は、仮設作業場の入口に水桶を置いた。

「炉がなくても、汚れた手で薬瓶には触れさせないよ」

若い技師たちは笑ったが、彼女の言うとおりに手を洗った。

工場を支える仕事は炉を動かす者だけのものではない。

レイヴンは清掃員に新しい施設の衛生管理を任せ、必要な道具を揃えた。

彼女は初めて自分の仕事が製造記録に載るのを見て、目を丸くした。

夜、帝国軍の占拠報告が各国へ届くと、工房長たちは同時に通信を開いた。

誰かが武力で奪い返そうと言ったが、リーナは患者の配送地図を示した。

「今日失った量を、明日どこで補えるか先に決めたい」

怒りは消えない。

それでも、工場の奪還だけを目的にすれば、薬を待つ人が置き去りになる。

職人たちは各国の工房へ分かれ、作業場ごとの不足部品と必要人員を伝えた。

占拠された一棟より、動き始めた多くの手が、次の朝を支えようとしていた。

仮設工房に移った清掃員は、使い慣れた水桶を置いてきたことに気づいた。

若い職人が取りに戻ろうとすると、彼女はその袖を掴んだ。

「あんな桶のために、あんたまで捕まるつもりかい」

代わりに借りた桶は底が浅く、瓶を洗うには何度も水を替える必要があった。

彼女は職人に洗浄台の高さを直してほしいと頼んだ。

職人は一晩で台を組み、翌朝には誰も腰を痛めずに作業できるようになった。

奪われたものを数えるより、残った手で何を作れるか。

避難先の小さな改良が、新しい工房の最初の仕事になった。

仮設工房では最初の夜、誰も眠ろうとしなかった。

職人たちは古い設備の音が聞こえないことに落ち着かない。

清掃員が温かい湯を配り、

「明日も働くなら今日は寝なさい」

と叱った。

その言葉に、若い技師はようやく椅子から立ち上がった。


翌朝の作業表には、全員の休息時間も書き加えられた。

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