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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第五十二話 治療を拒否された村で起きた悲劇

村の入口に立つ神殿の門は固く閉ざされていた。

門前には夜露で濡れた毛布が残り、そこに寝ていた少年はもういなかった。

レイヴンは最初に事情を聞こうとしたが、母親の表情を見て言葉を失った。

トーマの母は、診療所の新しい夜間当番表に自分の名前がないことに気づいた。

「私にもできることがありますか」

マリシアは返事に迷った。

悲しむ母親へ働くことを求めるのは残酷かもしれない。

だが母親は言った。

「あの夜、誰かが扉を開けてくれたら、それだけで違った」

彼女が選んだのは夜の受付だった。

レイヴンはその決意を美談にしなかった。

彼女が休みたいと言える日を作ることも、制度の責任だと思った。

少年の名はトーマ。

肺に広がった魔力侵食は治療可能な段階だったが、村の神官が薬の受け取りを禁じた。

母親は隣町へ走ったが、夜明け前に息が止まった。

マリシアは診療記録を確認し、処置が遅れた事実を静かに書き留めた。

悲しみを数字にすることは、悲しみを軽くすることではない。

母親はレイヴンを責めなかった。

「あの子は帰ってこない。それは分かっています」

彼女は声を震わせながら続けた。

「次の村では、間に合ってください」

レイヴンは謝罪の言葉を探したが、安易な約束はできなかった。

代わりに、今ここにいる患者の名簿を受け取った。

村の井戸は冬の雨で濁っていた。

レイヴンは水を汲み、汚染の有無を調べた。

治療拒否だけでなく、暮らしの中に病を悪化させる要因がないか調べるのも医療だった。

神殿から追い出された患者は十七人いた。

重症者を優先して診察し、軽症者には休養と衛生指導を行った。

薬を使えば全員が即座に元気になるわけではない。

マリシアは夜通し呼吸を確かめ、リーナは水を運んだ。

若い神官ノルドは封印された命令書を持って現れた。

禁止令には

「治療効果にかかわらず、エリクサーを受け取るな」

と明記されていた。

彼は命令に逆らうのが怖かったと言った。

レイヴンは恐れを責めず、次に誰かが倒れたら何をするか尋ねた。

村の年長者は神殿に逆らえば村が呪われると恐れていた。

レイヴンは祈りを否定せず、井戸の水と患者の症状を一緒に調べることを提案した。

信じることと確かめることは敵ではない。

その言葉を聞いて、年長者は初めて診療所の鍵を渡した。

深夜、幼い姉妹の妹が急に苦しみ始めた。

エリクサーの投与量を慎重に調整し、呼吸が戻るまでマリシアが手を握った。

姉は

「弟のトーマも助かったの」

と尋ねかけて口を閉じた。

レイヴンはその沈黙を忘れないと心に決めた。

トーマが残した木の笛を、母親は診療所へ持ってきた。

レイヴンは受け取らなかった。

「それは、あなたが持っていてください」

母親は笛を胸に抱き、長い間うつむいていた。

村長の机から、神殿に送る報告書が見つかった。

死因は

「本人の不信心」

と書かれていた。

実際の症状も診療拒否の時刻も消されている。

レイヴンは怒りで紙を握り潰しそうになったが、証拠として保存した。

破れば事実まで消されてしまう。

トーマの母は、息子の靴を片方だけ抱えていた。

「もう片方は、門の向こうに置いてきました」

彼女は神殿の門を見上げた。

「あの子は、神様に嫌われたから入れないのかって、最後まで聞いていたんです」

マリシアは返す言葉を探さず、隣に座った。

レイヴンは村人に薬を渡す前に、亡くなった少年の名を診療記録の最初に書いた。

数字にして消すためではなく、次の命を守る制度が何を防ぐためにあるのか忘れないためだった。

トーマの葬儀には、診療所で回復した人々も参列した。

母親は薬を持つレイヴンを見つけ、頭を下げようとした。

彼は頭を下げ返した。

助けられなかった命の前では、どちらが偉いという話ではなかった。

村から次の村へ病状を伝える仕組みがないことが分かった。

マリシアは治癒師たちの連絡網を作ろうと提案した。

レイヴンは薬の輸送箱に通信票を同封することを決めた。

薬より早く届く知らせが、命を救うこともある。

夜明けに回復した患者の一人が、村の若者たちと街道の整備を始めた。

次に薬を運ぶ馬車が来るとき、泥に車輪を取られないようにするためだった。


その日の午後、神殿の閉ざされた門で、少年トーマの母は息子を失った母と向き合った。

息子を失った母は神官の謝罪を聞いても顔を上げなかった。

その言葉に、周囲の者は答えを急いだ。

しかし少年トーマの母は、相手が言い終わるまで遮らなかった。

マリシアは少年の発症時刻と門が閉じられた時刻を照合した。

誰かが

「それで十分ですか」

と尋ねた。

十分だと言える人はいなかった。

それでも、いま確かめられる事実を一つずつ積み上げるしかなかった。

会議が終わるころ、反対の声が上がった。

「そんな手間をかけていたら、間に合いません」

少年トーマの母は窓の外へ目を向けた。

神殿の閉ざされた門には、結論を待つ人がいる。

急ぐ理由は確かにある。

だが、焦りを理由に危険を隠せば、次に失うものはもっと大きい。

「今日できることと、明日まで待つべきことを分けましょう」

反対した者も、しばらくして作業の順序を尋ねた。


夕刻、息子を失った母がもう一度戻ってきた。

昼間には言えなかったことがあるという。

少年トーマの母は手を止めた。

相手が恐れていたのは、失敗そのものではない。

失敗を告げたあと、誰にも信じてもらえなくなることだった。

話を聞いていた若い職員は、予定表の一行を消し、代わりに確認の時間を書き込んだ。

小さな変更だったが、現場の人々には意味があった。

村を出る朝、ノルドは神殿の紋章を外した。

「僕は神を捨てません。ただ、患者を見捨てる命令には従えません」

レイヴンは彼に診療所の連絡先を渡した。

戦いは始まったばかりだったが、閉ざされた門の内側に小さな窓が開いた。

トーマの母は、神殿の門を叩いた夜に着ていた外套を持ってきた。

袖には小さな手の跡が残っている。

「あの子は最後まで、私が怒られるのを心配していたんです」

ノルドは外套を受け取れなかった。

門を閉めたのは自分ではない。

それでも命令を正しいと信じ、何も問わなかった。

彼は神官の名札を外し、母親の前で頭を下げた。

「許してくださいとは言いません。次に門の前で倒れる人がいたら、私が開けます」

母親は答えず、診療所の扉を見た。

今度は鍵が掛かっていなかった。

少年の母親は、門の前に残った濡れた毛布を畳もうとしなかった。

「あの子は最後まで、明日には薬が来ると信じていたんです」

レイヴンは弁解を探すのをやめ、母親の前に膝をついた。

亡くなった命は戻らない。

彼は村ごとの診療記録を封印せず、拒否を命じた者の署名と時刻を写し取った。

次に同じ門が閉まったとき、誰も『知らなかった』とは言えないように。

ノルドは神殿の門の鍵を机に置いた。

母親が望んでいるのは儀式の謝罪ではなく、次の子供が門前で夜を明かさないことだ。

彼は当直表を持って村の診療所へ向かい、夜間の受け入れを誰が担当するか、名前を書いて確かめた。

彼は神官の名札を外し、門を開ける当番に自分の名を書き加えた。

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