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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第四十四話 女王は一人の錬金術師に跪いた

王都の広場には、戦勝を祝うような旗が並んでいた。

だがレイヴンが隣国の城門をくぐったのは、戦争に勝ったからではない。

千本の薬を届け、医師たちと共に患者を治療したからだった。

「式典は苦手です」

レイヴンが言うと、マリシアは笑った。

「逃げるなら今よ。門が閉まる前にね」

しかし城門の外には、回復した人々が待っていた。

手を振る少年、杖をついた老人、赤ん坊を抱く母親。

彼らは豪華な馬車ではなく、レイヴンの乗った荷車を見て歓声を上げた。

謁見の間で待つ女王イザベルは、年若いが目の鋭い人物だった。

豪華な衣装よりも、机に積まれた報告書が彼女の苦労を物語っていた。

女王が膝をついた瞬間、レイヴンは一歩退いた。

祝福を受けるべき人は自分だけではない。

徹夜で患者を運んだ御者、薬を選別した医師、名も知らない看護師たちの顔が浮かぶ。

「立ってください。次に必要なのは、礼ではなく診療所です」

女王はその言葉を聞き、式典の費用を医療費に回すと約束した。

工房の契約には、現地で育てた薬草を優先して買い取る条項も入れた。

遠くから原料を運ぶだけでは、災害で道が閉ざされたときに止まる。

エルナは隣国の気候に合う種を選び、農民へ栽培方法を教える計画を立てた。

女王は契約書の最後に、工房の監査結果を市民へ公開する条文を加えた。

秘密のままでは、いつか誰かが薬を独占する。

契約の署名式で、財務大臣は最後に一つだけ質問した。

「あなたがいなくなったら、工房はどうなりますか」

レイヴンは現地の職人が署名した研修計画を示した。

「そのために教えるんです」

女王はその答えを聞き、初めて心から笑った。

「国を救っていただいた」

女王は玉座を降り、レイヴンの前に立った。

周囲の貴族たちがざわめく。

女王が一介の錬金術師に頭を下げるなど、前例がない。

「まだ終わっていません」

とレイヴンは答えた。

「水路の汚染源を止めなければ、病は戻ります」

女王は顔を上げ、短くうなずいた。

「だからこそ、あなたの力を借りたい」

彼女は隣国にエリクサー工房を建てる提案をした。

土地、資金、税の免除、宮廷錬金術師の称号。

破格の条件だった。

レイヴンは称号の欄に線を引いた。

「私の名を工房につけないでください。それより現地の職人と医師を育てたい」

女王は驚いたように目を見開いた。

女王の側近は、レイヴンが製法を教えれば自国の利益が減ると心配した。

レイヴンは答えた。

『薬を必要とする人が減ることは、損失ではありません』

側近はすぐには納得しなかったが、女王はその言葉を記録させた。

染物職人の老女は、薬瓶を洗う手つきを褒められて照れた。

長年の仕事が新しい形で役立つと知り、彼女は翌日、孫を連れて講習へ来た。

工房予定地の近くには、染物工場が閉鎖されてから職を失った若者たちが集まっていた。

ゴルバは彼らに工具を持たせ、壊れた管を修理させた。

最初は不器用だったが、何度も試すうちに手が動くようになった。

交渉は三日続いた。

レイヴンは製造技術を教える代わりに、薬の一部を貧しい患者へ優先供給する制度と、品質検査の独立性を求めた。

大臣たちは費用を理由に渋った。

「工房が赤字になれば、何も残りません」

と財務大臣。

「その通りです。だから売れる相手には適正な価格で売り、支援が必要な人には公費で補助する」

レイヴンは数字を示した。

原料の調達費、作業員の給金、設備の償却費。

善意だけでは工場は動かない。

逆に、利益だけを追えば救うべき人を見失う。

女王は最後まで資料を読み、条文を自ら修正した。

王宮で見た、研究内容を理解しないまま命令する人々とは違っていた。

帰国前、女王は城門まで見送りに来た。

レイヴンが驚くと、彼女は笑った。

『次に会うときは、私の国の職人が作った薬を見せます』

それは宝石よりも嬉しい約束だった。

帰国する荷車には、女王からの宝石ではなく、現地で採れた薬草の種が積まれていた。

エルナが喜ぶ顔を、レイヴンは思い浮かべた。

レイヴンは帰国の馬車から城を振り返った。

女王が頭を下げた姿より、職人たちが薬瓶を洗っていた姿が心に残っていた。

王族の礼は一度で終わる。

だが、技術を覚えた人々の仕事は、明日も続いていく。

女王の前に、薬草を育てる農民の代表が進み出た。

「工房ができれば畑の買値は上がる。でも、私たちの井戸を工場が使い切るのでは」

祝賀の空気が止まった。

レイヴンは予定していた乾杯を断り、水使用量の上限と農業用水の優先を契約に書き込むよう求めた。

女王は自ら署名し、代表に原本の写しを渡した。

跪いたのは礼を受けるためではない。

自国の民が、王の前で不安を口にできる国にするためだった。

工房候補地を見に行くと、古い染物工場があった。

屋根は傷み、床には色のついた水が染み込んでいる。

ゴルバは壁を叩いて言った。

「建て直したほうが早い」

だが、工場の周囲には失業した職人たちが住んでいた。

レイヴンは彼らに、何を作っていたのかを尋ねた。

水を扱い、釜を温め、布を一定の温度で染める技術。

それは錬金装置の管理にも応用できる。

「ここで働けますか」

と職人の一人が聞いた。

「学ぶ気があれば、ぜひ」

その日のうちに、現地の職人十人がゴルバの講習を受け始めた。

最初の課題は、薬瓶の洗浄だった。

地味だが、失敗すれば患者を傷つける大切な工程だった。

出発前夜、女王はレイヴンを庭園へ招いた。

式典の喧騒はなく、遠くで水の流れる音だけが聞こえる。

「私は、国を守るためなら何でもできると思っていました」

と女王は言った。

「けれど病に倒れた民を前に、何もできなかった」

「何もできなかったわけではありません。医師を集め、食料を配り、私たちを呼んだ」

「それでも、足りなかった」

レイヴンは答えに迷った。

彼自身、救えなかった患者の顔を忘れられない。

女王は深く息を吸い、静かに頭を下げた。

「では、次に同じことが起きたとき、私たちだけでも救える国にしてください」

レイヴンはうなずいた。

それこそが、彼の望む依頼だった。

夜になっても、女王イザベルは現地工房の条件について考えていた。

レイヴンは一緒に記録を見直した。

問題を解くには、誰か一人の知恵だけでは足りない。

現場で働く人の小さな気づきが、机上の計算を覆すこともある。

彼らは次の日の仕事を一つずつ決め、最後に灯りを落とした。

まだ終わらない仕事がある。

それでも、今日できたことを確かめれば、明日へ進む力が残る。

女王は最後に、薬の価格を決める会議へ患者の代表を入れると約束した。

大臣たちは顔を見合わせたが、彼女は譲らなかった。

「治療を受ける人の声がない会議で、治療の値段を決めてはなりません」

レイヴンはその言葉を聞き、隣国の工房が根づく未来を少しだけ想像できた。

王都へ戻る途中、ゴルバは現地の職人から渡された小さな金具を見せた。

工房の装置に使えるよう工夫した部品だった。

「もう俺の図面より良いところがある」

と彼は笑う。

レイヴンは金具を手に取り、隣国の工房が自分たちの手を離れて成長し始めたことを感じた。

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