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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第四十一話 隣国の女王から届いた親書

工場の朝は、いつも瓶の触れ合う澄んだ音で始まる。

検査室で百本目の封印を確かめていたレイヴンのもとへ、泥だらけの伝令が駆け込んだ。

王都の外交官ではない。

隣国ルーメリアの紋章を胸に縫い付けた、まだ若い騎士だった。

「女王陛下の親書です。返事をいただくまで、ここを離れるなと命じられています」

女王の親書には薬の本数だけでなく、患者を運ぶ橋の崩落が記されていた。

レイヴンは瓶の製造を急ぐ前に輸送隊を呼び、薬が国境で止まらない道を確かめた。

使者は封書を渡したあと、その場で崩れた。

疲労だけではない。

故郷に置いてきた弟が高熱で倒れているのだ。

「女王の命令より、弟のことが心配です」

と彼は声を絞った。

レイヴンは返答を急がせず、まず使者を休ませた。

救援の判断は、書状の威厳よりも一人の家族の切迫から始まった。

出発前夜、運送隊長は峠の地図を机へ置いた。

「薬を守れば馬が凍える。馬を守れば箱を捨てることになる」

レイヴンは千本を一隊に積む計画を破り、少量ずつ三つの経路へ分けた。

全便が着く保証はない。

それでも、一便が止まれば全員が薬を失う賭けだけは避けられる。

伝令の若い騎士は

「女王には必ず届くと言ってしまった」

と俯いた。

「約束を守るために、危険を隠す必要はない」

とレイヴンは答えた。

女王の親書には、外交上の挨拶が一行もなかった。

代わりに、避難所の患者数と残った薬の本数が書かれていた。

薬は三日分。

港へ続く街道は崩落し、雪で峠も閉じている。

最後の頁には、避難所で働く少女の短い言葉が添えられていた。

「母は私に薬を譲って死にました。次は弟の番です」

レイヴンは封蝋を握りしめた。

「千本を送るだけでは遅い」

彼は製造班に増産を、ゴルバに分割輸送箱を、医師長に現地で使える簡易診療手順を頼んだ。

薬だけが届いても、誰が誰に投与するか決められなければ救えない。

全員が黙って動き出した。

親書の裏に書かれた患者名簿が、出発時刻を決めた。

封蝋は割れていた。

道中、川に落ちかけて封を傷めたのだと騎士は詫びた。

レイヴンは責めなかった。

便箋には整った文字で、国境の三つの町に原因不明の熱病が広がり、病床が足りないと記されていた。

最後の一行だけ筆圧が強い。

――我が国の民を、助けてほしい。

マリシアが患者の症状を読み上げた。

高熱、皮膚に浮く青い斑点、息苦しさ。

レイヴンは手を止めた。

リーナが倒れた夜に見た斑点と、よく似ていたからだ。

騎士は返書を受け取ると、その場で膝をついた。

レイヴンは慌てて立たせた。

礼を受けるのは薬が届いてからでいい。

そう言うと、騎士は初めて笑った。

工場の裏庭では、リーナが空箱に番号を書いていた。

隣国の医師がどの箱から薬を使ったか、あとで確かめられるようにするためだ。

「番号があれば、何かおかしかったときに調べられるでしょう」

レイヴンは感心した。

彼女はもう、助けられるだけの少女ではなかった。

「千本、送れますか」

女王の希望数を聞き、工場長は即答できなかった。

現在の製造能力は一日百本。

王国内の病院との契約もあり、倉庫の千二百本を丸ごと運べば、こちらの患者を危険にさらす。

「国内の予約分は削れません」

とマリシアが言う。

「救援をするために、今いる患者を見捨てたら同じことです」

レイヴンは在庫表を床に広げた。

治療用、緊急用、検査保管用。

色分けされた札の中で、使えるのは三百本ほどしかない。

騎士の肩が落ちた。

「足りないから断る、とは言わない」

レイヴンは作業場へ向かった。

今週予定していた新しい釜の試運転を前倒しし、既存ラインを夜間も動かす。

ただし二交代にし、検査員の人数を増やす。

眠い目で作った薬を患者に渡すわけにはいかない。

エルナが持ち込んだ葉は、収穫時期が少し早かった。

魔力成分が足りず、そのままでは使えない。

彼女は悔しそうに唇を噛んだが、レイヴンは次の畑の収穫予定を確認した。

無理に混ぜれば品質が落ちる。

足りないものは足りないと認め、別の工程で補う。

増産の初日、作業員の一人が疲労で手順を飛ばしかけた。

検査員が止め、全員で休憩を取り直した。

レイヴンは予定表を一時間ずらした。

命を救う仕事で、働く人を倒してはいけない。

伝令の騎士は帰国を急いだが、レイヴンは一晩だけ休むよう勧めた。

馬の蹄は傷み、騎士自身も熱を出しかけていた。

助けを求める人が倒れてしまえば、手紙も返事も届かない。

騎士は最初こそ遠慮したが、温かい寝台に横たわるとすぐに眠った。

エルナは薬草畑から戻るなり、土のついた手で生産表を見た。

「夜間の増産なら、採取した葉の保管が問題よ。今の乾燥棚では追いつかない」

ゴルバは廃材を使った送風棚を提案した。

火を強めると有効成分が壊れるため、風だけを通す。

レイヴンは葉を三つに分けて抽出試験を行い、翌朝までに使える条件を決めた。

作業員の一人が言った。

「隣国の人間を助けて、王国に何の得があるんです」

レイヴンは彼を叱らなかった。

給金と食料を心配するのは当然だった。

「得があるかは、後から考えよう。向こうの子供が苦しんでいることは、今わかっている」

その日の夕方、女王の使者は工場の食堂で温かいスープを受け取った。

彼は器を握ったまま、国境で待つ妹の話をした。

妹は町の診療所で働いている。

すでに三晩、帰宅していないという。

輸送隊が出発する前、現地から二通目の報告が届いた。

避難所の患者は増え、薬を受け取る順番を巡って争いが起きていた。

レイヴンは箱に番号を付ける手を止めた。

「薬だけ先に届けば、誰に渡すかで人が傷つく」

マリシアは重症者の優先基準を書き、現地医師が異議を申し立てられる欄を設けた。

ゴルバは雪道で割れない箱を試し、一箱をわざと石段から落とした。

瓶は無事だったが封印が剥がれた。

作り直しだ。

伝令が焦る中、リーナが封印紐の結び方を提案した。

ようやく出発した馬車を見送り、レイヴンは女王へ『到着時刻は保証できません。

遅れたら必ず知らせます』と書き添えた。

返書の末尾には、レイヴンが自分で一文を足した。

『薬を届けるだけでなく、原因も調べたいと考えています』

リーナの病を生んだ井戸の記憶が、彼の中に残っていた。

救うことと、同じ病を繰り返さないこと。

その二つを離して考えるつもりはなかった。

女王から届いた二通目の手紙には、患者数の推移が細かく記されていた。

レイヴンは数字の裏にいる人々を思いながら、必要な薬の種類を分けて準備した。

出発の日、工場の門には見送りの人々が集まった。

誰かが『必ず戻ってきて』と言うと、レイヴンは『戻ります。

今度は隣国の医師と一緒に』と答えた。

救援を一度きりの奇跡にしたくない。

その願いは、積み上げられた薬箱の数よりも大きかった。

王宮への報告は難航した。

国外へ大量の薬を出せば、国内価格が上がると財務官は反対した。

王女エレオノーラは席を立ち、レイヴンが持参した一覧を見せた。

どの病院へ何本を残し、何本を追加製造するか。

数は一つずつ検算されていた。

「これは寄付の気分で決めた数字ではありません」

と王女は言った。

「国内の治療を守りながら、隣国へ届ける計画です」

国王は長く黙った後、国境通行の許可状を発行した。

王国軍による護衛はつけない。

軍隊の入国は隣国に不安を与えるからだ。

代わりに両国の民間輸送組合が協力する。

帰り道、レイヴンは王女から小さな紙を渡された。

王女が病床で書いていた、やりたいことの一覧だった。

その一番上に『庭を歩く』とある。

今では彼女は自分の足で階段を下りる。

「次は、あちらの誰かの番です」

と王女は笑った。

ルーメリアから届いた患者名簿には、薬の必要数だけでなく、輸送路で亡くなった人の名もあった。

最短の峠道は雪で塞がれ、迂回すれば三日遅れる。

レイヴンは荷を二隊に分けた。

先行隊は医師と少量の薬を携えて徒歩で峠を越え、後続隊は保温箱を載せた馬車で安全な道を進む。

千本を約束するだけでは救えない命がある。

最初の一本を誰に、いつ届けるかまでが救援だった。

伝令の騎士は地図の雪道に指を置いた。

「この峠で、薬を運ぶ兵が二人倒れました」

レイヴンは完成瓶を箱へ詰める手を止めた。

「千本あっても届かなければゼロだ」

ゴルバは小分けの輸送箱を作り、マリシアは凍結時の投与確認表を書いた。

騎士は二人の名前を記録に残し、出発の合図を待った。

女王への返書を封じる直前、マリシアは千本の配分表を差し出した。

王都の患者にも待機者がいる。

「誰を後回しにするか、隠さず決めましょう」

レイヴンは両国の医師に優先順位の協議を求める一文を加えた。

救援は善意だけでは続かない。

深夜、レイヴンは最初の工房だった廃屋を訪れた。

今は診療所の倉庫として使われている。

棚の奥に、最初のエリクサーを作ったひび割れた器が残っていた。

あの頃は一本作るためにすべてを使い果たし、目の前の患者を一人救えるかどうかで必死だった。

今は何百本もの薬がある。

それでも、必要とする人の数はもっと多い。

リーナが戸口から顔を出した。

「先生、眠れないの?」

「少し考え事をしていた」

「私が倒れたとき、隣の国の人だったら助けなかった?」

レイヴンは首を振った。

少女は当然という顔で言った。

「じゃあ、答えは決まってるね」

翌朝、彼は女王への返書を書いた。

『千本を届けます。

ただし治療方法の情報を共有し、現地の医師と共に使わせてください』

薬だけ渡しても、患者の命は守り切れない。

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