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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第四十話 王国の医療制度が変わり始めた

王宮の会議室で、国王グランツは分厚い報告書を閉じた。

診療所の前には、新しい規則を知らずに高額の寄付金を握り締めてきた老人がいた。

マリシアは硬貨を返し、治療を受けるための手続きを説明した。

制度が変わっても、人々がそれを信じられるようになるには時間がかかる。

レイヴンは窓口の案内を、字を読めない人にも伝わるよう描き直した。

新制度の説明を聞いた老人は、無料という言葉を信じなかった。

かつて窓口で追い返された経験がある。

マリシアは彼を椅子に座らせ、診察が終わるまで隣にいた。

制度が変わった証拠は王宮の署名ではなく、老人が二度と入口で立ち尽くさずに済むことだった。

「エリクサーを公費で購入し、重症患者へ配る。理屈は分かる。だが国庫には限りがある」

財務官が慎重に答える。

「だからこそ、対象と費用を明確にすべきです。すべての病にエリクサーを使う必要はありません」

会議に招かれたマリシアは、通常の治療で回復できる症例と、エリクサーが必要な症例を分けた資料を示した。

レイヴンも続ける。

「薬を大量に買うだけでは制度になりません。診断できる医師、保管できる施設、患者を運ぶ道が必要です」

医療改革の会議で、村の助産師だけが発言をためらっていた。

マリシアが席を譲ると、助産師は夜間の搬送ができない村の名前を挙げた。

制度の地図に最初の赤い印が付いた。

工場の門に立った母親は、安くなった薬の値段を聞いても笑わなかった。

娘の熱は昨夜から上がり続けている。

レイヴンは祝賀会を後回しにし、最初の便がどの道を通るか自分で確かめた。

新制度の告知板を見た村医者が、レイヴンに詰め寄った。

「薬が届くと言うが、山道が雪で塞がれたらどうする」

レイヴンは答えを持っていなかった。

そこで村医者を配送会議に招き、冬の備蓄と巡回診療の仕組みを決めた。

制度が変わったという宣言より、冬を越せるという確信の方が人々には必要だった。

国王は地図を見た。

王都には病院が集中しているが、地方には診療所すらない村がある。

「まず十か所から始めよう」

王は決断した。

公的購入は試験制度として導入し、重症度と所得に応じた補助を設ける。

効果と費用は三か月ごとに公開する。

レイヴンはうなずいたが、一つだけ付け加えた。

「補助を受けるための書類が難しすぎれば、字の読めない人が取り残されます」

「ならば申請を手伝う窓口も作る」

国王は書記官に命じた。

最初の対象となったのは、山間の村だった。

冬の間、雪で道が閉ざされ、病人を王都へ運べない。

マリシアは現地の治療師と連携し、薬の保管方法と緊急時の連絡手順を教えた。

「エリクサーがあるから、何でも治ると思わないでください」

彼女は繰り返した。

「傷を清潔にすること、熱を測ること、水を飲ませること。基本の治療を忘れないで」

村の治療師は真剣にうなずいた。

一方、王宮では反対意見も強かった。

「貧民に高価な薬を与えれば、国庫が破綻する」

宰相ヴァルディスはそう主張した。

だが彼が提出した試算には、工場の原価低下が反映されていない。

国王は数字の出典を問いただし、再計算を命じる。

宰相は穏やかに頭を下げたが、その目は冷たかった。

「陛下。改革には慎重さが必要です」

「慎重さと、何もしないことは違う」

王は答えた。


数週間後、レイヴンは古い貧民街を訪れた。

かつてリーナを救った小さな診療所の隣に、新しい建物が建っている。

窓は大きく、清潔な水が引かれ、待合室には椅子が並んでいた。

「ここ、覚えてる?」

リーナが入り口を指さす。

「もちろん」

「私、あのとき怖かった。お母さんが泣いてて、先生も難しい顔をしてた。でも今は、ここに来ると安心する」

レイヴンは少女の横顔を見た。

彼女はもう、病床で息をするのも苦しかった子供ではない。

試験制度の初月、地方から届いた報告には喜ばしい数字だけでなく、困りごとも並んだ。

診療所に医師が足りない。

薬を保管する冷暗所がない。

補助申請に必要な身分証を持たない人がいる。

国王はそれを読み、

「制度を作れば終わりだと思っていた」

とつぶやいた。

マリシアは首を振る。

「制度は、使う人のところまで届いて初めて意味があります」

補助制度の最初の窓口では、読み書きのできない老人が申請書を前に立ち尽くしていた。

リーナが隣に座り、病院の受付へ付き添った。

制度ができても使えなければ救いにはならない。

レイヴンは窓口の書類を減らすよう、王女へ頼んだ。

リーナは診療所の待合室で、年下の少年に水を渡していた。

少年は怖がって母親の服を握りしめている。

「私もここで治してもらったの」

とリーナは言った。

「最初は怖かった。でも先生たちがずっとそばにいてくれた」

少年は少しだけ手を緩めた。

レイヴンは離れた場所からその姿を見つめ、薬瓶に入らないものが確かに受け継がれていると感じた。

王都へ戻る荷車の中で、レイヴンは工場の生産計画を読み直した。

百本の薬を作れるようになっても、王国のすべての患者に行き渡るわけではない。

必要な薬を必要な場所へ届けるためには、道路、教育、財政、情報がつながらなければならない。

彼は新しい帳面の表紙に『次の百本のために』と書いた。

隣国の女王からの親書は、まさにその翌日に届いた。

試験制度の対象にならなかった村から、抗議の手紙が届いた。

「なぜ隣村だけなのか」

国王は怒らず、担当官に説明を求めた。

道路と医療者の確保が理由だったが、その事情は住民に伝わっていなかった。

レイヴンは試験制度の選定基準と、次の拡大予定を公開するよう提案した。

選ばれなかった人々にも、いつ、何が必要なのかを知らせる責任がある。

マリシアは地方の治療師たちに、投与後の経過を同じ書式で記録するよう依頼した。

最初は面倒だと反発されたが、別の村で起きた副作用の兆候を早く見つけられたことで理解が広がった。

記録は誰かを監視するためではなく、遠くの患者を守るためにも役立つ。

レイヴンはその報告を読み、工場の品質管理と医療現場の観察が一本の線でつながったと感じた。

王都の新しい診療所には、昔の貧民街の地図が飾られていた。

汚染された井戸、狭い路地、病人を運べなかった階段。

今では水路が引き直され、荷車が通れる道もできている。

レイヴンは地図を見つめた。

エリクサーが一人の命を救い、その命が町を変える力になる。

彼の仕事は、ようやく次の段階へ進もうとしていた。

王女エレオノーラからも短い手紙が届いた。

『病床にいた頃、私は窓の外の人々の暮らしを知りませんでした。

今は自分の足で診療所を訪ね、声を聞いています』

レイヴンは手紙を読み、あの七日間を思い出した。

王女を救ったことが、王国の制度を動かす一歩になった。

けれど、まだ足りない。

国境の向こうにいる患者のことを思うと、彼の机に届いた隣国の親書は、次の扉を開く音のように感じられた。

新しい診療所の壁には、患者から寄せられた短い手紙が飾られていた。

『また畑に出られた』『娘の結婚式に出席できた』『熱が下がって学校へ戻った』

どれも英雄譚にはならない小さな出来事だ。

だがレイヴンは、一枚ずつ時間をかけて読んだ。

世界を変えるという言葉の中身は、こうした日常の積み重ねなのだと、ようやく分かり始めていた。

新しい診療所の前で、リーナはレイヴンに尋ねた。

「先生は、もう王宮に戻りたいと思わない?」

彼は少し考え、

「ここにいるほうが、ずっと忙しいからね」

と笑った。

少女も笑った。

王宮を追われた日には想像もできなかった日常が、そこにあった。

診療所の奥から、杖をついた石工が出てきた。

以前、治療を受けた男だ。

彼は娘の手を引いている。

「先生、今日は定期検診です。娘に叱られましてね、無理をするなと」

娘が得意げに笑った。

レイヴンは思わず微笑んだ。

医療制度という言葉は大きすぎて、時に実感が湧かない。

だがその中身は、こうして誰かが診察を受け、家族と帰れる日々なのだ。

夕方、マリシアから手紙が届いた。

最初の十か所の診療所で、治療を諦めていた患者が少しずつ受診を始めているという。

レイヴンはその報告を工場の掲示板に貼った。

作業員たちが仕事帰りに足を止め、静かに読んでいく。

「私たちの薬が、届いたんですね」

とミーナが言った。

「ああ。でも、まだ届かない場所もある」

レイヴンは王国の地図を見つめた。

国境の向こうにも、同じように治療を待つ人々がいる。


その夜、隣国から一通の親書が届いた。

封蝋には、女王イザベルの紋章が刻まれていた。

辺境の診療所から届いた手紙には、薬代が無料でも橋を渡る料金が払えないとあった。

レイヴンは制度の成功を祝う式典を欠席し、運送人と村ごとの配達日を決めた。

王都で法律が変わっても、患者の家の扉まで薬が届かなければ改革は終わらない。

辺境の診療所からは、別の知らせも届いた。

新制度を信じて患者が集まったのに、診察できる者が足りず、待合室で一晩を過ごした老人がいたという。

マリシアは

「無料と書けば治療になるわけじゃない」

と会議で言った。

レイヴンは増産計画の数字をいったん伏せ、診療所へ派遣できる指導員の数を数え直した。

薬瓶を増やすだけなら、かつての王宮と変わらない。

リーナは希望者の研修を三か月ごとに区切り、試験に落ちても学び直せる仕組みを提案した。

改革の成果は、公布した日ではなく、最後の患者が診てもらえた日に測ることになった。

改革の布告が出た翌週、辺境の診療所から苦情が届いた。

制度上は無料でも、薬を取りに行く馬車代が払えないという。

レイヴンは布告を破り捨てる代わりに、配送費の欄を増やした。

王都で完成した制度は、まだ辺境まで届いていなかった。

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