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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第三十七話 百人の患者が神殿の門を叩いた

大神殿の石段に、最初に現れたのは杖をついた老人だった。

続いて、腕に包帯を巻いた職人、子供の手を引く母親、治療を終えた元患者たちが集まる。

百人ほどになったところで、老人は門番に紙を差し出した。

神殿の門前で百人が待つあいだ、先頭の老人は何度も膝を折りかけた。

後ろの人々は押し合わず、順番を守るために互いの肩を支えた。

神官が門を閉めようとしたとき、誰かが叫んだのは抗議ではなく

「水をください」

だった。

その声を聞いたレイヴンは、まず診療の場を確保しようと動いた。

門前の列の後方で、神殿の若い治癒師が外套を脱いだ。

「私はまだ神を信じています。でも、あの子を見捨てる命令には従えません」

彼女が患者の手を取ると、門番は剣を抜きかけて止まった。

対立していたのは信仰と薬ではなく、命令と目の前の命だった。

「薬を禁じた理由を、教えてください」

紙には百人の名前が並んでいた。

怒鳴り声はなかった。

誰も石を投げなかった。

ただ、返事を求めていた。

門番は困り果て、上役を呼びに走った。

神殿の広間では、司祭たちが対策を協議していた。

「扇動者はレイヴンに決まっている」

神殿の門の前で、患者たちは互いの顔を見て立ち尽くした。

先頭の男は昨日まで神殿へ寄付を運んでいた。

「信じてきた場所を責めに来たんじゃない。ただ、娘を診てほしいんだ」

レイヴンは門を叩く手を止めなかったが、その言葉を聞いて声を荒らげるのをやめた。

救うべき相手は、門の向こうにもいた。

「逮捕すべきだ」

若い治癒師ユーノは、壁際で拳を握りしめていた。

門の外にいる老人は、彼が以前診ていた患者だった。

寄付金が足りず、治療を打ち切られた人でもある。

「患者の話を聞いてはいけないのですか」

彼が口を開くと、上級司祭がにらんだ。

「神殿の決定に疑問を挟むな」

「でも、命に関わります」

ユーノの声は震えた。

それでも引き下がらなかった。

レイヴンは集会を主催していなかった。

むしろ暴力沙汰にならないよう、マリシアと共に石段の端で救護所を開いていた。

「薬のことを聞いてほしいだけなんだ」

老人が言う。

「若い頃、神殿に救われたこともある。だからこそ、今の神殿が分からない」

レイヴンはうなずいた。

「誰かの信仰を奪いたいわけではありません。治療を受ける権利を守りたいだけです」

その言葉を聞いて、群衆の中にいた修道女が泣き出した。

彼女は神殿の診療所で、金のない患者を何度も断ってきたという。


やがて大扉が開き、司祭が姿を見せた。

「薬には危険な副作用がある。神殿は民を守っている」

「では、どの患者に、どんな副作用が起きたのですか」

マリシアが尋ねる。

司祭は答えず、神殿の権威を繰り返した。

そのとき、小さな足音がした。

人々の間を抜けて、以前は歩けなかった少年が石段を上がってきた。

両親が見守る中、一段ずつ、ゆっくりと。

「僕は、この薬で歩けるようになりました」

少年は息を切らしながら言った。

「怖い薬だって言われたけど、僕はまた学校に行けるんです」

誰も拍手しなかった。

しばらくの間、石段には少年の荒い呼吸だけが響いた。

門の前に立つ人々には、それぞれ違う理由があった。

自分が治ったことを伝えたい人、家族を治してほしい人、神殿を信じているからこそ説明を求める人。

レイヴンは誰にも同じ言葉を言わせなかった。

老人は杖をつき、若い母親は眠る子を抱き、石工はまだ痛む脚をかばいながら立った。

百人の声は一つではない。

それでも『命を守ってほしい』という願いだけは重なっていた。

ユーノは神殿の回廊で、上級司祭たちの会話を聞いた。

「証拠がなければ作ればよい」

その一言が胸に刺さった。

彼は神殿を嫌いになりたくなかった。

祈りによって救われた人々を知っていたし、自分も誰かを癒やしてきた。

だからこそ、嘘で患者を遠ざけることだけは受け入れられない。

彼は机に向かい、見た日付と文書の特徴を小さな紙に書き留めた。

集会が終わったあと、少年の父親がレイヴンに声を掛けた。

「あの子は、歩けるようになったら神殿の階段を上ると決めていたんです」

レイヴンは少年が上った石段を振り返った。

あの一歩には、薬の効果だけでなく、長い訓練と家族の支えが詰まっている。

誰かがそれを政治の道具にしてよいはずがない。


翌朝、マリシアのもとに届いたユーノの手紙は、その思いをさらに強くした。

翌朝、ユーノは神殿の書庫で副作用報告の原本を探した。

そこには、問題とされた患者がエリクサーを受け取っていない記録が残っていた。

彼は写しを取ろうとしたが、見張りの足音が近づき、手を止めた。

焦って証拠を失えば、何も証明できない。

彼は保管棚の番号と文書の日付だけを覚え、静かに書庫を出た。

勇気とは、無謀に飛び込むことではないと自分に言い聞かせた。

石段で歩いた少年は、その夜、足が痛いと泣いた。

母親は慌ててマリシアに相談したが、検査の結果は無理をした筋肉の疲労だった。

マリシアは休息と訓練の調整を勧める。

「良くなったからこそ、急ぎすぎないで」

少年は残念そうにうなずいた。

奇跡の薬を飲んでも、体を育て直すには時間がかかる。

それでも少年は、次の週にはまた一段上れると信じていた。

レイヴンは百人の署名が書かれた紙を見せてもらった。

そこには王都の職人だけでなく、村の農民、商人、修道女の名もあった。

彼は紙を丁寧に返した。

「これは私への支持ではなく、患者たち自身の声です」

老人はうなずいた。

「だから、誰にも奪わせない」

署名を集めた老人は、帰宅後に足の痛みで眠れなかった。

それでも翌朝、近所の人に

「行ってよかった」

と話した。

神殿がすぐに変わるとは思っていない。

ただ、門の前で名前を読み上げたとき、もう自分一人ではないと感じたのだ。

その話を聞いた若い母親は、次の説明会にも参加すると決めた。

小さな勇気は、石段を下りたあとも人から人へ伝わっていった。

神殿の石段を下りるとき、老人は杖を止めて振り返った。

「若い頃、ここで妻を助けてもらった。だから、ここを憎みたくない」

レイヴンは

「憎まなくていいと思います」

と答えた。

「変わってほしいと願うことは、憎むこととは違います」

老人は長く息を吐き、再び歩き始めた。

マリシアは少年の歩行訓練の記録を持って神殿を訪れた。

薬だけではなく、治療師の努力と家族の支えも成果につながっていると示すためだった。

彼女は門番に書類を託し、

「どうか患者のことを見てください」

と頼んだ。

門番は何も言わず、深く頭を下げた。

司祭はようやく口を開いた。

「個別の例では安全性は証明できない」

「その通りです」

とレイヴンは答えた。

「だから記録を集め、公開し、検査を続けています。神殿も同じ方法で検証してください」

予想外の返答に司祭は言葉を詰まらせた。

神殿の門を叩く列の最後尾で、足の悪い老人が倒れた。

前の者たちが順番を譲ろうとすると、老人は首を振る。

「先に、あの子を」

レイヴンは患者の重症度を確認し、列の順ではなく治療の緊急性で運ぶよう頼んだ。

門前の人々は初めて、同じ薬を待つ者同士で助け合った。


夕刻、神殿は正式な説明を後日に行うと約束した。

百人は静かに帰っていく。

だが、広間の奥では別の動きが始まっていた。

最高司祭ルシアンの側近が、分厚い書類を机に置く。

「これを副作用報告として公表します」

書類には、実際には投与されていない患者の名前が記されていた。

ユーノは廊下からその一部を見てしまう。

震える指で、彼は紙の端に書かれた日付を覚えた。

翌朝、彼はマリシアに会う決心をする。

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