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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第三十五話 エリクサーの価格が十分の一になった

マリシアが会計帳を持って工房へ入ってきたとき、レイヴンは新しい触媒回収装置を眺めていた。

価格を十分の一にする案に、工房の会計係は反対した。

次の設備修理費が残らないかもしれない。

レイヴンは値下げを急がず、原料の契約と検査費用を一項目ずつ確かめた。

安い薬を一度売るより、来月も同じ値段で届けることの方が難しいと、誰もが分かっていた。

値下げを聞いた検査員は喜ばなかった。

「修理費を削れば、いつか誰かが不良品を飲みます」

レイヴンは価格表の隣に修繕積立金を明記させた。

今月救える人数を少し減らしてでも、来月の患者を危険にさらさない。

安くすることと、安易に作ることは違った。

「原価が下がりました」

「どのくらい?」

「材料費と製造費を合わせて、標準品一本あたり金貨十枚です」

以前は一本作るだけで金貨百枚が必要だった。

レイヴンは喜びかけ、帳面の別の欄に目を留めた。

建設費の返済、職人の給金、設備の交換費、運送費。

十枚はあくまで製造原価で、販売価格ではない。

「安くできるからといって、工房を潰したら元も子もない」

値下げを告げると、古くからの薬師が

「うちの店は潰れる」

と言った。

レイヴンは販売契約を押しつけず、検査技術を教える共同講習を提案した。

安い薬が届く未来に、地元の薬師がいなくなる必要はない。

作業場で不満を口にした職人を、ゴルバは叱らなかった。

「何が怖い」

と尋ねると、職人は

「自分の失敗で患者が死ぬことです」

と答えた。

ゴルバは検査を二人一組に変え、責任を一人に背負わせない仕組みを提案した。

値下げを聞いた薬売りの老婆が、店先でうつむいた。

「うちの薬が売れなくなる」

レイヴンは反論できなかった。

安い薬は患者を救うが、町で薬を運んできた人の暮らしも変える。

彼は老婆に品質確認と配送の仕事を頼んだ。

「今まで届けてきた道を、これからも使わせてください」

老婆はようやく値札を見上げた。

マリシアはうなずいた。

「それでも、今までの十分の一です。誰にどう届けるかを決めましょう」

最初に相談に来たのは、石工の男だった。

落石事故で傷めた脚が悪化し、仕事を続けられなくなっている。

「昔は金貨千枚と言われた。家を売っても足りなかった」

男は震える手で貯金袋を置いた。

「これで、足りますか」

レイヴンは袋を開かず、診療所で検査を受けるよう勧めた。

エリクサーが必要かどうかは、症状を確かめてから決める。

マリシアの診察で、男には通常の治療とリハビリに加え、標準品が有効だと判断された。

公的補助と工房の低所得者向け基金を組み合わせれば、家を売らずに済む。

「歩けるようになりますか」

「約束できるのは、治療を尽くすことです。でも可能性は十分あります」

男は深く頭を下げた。

値下げの発表を聞いた商人たちは騒然となった。

「市場を壊す気か!」

大商会の代表が抗議に来る。

「今まで一本金貨千枚で売れていたものを、そんな値で出されたら困る」

「困るのは誰ですか」

レイヴンが尋ねると、商人は口を閉ざした。

ただしレイヴンも、商人をすべて敵に回すつもりはなかった。

正規の販売店には保管条件と価格上限を守る契約を提示し、輸送と在庫管理の対価を支払う。

高額転売だけを防ぐ仕組みだった。

「薬は作るだけでは届かない。運ぶ人にも、正当な仕事が必要だ」

一方、工場の作業員から不安の声が上がった。

「価格を下げたら、私たちの給金も下がるんですか」

ミーナの問いに、レイヴンは首を振る。

「下げない。効率が上がったのは、君たちが仕事を覚えたからだ。利益を分けるべき相手は、ここで働く人たちでもある」

彼は設備更新費を積み立てたうえで、一定額を賃金改善と研修費に回すと約束した。

ゴルバが腕を組む。

「安い薬を作るために、作る人間を貧しくするなら本末転倒だ」

「その通りだ」

価格を下げる発表の前、会計係は原価表の一項目を指した。

「壊れた装置の修理費が入っていません」

レイヴンは値下げ幅を見直し、予備部品の積立金を残した。

安く売るために工場が止まれば、次の患者が困る。

職人の賃金も削らない。

それが彼の決めた条件だった。

価格表を作るとき、レイヴンは『金貨十枚』と大きく書くのをやめた。

それは製造原価であり、患者が支払う額ではない。

販売店ごとの輸送費や検査費を含めた標準価格を別に定め、補助制度を利用した場合の負担額も並べて示した。

「安いとだけ言えば、後で騙されたと思う人が出る」

マリシアはその説明を診療所の壁に貼った。

価格の透明さも、薬への信頼の一部だった。

地方の小さな薬屋から手紙が届いた。

大商会の値下げに押されて店を畳むしかないと思っていたが、正規の販売店になれるなら続けたいという。

レイヴンは保管設備の貸与と研修を提案した。

薬を届ける人々を敵に回せば、遠い村の患者は取り残される。


翌月、薬屋の主人は初めて品質証明付きの瓶を棚に並べ、誇らしげに店の戸を開けた。

石工の娘が持ってきた木彫りの鳥には、片方の翼が少し短かった。

「父さんがまだ上手に手を動かせないから」

と少女は言った。

レイヴンは鳥を眺め、完全に治すという言葉の重さを考えた。

エリクサーが傷を癒やしても、失った時間や仕事の勘まで戻せるわけではない。

だからこそ治療後の訓練と暮らしの支援が必要なのだ。

彼はマリシアに、回復期の患者が通える訓練室の設置を相談した。

値下げの翌週、診療所の待合室は以前の倍の人数になった。

マリシアは患者を一人ずつ診察し、全員にエリクサーを勧めることはしなかった。

軽い傷なら洗浄と包帯で十分な場合もある。

患者の一人は不満そうに

「安くなったのだから、飲ませてくれ」

と言った。

マリシアは丁寧に説明した。

「必要のない薬を使うより、あなたに合った治療をしたいのです」

その姿を見て、レイヴンは薬の売上を目標にしないと改めて決めた。

工場の会計係は、価格を下げた後の利益を毎週報告した。

患者は増えたが、収入の変動も大きい。

レイヴンは設備修繕費と緊急備蓄費を先に確保するよう指示した。

「今月だけ安くして、来月売れなくなれば、結局患者が困る」

マリシアも賛成し、基金の支出基準を公開した。

誰にいくら使ったか、個人情報を守りながら説明できるようにするためだ。

石工の男は訓練室で、重い石を持つ代わりに軽い木片を積む練習をしていた。

娘が傍らで数を数える。

「十個できた!」

男は照れながら笑った。

以前なら当たり前だった動作が、今は一つずつ取り戻す目標になっている。

レイヴンはその光景を見て、治療とは薬を飲ませた瞬間だけで終わるものではないと、もう一度胸に刻んだ。

工房の前に新しい価格表が掲げられると、最初は誰も近づかなかった。

あまりに安く、偽物ではないかと疑ったのだ。

レイヴンは製造工程の一部を公開し、品質検査の結果を説明した。

見学に来た母親は、最後に尋ねた。

「こんな値段で、本当に続けられるのですか」

レイヴンは帳面を見せた。

「続けられる値段にしています。明日も、その次の日も作るためです」

母親はようやく笑顔になった。

値下げを祝う宴会で、ゴルバは高価な酒を買う代わりに、工場の全員へ温かい夕食を振る舞った。

「今日は十枚の薬の話だろ。なら、十人で一皿を分けるような真似はしたくねえ」

笑い声が起こった。

レイヴンは湯気の立つ皿を前に、安さとは数字の小ささだけではないと考えた。

作る人も使う人も、明日を安心して迎えられること。

それが本当の成果だった。

レイヴンは工場の利益が出た月に、まず壊れかけた屋根を修理した。

もっと華やかな設備を買う案もあったが、雨漏りで薬を駄目にしては意味がない。

ゴルバは修理を終えた屋根を見上げ、

「地味な仕事ほど、後で効いてくる」

と笑った。

レイヴンは同意した。


数週間後、石工の男が杖をついて工房を訪ねてきた。

治療と訓練を続け、少しずつ歩ける距離が伸びているという。

「まだ昔みたいには働けない。でも、娘と市場まで行けた」

彼は小さな木彫りの鳥を差し出した。

「金はもう払った。これは礼だ」

レイヴンは鳥を受け取り、窓辺に置いた。

十枚という数字だけなら、帳面の上の成果にすぎない。

だが、その数字が誰かの家を守り、家族との時間を取り戻した。

値下げを告げる掲示の前で、農家の代表が眉をひそめた。

「薬が安くなるのはいい。だが薬草の買い取りまで下がるなら畑は続かない」

レイヴンはその場で契約書を開き、最低買い取り価格を残すと明言した。

値札だけでは測れない費用を、初めて皆の前に置いた。

夜、マリシアが次の計算書を持ってきた。

「値下げで患者が増えました。今の生産量では、すぐ足りなくなります」

レイヴンは笑った。

「なら、次はもっと作ろう」

窓辺の木彫りの鳥が、工房の灯りを受けて小さな影を落としていた。

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