↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/130

第三十四話 薬草農園を十倍に拡大せよ

最初の説明会では反発が起きた。

「去年も商人に騙された。高く買うと言って、収穫した途端に値を下げられた」

白髪の農夫が立ち上がる。

「契約書を作る。価格は収穫前に決め、収穫が悪くても最低額を保証する」

「字が読めない者はどうする」

「村の代表と、別の村の立会人にも確認してもらう。口頭でも読み上げる」

レイヴンは一度で信じてもらおうとしなかった。


翌日も、その翌日も村へ通い、実験畑を見せた。

農園の拡張図を見た農家の長は、赤い線の先を指した。

「そこは村の冬麦だ」

エルナは拡張を一日止め、代替地を歩いて探した。

十倍という目標が、村の食卓を十分の一にしてはならなかった。

農園の拡張地に杭を打つと、羊飼いが道を塞いだ。

「ここは毎年、群れを通す道だ」

エルナは地図に細い線を書き足した。

薬草を増やす計画が、村の暮らしを削る計画になってはならない。

農園は道を残して広げることになった。

工場の生産が安定すると、今度は倉庫の棚が空になり始めた。

エルナが持ってきた一覧には、赤い印がいくつも並んでいる。

「このまま十本ずつ作れば、三週間で主要な薬草が尽きるわ」

「市場から買えないのか」

「買える。でも値上がりする。王都の薬屋から材料を奪えば、ほかの患者が困る」

レイヴンは地図を広げた。

工房の北には痩せた畑、南には放棄された牧草地がある。

土地を買い集めるだけでは、元の農民の暮らしを壊しかねない。

「農民を雇うんじゃない。農民と契約する」

彼は収穫物の買い取り価格を事前に決め、種子と灌漑設備を工房が負担する仕組みを提案した。

水路工事はさらに難しかった。

上流の村が水を取られると疑い、鍬を持って集まってきたのだ。

「下流の工場のために、うちの田畑を枯らすつもりか!」

レイヴンは水路を止め、上流の村長と一緒に流量を測った。

雨の少ない月には取水量を制限し、ため池を共同で管理することにする。

「工場だけが豊かになっても意味がない」

村長はしばらく黙っていたが、最後に鍬を下ろした。

「水の番を、うちの若い者にも教えてくれ」

「もちろんだ」

農園の境界に立った農民たちは、レイヴンの計画書を見て怒った。

「薬草を十倍にするために、俺たちの麦畑を潰すのか」

畑を貸す契約書には領主の印があったが、そこを耕してきた家族の名前はなかった。

エルナは土の測定器を閉じた。

数値が良くても、人が納得しなければ農園は育たない。

三つ目の村の集会では、白髪の農夫が契約書を引き裂いた。

「うちの娘は食べる麦を育てたい。薬草を植えろと言われても、腹は膨れん」

若い農夫たちが工房との契約を望み、親子の言い争いになった。

レイヴンは反論せず、裂かれた紙を拾った。

「麦畑は残します。薬草は休耕地から始める。収益が出たら、食糧用の井戸も一緒に直す」

娘が初めて口を開いた。

「約束は紙だけじゃなく、収穫の日に確かめます」

その言葉を受け、村は毎月の公開計量と共同会計を条件に参加した。

拡大計画は一月遅れたが、農夫たちは誰の土地を守るための農園かを理解した。

畑を十倍に広げる図面を前に、エルナは一本の赤線を引いた。

「ここを耕すと下流の村の水がなくなる」

農民たちは頷かなかった。

レイヴンは水路を測り直し、拡張面積を一時的に減らした。


翌月、雨水を貯める池が完成すると、下流の村にも水が戻った。

農園の拡大で仕事を得た一家が、工房へ焼きたてのパンを持ってきた。

「去年は子供を町へ奉公に出すしかないと思っていました」

母親の声は小さかった。

レイヴンはパンを受け取り、農園の契約書を見直した。

働けなくなった時期にすべてを失わないよう、共同の備蓄と救済基金を設ける。

エルナは

「薬草を育てる人を守らなければ、薬草も続かない」

と言った。

村長の娘は、薬草畑の境界に麦の種を撒いた。

「この畑を全部薬草にしたら、来年のパンは誰が作るの」

レイヴンは答えられなかった。

契約上は買える土地でも、村の冬を支える土地だったからだ。

彼は買収予定の印を消し、食糧畑を残す区画に書き換えた。

工場長が生産目標の未達を訴えると、エルナが言った。

「食べる人がいなくなったら、薬は誰を救うの」

翌月、薬草を植えたのは予定より狭い土地だったが、村人が輪作と水路管理を引き受けた。

畑を守ると約束したことで、農園には土地だけでは得られない協力が集まった。

ある雨の日、畑の端が崩れ、水路に土砂が流れ込んだ。

村人は泥だらけになって土嚢を積み、ゴルバは排水口の構造を改めた。

レイヴンは魔法で土を固めようとしたが、エルナに止められた。

「根本の水の流れを直さないと、また崩れる」

彼は苦笑し、鍬を取った。

万能の錬金術より、地面を知る人の経験が役に立つ場面もある。

農園の作業を始めてから、エルナは毎朝、露のついた葉を見て回った。

病気の兆候を早く見つけるためだ。

ある日、葉の裏に小さな斑点を発見する。

放っておけば畑全体へ広がる可能性があった。

彼女は感染した株を隔離し、風通しを改善した。

農民たちは収穫を減らすことに抵抗したが、数週間後、被害が広がらなかったことで判断を理解した。

村の子供たちも農園に興味を持ち、学校帰りに畑をのぞきに来るようになった。

エルナは小さな試験区を用意し、土の違いによって芽の伸び方が変わる様子を見せた。

「魔法をかけなくても、育て方で変わるんだ」

子供の一人が目を輝かせた。

レイヴンはその言葉にうなずいた。

農業の知識が村に残れば、工房がなくなっても畑は続いていく。

収穫の終わりに、農夫たちは共同の倉庫を建てることを決めた。

誰かの畑が不作でも、すべてを失わないようにするためだった。

レイヴンは木材と設計を支援したが、倉庫の管理は村の代表に任せた。

「私たちの薬草を、私たちで守る」

農夫のその言葉は、彼が最初に望んでいた答えだった。

最初の苗を植えた日、農民の長は鍬を持って現れた。

「薬を待つ娘がいる。だが、孫に食わせる麦も要る」

レイヴンは鍬を受け取り、隣の畝に立った。

「両方守る方法を、ここで作りましょう」

農園の拡張面積は当初計画より小さくなった。

それでも村人たちは、自分の土地として新しい畑に水を引いた。

村の長老は、若い頃に飢饉を経験していた。

収穫が少ない年、種まで食べてしまい、翌年の畑が空になったという。

「薬草でも同じことが起きる」

と彼は言った。

エルナは種子用の畑を別に設け、収穫物をすべて工房へ売らないよう契約を変えた。

農民たちは驚いたが、長老は深くうなずいた。

「今年の儲けより、来年の芽だ」

その言葉は農園の合言葉になった。

農民たちは収穫祭の夜、レイヴンとエルナを焚き火の輪に招いた。

エルナは土で汚れた手を見て

「研究室にいた頃より、ずっと難しい仕事をしている」

と笑った。

レイヴンは頷いた。

研究室の試験管なら条件を揃えられる。

しかし畑には雨が降り、風が吹き、人の暮らしがある。

その不確かさと向き合うことこそ、今の彼らの研究だった。

畑の片隅には、収穫できなかった株も残された。

エルナはそれを抜かず、病気や土の状態を調べる教材にした。

子供たちは元気な株との違いを探し、農夫たちは来年の植え方を話し合う。

失敗を隠さず、次の収穫につなげる。

その考え方は工場でも農園でも同じだった。

最初の収穫の日、農夫たちは畑にしゃがみ込み、薬草の葉を指で確かめた。

エルナが濃度を調べると、昨年より安定している。

レイヴンは契約どおりの金額を、その場で支払った。

白髪の農夫が硬貨を数える。

「本当に、値を下げないんだな」

「約束したから」

「じゃあ来年は、隣の畑も使おう」

それが農園拡大の最初の一歩になった。


数か月後、丘から緑の帯が見えた。

農園は十倍に広がり、数百人の仕事が生まれた。

エルナは笑顔を見せたが、すぐに真顔に戻った。

説明会の終わり、農夫は契約書を机に置いた。

「去年も同じ約束を聞いた」

レイヴンは自分の署名だけでなく、買い取り代金の一部を村の共同金庫へ先に預けた。

「言葉だけでは信用できません。収穫が悪くても、ここから支払います」

農夫はようやく鍬を持ち上げた。

「なら、最初の畝は俺が作る」

「収穫は増えた。でも保存が追いつかない。雨季に腐らせたら、何の意味もないわ」

レイヴンは次の図面を開いた。

乾燥小屋、保管庫、運搬路。

畑を広げるだけでは薬は増えない。

そのことを、彼らはまた一つ学んだ。

畑の境界に赤い杭が打たれた朝、農民の老人が鍬を地面に突き立てた。

「ここは麦を植える場所だ。病人を救うために、うちの孫を飢えさせるのか」

若い農民は薬草の契約金を欲しがり、二人は人前で言い争った。

レイヴンは買収の書類を畳んだ。


その晩、老人の家で出された夕食は薄い麦粥だった。

レイヴンは薬草を増やす計算に、食卓から消える麦を入れていなかったと悟る。

翌朝、彼は赤い杭を抜き、食糧畑を契約の対象外にした。

放棄地の土壌改良と共同水路に工房の資金を回し、農民が作物を選べる条項も加えた。

若い農民は

「これじゃ薬草が足りない」

と食い下がった。

老人が代わりに答えた。

「麦が実れば、俺たちは来年もここで働ける」

最初の収穫祭で、二人は同じ荷車を押した。

レイヴンは薬草の袋の隣に積まれた麦を見て、これが本当の増産だと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。