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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第二十四話 王女の心臓が止まった夜

最終精製の針が、予定よりわずかに遅れて動いた。

レイヴンは目盛りを見つめた。

高純度エリクサーの完成まで、あと四十分。

王女の病室から届く報告は、どれも悪化を示していた。

「脈拍、さらに低下」

「意識、反応なし」

「体温が下がっています」

伝令の声を聞くたび、ゴルバの拳が固くなる。

エルナは薬草を握りつぶしそうになり、慌てて指を開いた。

「俺が病室へ行く」

レイヴンは言った。

「ここは?」

「ゴルバ、温度を一定に。エルナ、触媒を規定量だけ加えてくれ。

装置の最終停止は、俺が戻ってからだ」

廊下を走る間、レイヴンは七日前の王女の声を思い出していた。

庭の白い花を見たい。

その願いは、どんな王命よりも彼を急がせた。

病室ではマリシアが王女の胸に手を当て、医師長が呼吸を補助していた。

「レイヴン!」

「状況は」

「心拍が極端に弱い。通常の回復薬では持ち直せません」

レイヴンは観察結晶をかざした。

黒い粒子が心臓の周囲に密集し、魔力の流れを塞いでいる。

高純度エリクサーを急いで入れれば、組織を修復できるかもしれない。

だが原因を取り除かずに大量投与すれば、循環が乱れる危険がある。

「マリシア、低濃度の中和液を先に。医師長は呼吸を支えてください」

国王が寝台の足元に立っていた。

「娘は助かるのか」

レイヴンは目を逸らさなかった。

「助けるために、今できることをします」

中和液を少量投与すると、黒い粒子の密集がわずかに緩んだ。

だが王女の脈は戻らない。

医師長が叫んだ。

「心拍停止!」

王女の病室を出ると、廊下の長椅子に侍女たちが並んでいた。

誰も帰ろうとしない。

七年間、食事を運び、夜中の熱に付き添い、花の咲く季節を教えてきた人々だ。

レイヴンが

「心拍が戻りました」

と告げると、一人が顔を覆い、もう一人は隣の手を握った。

「まだ治療は続きます。今夜も見守りが必要です」

侍女長は涙を拭いて立ち上がった。

「いつもどおり、交代を組みます」

その言葉にレイヴンは頭を下げた。

奇跡のような瞬間を支えているのは、奇跡ではない日々の仕事なのだ。

国王が寝台へ駆け寄ろうとしたが、衛兵に支えられた。

マリシアは直ちに蘇生処置を始める。

レイヴンは補助魔法で循環を支え、観察結晶で反応を追った。

「まだ間に合う」

それは誰に向けた言葉でもなかった。

「高純度品が必要です!」

レイヴンは伝令に合図を送り、研究室へ走った。

階段を駆け上がると、ゴルバが釜の前で待っていた。

「完成まで、あと少しだ」

「安全確認は?」

「圧力、温度、魔力周期、全部記録した。お前の確認だけだ」

レイヴンは針を見た。

規定範囲内。

薬液の色は均一。

観察結晶に映る光の流れも乱れていない。

王女の心拍が戻ったあと、マリシアは医師長に経過表を渡した。

投与した薬の量、時刻、呼吸の変化。

すべてをその場で記録する。

「もし次に同じ病の人が現れたら、この記録が役に立ちます」

と彼女は言った。

医師長は震える手で署名した。

彼は王女の治療を自分の功績にしたかったわけではない。

ただ、長い間できなかったことが、目の前で起きた。

その事実を誰かに伝えられる形で残したかった。

「取り出す」

ゴルバが弁を開き、エルナが滅菌した瓶を差し出した。

黄金色に白い光を含む液体が、細い管を通って瓶を満たしていく。

レイヴンは検査用に一滴だけ取り、反応を確かめた。

異常なし。

「行くぞ」

病室へ戻ると、マリシアの額に汗が浮かんでいた。

医師長は呼吸補助を続けている。

「まだ戻っていません」

レイヴンは高純度エリクサーを、決めていた量だけ投与した。

薬液が体内に巡るにつれ、傷んだ組織に淡い光が灯る。

だが、心拍は戻らない。

「もう一度、中和液を」

心拍が戻ってから二時間、レイヴンは王女のそばを離れなかった。

薬が効いていることと、治療が終わったことは違う。

体内の黒い粒子が少しずつ減っているのを確かめながら、マリシアと交代で脈を取った。

医師長は

「眠ってください」

と勧めたが、レイヴンは首を振った。

するとマリシアが椅子を押しつけてきた。

「座るだけでもいいから。あなたが倒れたら困る」

レイヴンはようやく腰を下ろした。

手の震えに気づいたのは、そのときだった。

怖くなかったわけではない。

怖さを感じる暇がなかっただけだ。

朝日が差し込む頃、国王は医師長に尋ねた。

「なぜ、これまで同じことができなかったのだ」

医師長は答えに迷った末、

「私たちは、病気の原因を知ろうとしていませんでした。

進行を遅らせることばかり考えていた」

と言った。

レイヴンは首を横に振った。

「皆さんの記録がなければ、原因を探す時間も足りませんでした」

国王は二人を見つめた。

責任を押しつけ合うのではなく、足りなかった知識をつなぎ合わせる。

王宮で長く見られなかった光景だった。

マリシアが頷く。

黒い粒子の輪がゆっくりほどけ、心臓の周囲に通り道ができた。

医師長が蘇生処置を続ける。

一度。

二度。

三度。

「……脈があります!」

誰かが息を呑んだ。

医師長が確かめる。

「弱いが、戻った。

呼吸も回復し始めている」

国王は寝台のそばに崩れ落ちた。

声を出さず、娘の手を握っている。

レイヴンはすぐには喜べなかった。

観察結晶には、まだ少量の黒い粒子が残っている。

治療は始まったばかりだ。

「今夜は、全員で経過を見ます。薬を追加するかどうかは、数値と状態で判断します」

医師長が頷いた。

「分かった。私の部下も交代でつける」

夜明け前、王女がかすかに目を開けた。

「……うるさい」

医師長が思わず笑い、マリシアが泣いた。

国王は娘の手を握ったまま、何度も頷いていた。

「父上……花は?」

「咲いている。まだ、咲いているよ」

王女は目を閉じた。

今度は危険な意識消失ではなく、治療後の深い眠りだった。

レイヴンは窓の外を見た。

白い花が、夜明けの光に揺れている。

約束は、まだ果たしていない。

彼女が自分の足で庭へ出る日まで、治療は続く。

王女の枕元には、マリシアが新しい観察表を置いた。

誰が見ても次の処置が分かるように、数字と時刻を大きく書く。

レイヴンはその表を確かめ、ようやく肩の力を抜いた。

夜明けの光が静かに病室を満たしていった。

それでも、すべてが終わったわけではない。

今日確かめたことを明日の仕事へつなぎ、まだ届いていない声に耳を澄ます。

その積み重ねが、誰かの命を守る力になる。

レイヴンは記録を閉じ、次に必要な道具を静かに整えた。

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