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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第二十二話 王宮の地下に隠された禁断の研究

七年前の記録を探すには、王宮の表の書庫だけでは足りなかった。

レイヴンが提出を求めた水質報告書は、三冊のうち一冊だけが欠けていた。

保管係は

「移送中に紛失した」

と説明したが、移送先の欄には何も書かれていない。

地下研究室の封印を解くと、失敗した治療記録が床まで積まれていた。

レイヴンは成功例を探す手を止め、亡くなった患者の名前を読み始めた。

誰が何を試したかを知らずに、同じ犠牲を繰り返すことはできない。

地下への鉄扉には、王女が七年前に発症した日の記録が封じられていた。

衛兵は

「開けば王命違反」

と告げる。

レイヴンは鍵穴に手を伸ばさなかった。

「私一人の疑いで封印を破れば、王女の治療記録まで証拠能力を失う」

彼は同行した医師長に、王女の容体と地下研究の関係を正式に証言してほしいと頼んだ。

医師長は震える手で診療簿を開いた。

発症日と地下施設の稼働日が一致している。

「私も七年間、見ないふりをした」

署名が二つ揃うと、衛兵は規定に従って封印を解いた。

扉の向こうにあったのは薬の秘密ではない。

失敗した実験の被験者番号と、消された患者たちの名だった。

地下研究室の壁に、王女の発症前に書かれた注意書きが残っていた。

『排水を止めるまで、井戸水を飲ませるな』

その下には、注意を出した研究員の署名と、命令を取り消した上官の印が重ねられていた。

医師長は印に見覚えがあった。

七年前、彼自身が会議で見たものだ。

「止められたかもしれない」

レイヴンは彼を責める言葉を飲み込んだ。

「今、止められる排水がある」

封鎖を命じる衛兵に、井戸の利用者名簿を渡す。

秘密を暴くことが目的ではない。

次の患者を生まないために、隠された失敗を地上へ運ぶのだ。

地下書庫から持ち出す前に、レイヴンは証拠の写しを二通作らせた。

一通は王女の主治医へ、もう一通は王宮の監査官へ。

自分が拘束されても記録が消えないようにするためだった。

扉の外で待つリーナが

「怖くないの」

と尋ねる。

彼は答えた。

「怖いよ。だから一人の記憶だけに頼らない」

封印の向こうで誰かが犯した失敗を、今度こそ誰にも隠させない。

「王宮の書類は、紛失したら必ず事故報告を作るはずです」

マリシアが指摘すると、保管係は唇を結んだ。

国王の署名入り調査許可状を見せて初めて、彼は声を落とした。

「地下の旧研究区画に運ばれたと聞きました。でも、あそこは十年以上前に閉鎖されたはずで……」

王宮の地下には、厨房より古い通路があった。

石壁は湿り、灯りの魔石はところどころ消えている。

案内役の衛兵が、錆びた扉の前で立ち止まった。

「ここから先は宰相府の管理です」

「国王陛下の許可があります」

「承知しています。

ただ、鍵がありません」

ゴルバが扉を見て、鼻を鳴らした。

「鍵穴は古いが、蝶番は新しい。閉鎖した場所を、最近誰かが使っているな」

彼は破壊せずに蝶番の固定を外した。

重い扉が開くと、冷たい空気と金属の匂いが流れ出た。

地下室には、魔力を濃縮する巨大な円筒が並んでいた。

床には水路が刻まれ、壁際には割れた観察結晶が積まれている。

「この装置……」

レイヴンは中央の円筒に手を触れた。

魔力の流れが、王女の体内で見た黒い粒子の周期と一致している。

「濃縮に失敗した魔力が、排水に混じったんだ」

「でも、排水は王宮の外へ出るはずでは?」

マリシアの問いに、ゴルバが床の溝を追った。

「途中で水路が分かれている。片方は王宮の古い井戸、もう片方は市街地の地下水脈だ」

地下室を封鎖する作業は、その日のうちに始まった。

古い水路を閉じるだけでは、溜まった汚染水が別の場所へ流れ出すおそれがある。

ゴルバは水の流れを一つずつ確かめ、仮設の貯水槽を作るよう提案した。

レイヴンは水質を測り、危険な場所に赤い印をつけた。

衛兵の一人が

「こんな仕事まで錬金術師がするのですか」

と尋ねる。

レイヴンは手を止めずに答えた。

「薬を作っても、同じ水を飲めばまた病気になります」

衛兵はしばらく黙ってから、印のついた井戸へ注意書きを運んでいった。

誰かの仕事の境界線を越えなければ、守れない命がある。

リーナの病、貧民街の井戸、王女の症状。

別々だと思っていた出来事が、一つの水路でつながった。

書棚には研究日誌が残っていた。

表紙には『魔力濃縮試験・第七期』

最初のページには、装置の効率向上と王国の軍事力強化が記されている。

後半になると文字が乱れ始めた。

『試験水を飲んだ作業員に発熱』

『手足に紫色の変色』

『排水の停止を提案。

却下』

その次のページには赤い印が押されていた。

『機密指定。

報告禁止』

地下室の隅には、古い作業靴が一足残されていた。

靴底には赤い土がこびりついている。

ゴルバはそれを見て

「鉱山で使う靴だ」

と言った。

王宮の地下でなぜ鉱山用の靴が必要だったのか。

日誌には魔石の搬入記録もあったが、採掘地の名前だけが墨で消されている。

レイヴンは記録の写しを取り、封印した。

王女の治療が最優先だ。

それでも、この汚染が王宮だけの問題ではないという予感が消えなかった。

「作業員はどうなったの」

マリシアが尋ねる。

レイヴンは名簿を開いた。

治療済みの印がある者もいる。

しかし数名の名前は、退職の二文字で片づけられていた。

死亡記録も、追跡調査もない。

「分からない。だから調べる」

名簿の末尾に、承認者の署名があった。

宰相ヴァルディス。

ゴルバが低く言った。

「こいつは知っていたんだな」

「署名だけで、すべてを知っていたとは断定できない。だが、調査する責任はある」

レイヴンは日誌を持ち出す前に、ページ番号を確認し、衛兵に立ち会いを求めた。

証拠が消されれば、王女だけでなく被害者たちの声まで消えてしまう。

奥の机には、封筒が一通置かれていた。

封は破られていない。

差出人は当時の主任研究員、宛先は国王。

日付は七年前。

地上へ戻る前、レイヴンは地下室の排水溝から少量の水を採取した。

透明に見える水に観察結晶を近づけると、細かな黒い線が浮かんだ。

濃度は低い。

それでも長い年月、同じ水を飲み続ければ体内に蓄積する可能性がある。

「この水を外へ流し続けたら、病気は終わらない」

とレイヴンは言った。

ゴルバは水路の継ぎ目を調べ、閉鎖に必要な石材と弁の数を数えた。

衛兵はその場で工事隊を呼んだ。

研究室で見つけたことを、研究室の中だけで終わらせないためだった。

マリシアは作業員名簿を写しながら、ある名前に目を止めた。

七年前に退職した女性の住所が、貧民街の古い通りになっている。

「リーナの家の近くです」

レイヴンはその住所を控えた。

彼女が今どこで暮らしているかは分からない。

だが、王女の治療が落ち着いたら訪ねようと決めた。

王宮で病んだ人だけが患者ではない。

記録から消された人々にも、同じように暮らしがあったはずだ。

「届けられていない手紙だ」

レイヴンは衛兵の前で封を開けた。

中には、排水の危険性と試験停止を求める訴えが記されていた。

最後の行にはこうある。

『王女殿下にも症状が現れました。

どうか、この研究を止めてください』

マリシアが手で口を覆った。

国王は知らされなかったのか。

それとも、知らせを受けても何もしなかったのか。

まだ答えはない。

地下室を出ようとしたとき、ゴルバが壁の裏から小さな箱を見つけた。

中には透明な結晶片が三つ。

観察結晶にかざすと、黒い粒子が結晶の表面で薄くなる。

「これは……中和材かもしれない」

レイヴンは思わず身を乗り出した。

古い研究者たちは、危険を見つけただけでなく、止める方法も探していたのだ。


その夜、国王は日誌と手紙を読み終え、長く沈黙した。

「私は、何も知らなかった」

地下研究室の名簿を見た医師長は、最後の頁で手を止めた。

そこには死亡と記された患者の横に、退院したはずの子供の名があった。

「誰がこの記録を書き換えた?」

レイヴンは問いを口にする前に、頁を封印し、立会人全員の署名を求めた。

真相を暴くためには、怒りより先に証拠を守らなければならなかった。

黒い結晶の変化を見つめながら、レイヴンは古い実験記録の死亡欄を指で押さえた。

理論が正しくても、患者を失った過去は消えない。

彼は王宮の医師に試料の再検査を依頼し、研究室の扉に

「臨床使用禁止」

の札を掛けた。

「知らなかったことは調査で確かめられます」

レイヴンは答えた。

「ですが、今できることはあります。排水路を閉鎖し、周辺の井戸を調べてください」

国王は即座に命じた。

王宮の衛兵が動き、井戸の使用停止が伝えられる。

レイヴンは持ち帰った結晶片を机に置いた。

七年前の失敗が、七年後の治療の手がかりになる。

皮肉な話だった。

彼は夜明けまで結晶の表面を観察した。

黒い粒子が消えるのではない。

別の、無害な形へ変わっていく。

「分解できる」

小さな声が、静かな研究室に落ちた。

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