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王宮を追放された俺、万能薬を大量生産して貧民街から世界を救う  作者: レモンティー


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第二話 貧民街で出会った瀕死の少女

王都の南門へ向かう途中、レイヴンは人だかりを見つけた。

細い路地の入り口で、痩せた女性が誰かに頭を下げ続けている。

「お願いです。娘を一度だけ診てください」

白い法衣の神官は顔をしかめた。

「寄付金が払えない者に、神殿の治療は施せない」

「働いて返します。十年かかっても」

「規則だ」

リーナが差し出された水を飲もうとしたとき、手が震えて器を落とした。

割れた陶片を拾おうとして、彼女は咄嗟に謝った。

「弁償するから、追い出さないで」

レイヴンは膝をつき、陶片ではなく少女の指を確かめた。

「器は替えられる。君の手は替えられない」

リーナは返事をせず、初めてその場で泣いた。

少女が握る小さな手には、まだ力が戻りきっていなかった。

レイヴンは励ましの言葉より先に、次の診察日を伝えた。

一度助けた命を、その後も見守る責任があった。

神官が去ると、女性は壁にもたれて崩れた。

レイヴンが声をかけると、彼女は涙で濡れた顔を上げた。

娘の名はリーナ。

九歳。

三日前から高熱が続き、今朝から意識が戻らないという。

少女の熱を測るたび、母親は息を止めるように数字を待った。

割れた器の音に、隣家の戸が一枚閉まった。

助けを求める声に応じれば、次は自分の家族まで治療費を請求される――そんな恐れが路地を支配していた。

レイヴンは少女の手から陶片を取り、血のにじんだ指を清潔な布で包んだ。

まず傷を洗う。

その当たり前の手順さえ、ここでは贅沢だった。

家は雨漏りのする小部屋だった。

寝台に横たわる少女の唇は乾き、呼吸は浅い。

レイヴンは手首に指を当て、微かな魔力の乱れを感じ取った。

「井戸の水を飲んでいますか」

「はい。この通りの共同井戸です」

水差しを覗くと、底に青黒い粉が沈んでいた。

レイヴンの目には、その粒子を覆う歪んだ魔力の筋が見える。

「普通の熱病じゃない」

鞄を開ける。

残っているのは王宮で自分用に調合した回復薬が一本。

売れば数日分の宿代になる。

だが、少女の呼吸が次に止まれば、金の使い道など考える意味もない。

リーナの母親は、娘が生まれた日の話をした。

小さな手で指を握られたとき、何があっても守ると決めたという。

夫が病で亡くなってからは、洗濯と針仕事でどうにか暮らしてきた。

だが病気になれば働けない。

働けなければ薬を買えない。

その輪から抜け出す方法を、誰も教えてくれなかった。

レイヴンは部屋の窓を開け、濡れた布を替えた。

熱を下げる薬があっても、汚れた寝具や飲み水を放置すれば回復は遅れる。

彼は薬草を煮るための鍋を借り、母親に器具の洗い方を説明した。

母親は何度も頷き、やがて

「そんなことまで教えてくれる人はいなかった」

と呟いた。

夜になって、隣の部屋から老女が顔を出した。

「あの子は助かるのかい」

レイヴンは答えを急がなかった。

「まだ危険はあります。でも、いまは呼吸が落ち着いています。今夜は交代で見守りましょう」

老女は自分の椅子を持ち込み、母親の隣に座った。

貧しい路地には金がない。

けれど、夜を一緒に越す人はいた。

「お母さん。飲ませてもいいですか。必ず治るとは約束できません」

女性は薬瓶を見つめ、ゆっくり頷いた。

レイヴンは少女の上体を支え、少しずつ薬を口へ含ませた。

急に飲ませればむせてしまう。

喉が動くのを確認して、数滴ずつ続けた。

一分。

二分。

熱は下がらない。

女性の手が震える。

レイヴンは水差しの底の粉を紙へ移し、光の下で確かめた。

井戸端の声。

共同井戸には朝から人が集まった。

誰もが同じ水を汲み、同じ鍋で煮て、同じように子供の熱を心配していた。

レイヴンは汲み上げた水を小瓶に入れ、日付と場所を書いた。

病気の原因を薬だけで覆い隠しては、次の子が倒れる。

水を替えることと治療を続けること。

その両方が必要だった。

レイヴンは少女の体内を流れる魔力を追った。

薬の成分が血に混じり、侵食した部分を包み始める。

しかし汚染の根は深い。

回復薬だけでは押し返せないかもしれない。

「リーナ。聞こえるか。まだ眠っていていい。でも、呼吸だけは続けるんだ」

小さな指が彼の袖を掴んだ。


やがて荒い息が少しずつ整った。

額の汗が引き、少女はかすれた声で言った。

「……お水」

母親は水差しに手を伸ばしたが、レイヴンが止めた。

母親は亡き夫のことを話し、娘を失う怖さを隠そうともしなかった。

「その井戸水は使わないでください。いまは煮沸した別の水を。できれば北通りから運んで」

母親の夜。

リーナの母親は眠る娘のそばで、何度も額に触れた。

昨日まで焼けるように熱かった肌が、今は穏やかだ。

嬉しさと同時に、また悪くなるのではないかという恐怖もあった。

レイヴンは経過を見る時刻を紙に書き、呼吸が苦しくなったときの連絡先を教えた。

奇跡と呼ばれる薬より、夜中に誰かが来てくれる約束のほうが、母親にはありがたかった。

女性は泣きながら頷いた。


夕刻、リーナは薄い粥を口にした。

完全に治ったわけではない。

数日は見守りが必要だ。

それでも、朝にはもう会話できないと思われていた少女が、自分で匙を握っていた。

「お兄ちゃん、ありがとう」

夜明けに少女が眠ったまま微笑み、母親は初めて椅子に腰を下ろした。

レイヴンは返事に困った。

王宮では一度も聞かなかった言葉だった。

女性が金貨の代わりに差し出したのは、小さな布袋に入った乾燥薬草だった。

「夫が生きていたころ、山で集めたものです。これしかなくて」

「いただきます。代わりに、この井戸のことを調べさせてください」

路地を出ると、同じように咳き込む子供が二人いた。

別の家の窓からも苦しげな息が聞こえる。

レイヴンは南門へ向けていた足を止めた。

この街を離れれば、彼は自由になれる。

だが、ここには薬を必要とする人がいる。

背後から、リーナの母親が追ってきた。

差し出したのは薬草ではなく、洗って畳んだ布だった。

「今夜も、誰かが熱を出したら使ってください」

「娘さんに必要でしょう」

「娘には、あなたが使い方を教えてくれました。今度は私が誰かに教えます」

レイヴンは布を受け取った。

王宮を去った朝、彼の手には計量匙しかなかった。

今はもう一つ、誰かが自分のためではなく差し出したものがある。

路地の角で、咳き込む少年が壁に座っていた。

レイヴンはその前に膝をつき、名前を尋ねた。

新しい仕事は、そこから始まった。

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