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最弱属性の俺、空気を圧縮したら一撃で最強になった~空気魔法から始まる異世界魔法革命~  作者: 百花繚乱


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第96話 環境を喰うもの

裂け目を渡る感覚は、走っているというより、薄氷の上を飛び石で渡っているようだった。

一歩踏み外せば終わる。足元に地面があるから安心できるわけじゃない。

この空間では、岩棚も空気も、次の瞬間には意味を失うかもしれない。

信じられるのは、自分たちで作った条件だけだ。

「右、二拍で切れる!」

感知役の声が飛ぶ。

即座に右側の場を補強する。

裂け目の縁に置いた局所圧力場が、一瞬だけ強く光るような感覚を返してくる。

補助役の魔力が重なり、細い通路の輪郭がわずかに鮮明になる。

「前!」

前衛が叫ぶ。

奥の狭い通路から、異形が飛び出した。

三体。今までの個体よりもさらに輪郭が曖昧だ。空間に溶け込んでいるようで、動くたびに境界がぶれる。

「止まるな!」

責任者の声。

だが、その時にはもう前衛が動いていた。狭い通路。逃げ場はない。

だからこそ、迷いもない。

「——っ!」

踏み込む。こちらの作った場が、前衛の足を押し返す。いつもより一歩深く。

剣が閃く。先頭の一体の肩口を、深く斬り裂く。

だが。

「硬い!」

前衛の声に、空気が張る。

切れている。なのに、浅い。敵の身体の表面で、空気の流れが逸れている。

まるで、自分の周囲だけ“違う条件”を纏っているようだ。

「環境に適応してる!」

感知役。

その瞬間、残りの二体が左右から滑り込んだ。

「補助!」

「分かってる!」

強化が前衛へ飛ぶ。

だが、術式が途中で歪んだ。

「っ……!」

補助役が息を呑む。

魔力の流れが、裂け目の境界で引き裂かれている。

「こいつら……」

自然と歯を食いしばる。

ただ強いだけじゃない。この空間そのものを利用している。

自分たちのルールが成立する前に、敵の側の条件へ引き込もうとしてくる。

「中央、切れる!」

感知役の警告。

核の脈動だ。まずい。今ここで場が切れたら、全員落ちる。

「っ……!」

咄嗟に、全ての局所圧力場を一段強くする。負荷が跳ね上がる。

頭の奥が焼けるように熱い。それでも、通路はまだ繋がっている。

「今のうちに押し込め!」

責任者が前へ出る。

騎士隊の精鋭たちが、一斉に槍を突き出す。

通路の狭さを逆に使う。前衛が正面を抑え、左右から槍が敵を縫い止める。

「——っ!」

ようやく、一体が崩れた。

だが、その瞬間。奥から、核の脈動とは違う揺れが来た。

どくん。今までとは質が違う。重い。深い。

生き物の鼓動みたいに、嫌な確かさがある。

「……来る」

感知役の声が、今までで一番低い。

全員の動きが、ほんの一瞬だけ止まる。

次の瞬間。通路の先、核の間へ続く巨大な空間の入口で、闇が揺れた。

最初は、ただ影が動いたようにしか見えなかった。

だが違う。影じゃない。そこに“いた”。巨大な身体。

黒い甲殻のような外殻。だが、生物の硬さとは違う。見ているだけで輪郭が曖昧になり、視界の焦点が合わなくなる。

表面は空気を吸い込み、吐き出し、周囲の空間ごと歪ませている。

頭部らしき位置に、複数の光が灯る。目だ。

見られた瞬間、肺が止まりそうになった。

「……っ」

息が浅くなる。本能が、逃げろと叫ぶ。

これまでの異形とは次元が違う。

環境そのものが、あいつの周囲で書き換わっている。

「核……守護体か」

責任者が低く呟く。

それすら、確信ではない。あれは、敵というより。

この異常そのものの“化身”みたいだった。

「下がれ!」

責任者の号令。

当然だ。ここで正面からぶつかれば終わる。

だが遅かった。守護体の周囲で、空気が一度、完全に消えた。

いや、“空気という条件”が消えた。

次の瞬間。衝撃。

「——っ!!」

視界が白く弾けた。

音がない。なのに、身体だけが後ろへ吹き飛ぶ。

岩壁に叩きつけられる。肺の空気が全部抜ける。

「っ……!」

咳き込む。呼吸が、できない。

いや、空気はある。なのに、吸えない。

「場が……」

補助役の声が遠い。

裂け目に置いた局所圧力場が、全部、崩れていた。

点も、線も、道も。自分たちが積み上げてきた“条件”が、一撃で塗り潰されている。

「嘘だろ……」

前衛が低く吐く。

剣を構えている。だが、その足元も揺れていた。

今までの自信や勢いじゃない。本当の意味で、格が違うと理解した顔だった。

守護体が、一歩前に出る。その動きに合わせて、周囲の空間が歪む。

空気の流れが、逆転する。音が消える。呼吸が浅くなる。

全部、自分たちに不利な条件だ。

「……そういうことか」

自然と口から漏れる。前衛が振り向く。

「何だ」

守護体から目を離さず、言う。

「今まで、俺たちは“戦える場所”を作ってた」

局所圧力場。通り道。踏み込み。全部、局所だ。

点と線。その場しのぎ。

「でも、あいつは違う」

守護体の周囲。あそこだけじゃない。

この縦穴全体に、少しずつ影響が広がっている。

「あいつは、戦場そのものを変えてる」

静かに、確信が形になる。自分の理論の先。

まだ届いていない場所。

「局所じゃ足りない」

胸の奥で、何かが繋がる。圧力場を点で作るんじゃない。道を線で繋ぐんじゃない。

もっと大きく。もっと根本的に。

「……基準を作る」

小さく呟く。

補助役が顔を上げる。

「何?」

「戦場全体に、“こっちのルール”を作る」

自分でも、まだ完全な形は見えていない。だが、方向だけは分かる。

点じゃない。面だ。局所じゃない。基準そのもの。

「……おい」

前衛が低く言う。

「考えるのはいいけど、今どうすんだ」

守護体が、もう一歩近づく。そのたびに、空気が死ぬ。

時間がない。だが、今までの自分なら、ここで焦っていた。

無理に何かをしようとして、全部壊していた。

でも今は違う。負けを認めることと、終わることは違う。

「……退く」

はっきりと言う。

責任者がこちらを見る。

「ここで戦うのは無理だ」

守護体から目を逸らさず続ける。

「でも、勝てないわけじゃない」

言葉に、迷いはなかった。

「条件が足りないだけだ」

責任者は一瞬だけ黙り、それから短く頷く。

「全隊、撤退!」

声が響く。即座に動く。前衛が最後尾へ。

騎士隊が負傷者を抱える。補助役が最低限の足場を繋ぐ。感知役が揺れを読む。

そして、自分は守護体を見ながら、頭の奥でずっと考えていた。

点では足りない。線でも届かない。なら。

戦場そのものに、“空気が成立する基準”を置けばいい。

それができればあの異常すら、ひっくり返せる。

守護体の複眼が、暗闇の中で光る。

こちらを見ている。まるで「やれるなら、やってみろ」とでも言うように。

自然と、口元がわずかに上がった。

怖い。強い。届かない。全部、本当だ。

でも「……見つけた」小さく呟く。

今までで、一番遠い場所への道筋をようやく、見つけ始めていた。

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