第56話 実戦テスト
戦術実験区画の空気は、昨日よりも明確に荒れていた。
意図的に乱されている。圧力差、流速のばらつき、魔力の残滓。それらが層になって、空間そのものを不安定にしている。単純な技量だけでは通用しない環境だ。
中央のフィールドは広く取られているが、視界は完全ではない。
ところどころに設置された障害物が、空気の流れを歪めている。
見えるものと見えないものの両方が、戦闘に干渉する。
「本日の実戦テストは、複数人戦だ」
ラドウェルの声が、空間の上から降ってくる。
「条件は単純。制圧、または行動不能にした側の勝利」
視線を上げると、観測席に研究者たちが並んでいる。
全員がこちらではなく、“空間”を見ている。誰がどう動くかより、何がどう変わるかを記録しているのだ。
「配置につけ」
フィールドの端に立つ。
こちらは三人。俺、リナ、それと研究機関側から一人、補助として組まれた魔導士。対して相手は四人。全員が王国魔導士団所属、装備も統一されている。
人数差。だが問題はそこではない。配置が違う。
相手は最初から“連携”を前提に組んでいる。前衛、制圧、後衛、補助。
それぞれの役割が空気の流れとして見える。対してこちらは、その場で組まれた即席だ。
「……来る」
開始の合図を待つまでもなく、気配が変わる。
「開始」次の瞬間、空気が引き裂かれた。
広がる。一斉に。
相手の四人が同時に魔力を展開する。だが、その動きはバラバラではない。
わずかな時間差をつけて、層を重ねてくる。
最初の一層で視界を歪める。次の層で流れを固定する。最後に圧をかける。
三段構え。
「っ……!」足元の空気が重くなる。動きが鈍る。
「リナ、左!」叫ぶより先に、身体が動く。
視界の端で、斜めからの斬撃が走る。風刃。だが単発ではない。
流れに乗って、軌道が曲がる。
避ける。だが、その先に次の層がある。逃げ場を潰されている。
「……面で来るか」
一人ではない。空間ごと押し込む戦い方。
「なら」止まる。無理に動かない。空気の流れを読む。
乱れ。重なり。圧の中心。
「そこだ」一点を見つける。
完全ではない。だが、わずかに“薄い”場所。
そこに向けて「エアショット」放つ。
圧縮された空気が、層の境界に叩きつけられる。
衝突。一瞬だけ、空間が歪む。その隙間に滑り込む。
「抜けた!」リナが後ろで叫ぶ。
だが、まだ終わらない。相手はすぐに修正する。
流れが再構築される。速い。一人の制御ではないからだ。
「……面倒だな」
単純な突破では追いつかない。
なら「崩すしかない」
視線を走らせる。四人の位置。魔力の流れ。連携の中心。
「後衛か」最も安定している一点。そこが要だ。
「リナ、火を上げろ!」
「任せて!」即座に反応する。
リナの魔力が膨らむ。炎が立ち上がる。それに合わせて、空気が動く。
酸素が引かれる。流れが変わる。
「今だ」その瞬間を逃さない。
空気を掴む。広げる。一つではなく、複数。点ではなく、面へ。
「……まだ足りない」
制御が追いつかない。だが、無理やり押し込む。
「――!」空気が震える。層がぶつかる。流れが乱れる。完全ではない。
だが。「崩れた!」リナの声。
相手の連携が一瞬だけ崩れる。その一瞬で十分だ。
「エアブレード」圧縮。細く。鋭く。放つ。一直線。後衛に向けて。
「……!」相手が反応する。
だが、遅い。流れが乱れている。完全な防御ができない。
衝撃。直撃。後衛の一人が膝をつく。
「一人落ちた」
だが、同時に。
「――!」横から衝撃が来る。
防ぎきれない。身体が弾かれる。地面に叩きつけられる。息が詰まる。
「っ……!」視界が揺れる。空気が乱れる。
「まだ……」立ち上がる。だが、状況は良くない。こちらは消耗している。
相手は三人。しかも「再構築が速いな」
崩したはずの連携が、すでに戻りつつある。
一人欠けても成立する。それが部隊戦。
「……厄介だ」
単発では削りきれない。かといって、広げるには制御が足りない。
「なら」選ぶしかない。リスクを。「一気に行く」
空気を掴む。限界まで。広げる。無理やり。
「――!」圧が跳ね上がる。空間が歪む。制御が不安定になる。
だが。「押し切る!」
一気に放つ。衝撃が広がる。不完全な“場”の展開。
だが、それでも。相手の動きが止まる。
一瞬。その一瞬で。「エアショット!」連続。圧縮。放出。叩き込む。
二人、三人。バランスが崩れる。
「……っ!」最後の一人が耐える。
だが。「そこだ」空気の薄い一点。そこに「エアブレード」
斬る。沈黙。空気が戻る。圧が抜ける。膝に力が入らなくなる。そのまま座り込む。
「……はぁ」呼吸が荒い。
制御が粗い。無理をした。
「終了」ラドウェルの声が響く。
静寂が落ちる。勝った。だが「……ギリギリだな」呟く。
余裕はなかった。一つでも判断を間違えていれば、押し切られていた。
リナが近づいてくる。少し息を切らしながら、笑う。
「今の、かなり無茶してたよね」
「分かるか」
「分かるって。空気、ぐちゃぐちゃだったし」
その通りだ。無理やり広げた。制御は不完全。
「でも――」リナが言葉を続ける。
「ちゃんと“場”になりかけてた」
その言葉に、少しだけ考える。
なりかけ。つまり「まだ足りない」そういうことだ。
視線を上げる。観測席。
ラドウェルがこちらを見ている。表情は変わらない。
だが。評価は分かる。「……悪くない」
小さく呟いたのが、読めた気がした。だが、それで終わりではない。
むしろここからだ。「……もっと詰める必要があるな」小さく呟く。
空気は、まだ掴みきれていない。だが、確実に近づいている。
その手応えだけは、はっきりとあった。




