第54話 模擬戦
訓練場は、学園のそれとはまるで別物だった。
広さだけではない。空間そのものが調整されている。地面の硬度、空気の密度、魔力の拡散速度。すべてが戦闘のために最適化されていた。
一歩踏み出しただけで分かる。
ここでは“誤魔化し”が効かない。
「……本気だな」
小さく呟く。
隣でリナが腕を組んでいる。
「当たり前でしょ。相手、王国魔導士よ?」
視線の先に立つのは、一人の男。
年齢は二十代後半ほど。無駄のない体躯。装備もシンプルだが、使い込まれているのが分かる。
「王国魔導士、グラン」
短く名乗る。
「模擬戦の相手を務める」
「……よろしく」
軽く返す。
だが、その一瞬で理解する。強い。それも、単純な魔力量ではない。
無駄がない。動きも、魔力の流れも。完成されている。
「開始の合図で始める」
ラドウェルの声が響く。
周囲には観測装置と研究者たち。視線はすべてこちらに向けられている。
「開始」空気が動いた。
先に動いたのは相手だった。踏み込みが速い。同時に、魔力が展開される。
「風刃」
短い詠唱とともに、空気が裂ける。一直線の斬撃。だが、それだけではない。
二重、三重。角度を変えながら迫ってくる。
「……なるほど」
避ける。一歩横へ。だが、完全には避けない。
風の流れを読む。刃の密度、速度、軌道。
「速いが、均一すぎる」
手をかざす。空気を掴む。圧をかける。
「エアショット」放つ。
圧縮された空気が、風刃にぶつかる。衝突。互いに弾ける。
「……」
グランの目がわずかに細くなる。
今の一撃で、ただの防御ではないと理解したはずだ。
だが、止まらない。すぐに次の動き。距離を詰める。
「近接か」
魔導士にしては珍しい。だが、合理的だ。遠距離だけに頼らない。完成度が高い。
「――!」
踏み込みと同時に、短剣が振るわれる。
魔力を纏っている。斬撃ではなく、打撃。
「っ……」
受けるのは悪手。流す。空気を滑らせる。接触の瞬間、圧を逃がす。
「……流したか」
グランが低く呟く。
一瞬の交錯。距離が離れる。
「悪くない」
その評価は、軽くない。
「だが」
次の瞬間、空気が変わる。圧が上がる。
「密度操作……?」
空気が重くなる。動きが鈍る。視界がわずかに歪む。
「これは……」
単純な風魔法ではない。空気の層を操作している。
「やるな」
思わず笑う。同じ領域だ。ただし、やり方が違う。
「なら」
意識を切り替える。圧を読む。流れを分解する。
「そこか」
一点。わずかな歪み。制御の中心。そこに向けて「エアショット」
今度は、精度を上げる。圧縮率を高める。
放つ。衝撃。空気の層が崩れる。
「……!」
グランの表情が変わる。
「見抜いたか」
当然だ。構造があるなら、崩せる。
「なら次だ」
グランが魔力を高める。空気が震える。風が渦を巻く。
「風圧陣」
広範囲。逃げ場がない。圧が一気に増す。地面が軋む。
「……」
強い。単純に。広さと圧力で押し潰す。正攻法。
でも、それは“面”だ。
なら。「点で抜く」
空気を絞る。一点に。極限まで。削る。
「――」
一瞬、音が消える。空気が“抜ける”。
「……!」
グランの動きが止まる。その一瞬。
「エアショット」
至近距離。放つ。衝撃が直撃する。
「ぐっ……!」
グランの身体がわずかに後退する。決定打ではない。だが、十分だ。
「……参った」
短く、そう言った。
空気が緩む。戦闘終了。静寂が落ちる。数秒遅れて、ざわめきが広がる。
「今の……」
「空気魔法で……?」
「風じゃない……?」
声が重なる。
リナがこちらに駆け寄る。
「ちょっと、普通に勝ってるんだけど」
「ギリギリだ」
正直に答える。
余裕はなかった。一つ判断を間違えれば、押し切られていた。
グランがこちらを見る。その視線に、敵意はない。
「……面白い魔法だ」
静かに言う。
「初めてだ。こんな戦い方は」
「そっちもな」
本心だ。あれはただの風魔法じゃない。空気の層を理解している。
「だが」
グランは少しだけ間を置く。
「戦場では、もっと速く、もっと重くなる」
それは警告だった。
「今のままでは、通用しない場面もある」
否定ではない。事実だ。
「……だろうな」
頷く。
分かっている。今のは一対一。条件も整っている。
だが、「だから、研究する」そう言うと、グランは小さく笑った。
「いい」その一言に、少しだけ認められた気がした。
「以上だ」
ラドウェルの声が響く。
ざわめきが収まる。
「評価は後ほど伝える」それだけ言って、彼は背を向けた。
その表情は見えない。だが、分かる。興味はさらに強まっている。
「……疲れた」
リナが肩を落とす。
「見てるだけなのに?」
「精神的にね」
それは分かる。ここは、ただの戦闘ではない。常に観察されている。測られている。
「でも」リナが少しだけ笑う。
「ちゃんと通用してたじゃん」
「一応な」
空を見上げる。空気は、変わらない。だが、その中でやれることは、確実に増えている。
「……まだ足りないな」
小さく呟く。
今のままでは、届かない。もっと先へ。そのために次を考える。




