第48話 真空斬撃
空間が軋んでいる。視界の端で、空気そのものが引き裂かれているかのように歪む。吸引はもはや周期と呼べるものではなく、断続的な暴風となって周囲を呑み込んでいた。
地面は削れ、砂塵は舞い続ける。呼吸を整える余裕すら与えられない。
「……次で終わらせる」
声に出した瞬間、自分でも分かるほど静かだった。
焦りはない。だが、猶予もない。
魔力は残りわずか。身体の感覚も鈍り始めている。ここで決められなければ、もう次はない。
「……やるぞ」
短く言う。
リナが振り返る。額に汗を浮かべながらも、目は強くこちらを見据えていた。「最初からそのつもりでしょ」
ライバルは何も言わない。ただ一度だけ頷く。十分だった。
吸引が来る。強い。今までとは比べものにならない。空間そのものが引き剥がされるような感覚に、足場が揺らぐ。
タイミングを読む。だが「……違う」
読めない。周期は完全に崩れている。引く、緩む、その区切りが消えている。どこが“谷”なのか分からない。
このままでは、真空斬撃は当たらない。一瞬のズレが、すべてを外す。
「……なら」
思考が切り替わる。読むのではない。作る。
「リナ!」
「分かってる!」
言い終わる前に、彼女は動いていた。
火が圧縮される。次の瞬間、爆発する。だが、ただの爆発ではない。範囲を広げず、あえて一方向に押し出す。
空気の流れを“歪める”爆発。その衝撃が、乱れていた吸引を一瞬だけ押し戻す。
「今、ずらした!」
続けて、ライバルが風を展開する。鋭く切るのではない。包み込むように、空間全体に流れを走らせる。吸引の軸を、強引に固定する。
「完全には止められないが」
「十分だ」
答える。
乱れていた流れが、ほんの一瞬だけ整う。
人工的な“呼吸”。それが生まれる。
「……そこだ」
すべてを合わせる。
呼吸。流れ。魔力。空気の密度。一点に収束させる。
これまでで最も細く。最も深く。最も短く。維持しない。一瞬で終わらせる。
「真空斬撃」発動。
音が消える。完全な無音。風も、砂も、呼吸すらも、すべてが奪われる。
世界が止まる。その中心で、空間が裂ける。
見えない刃が走る。一直線に。迷いなく。吸引層を貫く。
今までとは違う。外側を削るのではない。内部へと、深く、深く。
「……入った」確かな手応え。
次の瞬間。内部で、何かが崩れる。
見えないはずの存在が、初めて“形”を持つ。
歪みが集中する。中心が露出する。それは、空間の歪みそのものだった。
そこへ、斬撃が届く。遅れて、音が戻る。
爆ぜる。内側から。圧力が逆転する。吸引が消える。押し返される。
「――っ!」衝撃が全身を叩く。
だが、さっきまでの引き込む力ではない。外へ押し出す、解放の衝撃。
崩壊が始まる。歪んでいた空間が、一気に解ける。
裂け目が広がる。そして、砕ける。
「……終わった、のか」誰かが呟く。
吸引は、もう来ない。空気は戻る。砂塵は落ちる。揺れていた視界が、ゆっくりと安定する。
膝に力が抜ける。だが、倒れはしない。視線を上げる。
中心は、完全に消えていた。
「……終わった」
静かに言う。
リナがその場に座り込む。「……マジで、やったの?」
ライバルは何も言わない。ただ、さっきまでの空間をじっと見ている。
その沈黙が、すべてを物語っていた。
戦いは、終わった。そして、空気が静かに戻ってきた。




