第47話 ボス戦開始
空間の裂け目は、すぐに閉じた。ほんの一瞬だけ開いた通路は、何事もなかったかのように消え、再び見えない壁が世界を分断する。
だが、確かに“通った”。それは、誰の目にも明らかだった。
「……効いてる」
リナが低く呟く。
「完全じゃないけど、あれなら――」
「いや」
俺は首を振る。
「まだ足りない」
視線を逸らさず、中心の歪みを追う。
さっきの一撃は浅い。削っただけだ。内部に届いたとは言い難い。あの層を完全に断ち切るには、あと一段、深く入れる必要がある。
だが、可能性は証明された。なら、やることは一つだ。
「もう一発いく」
短く言う。教師が歯を食いしばる。「タイミングは分かるのか」
「今はな」
吸引の周期はまだ規則的だ。引く、緩む、その繰り返し。
その“谷”に合わせれば、通る。問題は、どれだけ正確に合わせられるか。
「――来るぞ」
吸引が強まる。地面の砂が一斉に引き寄せられ、視界が揺らぐ。身体がわずかに引かれる。次に来るのは、緩み。
その一瞬。そこに合わせる。
魔力を集中する。真空を構築する。維持しない。一瞬で切る。
「……今だ」
発動。音が消える。空間が裂ける。真空斬撃が一直線に走る。
その瞬間。
「……っ!」違和感。
通った、はずだった。だが、軌跡がわずかに歪む。
真っ直ぐ進んでいたはずの斬撃が、途中で“曲がる”。裂け目が浅くなる。
「……ずれた」
斬撃は届く。だが、中心を外す。外側を削るだけで、内部には届かない。
次の瞬間、吸引が乱れる。規則だったはずの周期が崩れる。
強弱の間隔が変わる。引きが早い。緩みが短い。
「……読めなくなった」
ライバルが低く呟く。その言葉の通りだった。
さっきまで一定だったリズムが、完全に崩れている。意図的に変えている。
「反応した……?」
リナの声がわずかに震える。
「ただの現象じゃないってことかよ」
「……ああ」
視線を細める。
これまでの動きは“自然現象”に近かった。だが今は違う。
こちらの干渉に対して、明確に“変化”している。適応している。
「面倒だな」
思わず呟く。タイミングが読めない。
それはつまり、真空斬撃が当てられないということだ。
一撃で終わるはずの戦いが、一気に難易度を上げる。
「……どうする」
教師が問う。短い言葉。
だが、その裏にあるのは“任せる”という意思だ。
一瞬だけ考える。そして、結論はすぐに出る。
「単独じゃ無理だ」
そう言い切る。
「流れを固定する」
ライバルが即座に反応する。「俺がやる」
「完全には止めなくていい。ぶらすだけでいい」
「ああ」
理解が早い。
リナが割り込む。「じゃあ私は?」
「呼吸を乱してくれ」
「は?」
「爆発でいい。タイミングは合わせる」
一瞬の沈黙。そして、口角を上げる。
「面白いじゃん」
空気が変わる。役割が決まる。戦闘が“形”になる。
「行くぞ」
次の吸引が来る。強い。だが、その中にわずかなズレがある。
ライバルが風を展開する。一直線ではなく、斜めに流す。
吸引の軸がわずかに傾く。完全には止まらない。だが、流れが歪む。
「今!」
リナが動く。火が圧縮され、次の瞬間、爆発する。
衝撃が空気を押し戻す。一瞬だけ、吸引のリズムが崩れる。
不規則だった流れが、さらに乱れる。だが、それでいい。
「……そこだ」
その“乱れ”に合わせる。周期ではない。ズレそのものに合わせる。
真空を構築する。今度はさらに細く。さらに鋭く。迷いなく、放つ。
「真空斬撃」
音が消える。空間が裂ける。さっきよりも深く。まっすぐ中心へ。
「――っ!」
手応えが変わる。外側ではない。内側に届く。裂け目が深くなる。
見えない何かが、確かに削られる。
「通った!」
リナの声が弾ける。
だが
「まだだ」
即座に否定する。確かに深い。だが、まだ“壊れていない”。致命には届いていない。
その直後。吸引が、暴れる。これまでで最も強い。
周囲の空気が一気に引かれる。地面が削れ、身体が浮きそうになる。
「……っ、来るぞ!」
教師が叫ぶ。
範囲が広がる。さっきまで局所だったものが、空間全体に広がり始めている。
「まずい、これ……!」
リナが踏ん張る。
ライバルの風がかき消される。制御が効かない。
「……次で終わらせる」
俺は静かに言う。
魔力は残り少ない。あと一発が限界だ。だが、それでいい。必要なのは、一撃。
「……核を断つ」
視線を中心へ向ける。次で決める。もう、それしかなかった。




