テンプレにも覚悟は必要です
やっと見つけた街道は十を優に超える死体と夥しい血に赤黒く染まり、その中心で革鎧を身に着けた荒っぽい男達が馬のいない馬車のキャビンを取り囲んでいた。
「辞めろっ、その馬車に触れ、むぐ……ん゙ぅ゙っ」
馬車の前では口に轡を掛けられ地面に押し倒された女騎士が必死の形相でキャビンの方へ手を伸ばしている。
男の一人がその腕の鎧の隙間に剣を突き立てるのと同時に、キャビンからは気を失っている様子の少女が引き摺り出され、
「ガルサさん、間違いないですっ。例の男爵家の娘だ」
「よしあとは高く売れそうな物だけ回収して引き上げるぞ!そのガキは例の話が済むまで絶対に傷付けるなよ。代わりにこっちの女は好きに遊んで良い。アジトに帰ったら四肢を落として死ぬまで俺達の玩具だ!」
纏め役らしい大柄な男の言葉に周りの男達が下卑た笑みを浮かべ歓声を挙げた。
「な……」
〘声は抑えよっ〙
マナトはそんな光景に思わず漏れかけた声を慌てて潜める。
〘奴らは十中八九、賊じゃろう。男爵家、と言っておったあたり貴族の令嬢を人質にしようとでもしておるのか〙
「っ、じゃあ助けないと」
〘助ける?どのようにじゃ。まだこの世界に渡って来たばかりのお主にあの賊共がどうにか出来ると?〙
確かに武装した賊達の前にノコノコと出て行ったところで、助けるどころか嬲り殺しにされるのが関の山だ。
けれど、
「…手伝って、くれないか」
〘確かに、先程のように儂が補助してやればあの賊共と戦えよう。じゃがお主が少しでも臆して張りぼてが剥がれれば、その先に待っているのは無駄死にじゃ。見ず知らずの他人のためにそこまで危険を冒す必要がどこにある?〙
「…後悔したくないんだ」
やりようによって助けられる可能性があるというなら、きっと今見捨てたらずっと後悔が残る。
少年を助ける為に消防車の前に飛び出した時と同じ。
愚かな選択なのだと分かっていても、これは変えようがないマナトの性分だった。
〘全く、儂としてはまだ未熟なお主を必要もない危険に晒したくはないのじゃが。まぁ聖剣の担い手としては満点な選択であろうな。仕方あるまい〙
「ありがとう、クルセイア」
〘しかしあの少女達を助けると決めたのならば、賊共を殺す覚悟を決めよ。命は奪わずに事を収めようなど考えれば死ぬぞ〙
「…あぁ、分かった」
〘まず、あの大柄な男の腰の袋が見えるじゃろう〙
確かに男は右腰に革の袋をぶら下げている。
それは重みのある膨れ方をしており、中に何かしら固い物体が入っているようだ。
〘そこから広がる波動が魔力の操作を妨げておる。体内での魔力循環は可能なようじゃが、体外へ放出しての魔力強化や魔法行使は難しい。そういった魔道具じゃろう〙
先程まで練習していたように体内を渦巻く魔力で聖剣の強化を試みるが、体外へ放出した途端にコントロール出来ず魔力が霧散してしまう。
〘魔力強化がなければ一太刀でも浴びれば致命傷になり得る。迅速に何がなんでも奴を殺し、魔道具を壊せ。良いな〙
「分かった。腰の袋の中だな」
〘よし。では行くぞ、三、二、一、今じゃ!〙
マナトは地面が抉れる程に力強く踏み込み街道へ飛び出すと、大柄な男まで一直線で駆け抜け聖剣を力任せに振り下ろす。
男は突然の奇襲にも即座に反応し、手にしていた湾刀でそれを受けようとするが、
〘武器は天と地の差じゃ。そのまま押し斬れ!〙
白金の刃はそれを容易く断ち切りその胴を袈裟懸けに斬り捨てた。
力を失い崩れ落ちた男の腰の袋へ刃を突き立てれば、ガキャッと何かが割れる感触と共に周囲の空気が一気に軽くなる。
魔道具の効果が解除されたらしい。
「ガ、ガルサさん!?」「なんだこのガキっ」「囲んで殺せ!」
賊達が慌ててマナトを取り囲むが、纏め役が一太刀に斬り下されたことで明らかに腰が引けている様子。
マナトはただ無心で崩れ落ちそうな身体に力を入れ、残りの賊達へ切っ先を向けた。
同時に白金の刃の魔力が高まり光を放ち、無意識のうちに自然と身体が動く。
流れるように聖剣を振るい上げると、放たれた光の刃は正面に立っていた賊二人の首を斬り飛ばし、更に奥の森の木々を薙ぎ倒しながら消えていった。
「こ、こいつヤバいっ」「イカれてやがる」「一度引くぞ!」
心が折れたらしく我先にと森の中へ逃げ込む賊達。
それに追撃を加えようと一歩踏み出すが、
〘深追いする必要はないぞ。もう十分じゃ〙
その言葉に足を止める。
緊張の糸が解けるのと同時に血の中で倒れ伏す骸と目が合い、自分が殺したのだという実感と共に込み上げる吐き気に膝を付いた。
〘目を閉じよ。呼吸を落ち着かせるのじゃ〙
覚悟はした筈だ。
賊達の言動に憤りを覚え、暴虐を防ぐために命を奪う事も辞さないと。
そういう世界に来たのだと。
大きく呼吸をして吐き気を抑え、それから馬車へ歩を向けるマナト。
その前に女騎士が立ち塞がった。
片腕と腹部、そして頭部から血を流し、とても動ける容態には見えない。
それでも彼女は荒い呼吸を繰り返しながら片手で長剣を構える。
「助けて、貰ったことは、感謝を…だが、素性の分からぬまま、お嬢様に、近づ、ゔぐ……」
しかし既に限界だったようでそのまま仰向けに倒れた。
〘この娘、このままでは命を落とすな〙
「クルセイアに頼ってばかりで悪いんだけど、どうにか出来ないか?」
〘むぅ…おそらくお主には命属性の適性がある。儂が詠唱を教え魔力操作を補助すれば治癒魔法の行使が可能であろう〙
治癒魔法、名前からして傷を癒し治す魔法だろう。
まさに今、必要としているものだ。
「ならそれを……」
〘しかし先も言った通り、あくまで確信はない。もし儂の見立てが外れておりお主に命属性の適性がなければ、暴発した不完全な治癒魔法は間違いなくこの娘を死に至らしめる。その反動はお主をも襲うじゃろう〙
「助けられる可能性があるなら、やらせてくれ」
〘まぁそう言うと思っておったわ、全く。仕方あるまい。聖剣を胸元にかざし魔力を送り込み、儂に続き復唱するんじゃ。"ジオ ウル・セルレ パーシオン…〙「ジオ ウル・セルレ パーシオン…」
聖剣が再び輝きを纏いその剣先に集まる魔力が揺らめく。
〘…グラータ フェルマー・繕う癒し手"〙「…グラータ フェルマー・繕う癒し手"!」
詠唱を終えると同時に収束していた魔力が引き込まれるように女騎士の身体へ注ぎ込まれた。
傷口が縫い合わされるように閉じてゆき、即座に意識を取り戻した彼女は瞼を開き緩慢な動きで上体を起こす。
〘驚きじゃな。傷が治ったところで失われた体力や気力が戻る訳ではない。あれだけの負傷を負い血を流しておきながら動けるとは〙
そして長剣を杖代わりにフラリと立ち上がった。
「…貴殿は、一体」
「俺はマナト。えっと、今代の聖剣の担い手ってやつだ」
「聖、剣?俄かには、信じ難い、話だが…」
「クルセイア、姿を見せられるか?」
その呼び掛けにマナトの隣へ光が集まり、少女の姿を形作る。
「全く、聖剣として機能しながら躯体を制御するのは大変じゃと言ったろうに」
「ご、ごめん。それが一番分かりやすいかと思って」
突然現れた少女に目を見開く女騎士に、
「…上位の、精霊?」
「まぁ似たようなモノじゃが。更に数段上じゃ。儂は神によって作られた武具たる聖剣、その神霊じゃからな」
ドヤりと笑みを浮かべ胸を張るクルセイア。
その姿から威厳らしきものは感じられないが、
「っ!?」
その尋常ならざる魔力と清浄な気配は、彼女が上位の精霊では収まらない存在であることを証明していた。
そして女騎士はマナトの言葉を信じることを決め、深々と頭を下げる。
「…失礼しました聖剣の担い手殿。私はラーノード男爵家次女アリーシャ様の護衛騎士ベルクリオ。どうかお嬢様を助けて欲しい」
と。
面白かったらブックマークや評価をいただけると幸いです。




