聖なる剣を 手に入れた。
二度目の意識の浮上、彼は少し湿っぽい土に手をつき体を起こす。
「あー、あー、声も出るな。ここは……」
目の前に広がるのは深緑の木々。
どう見ても森の只中だ。
視線を落とせば裸一貫なんてこともなく、死ぬ直前に着ていた学生服のままのようだった。
あの真っ白な空間、虚界域とやらで謎の銀輪とコミュニケーションを取ったのは覚えている。
その最後に明らかに想定外であろう緊急事態が発生して異世界へ送られたことも。
「ということは、ここは異世界ってことだよな。どうすれば良いんだ、これ……」
彼はこの世界に関する情報を何一つ受け取っていない。
おそらくあの緊急事態がなければ、転送前に何か伝えられる筈だったのだろうが。
ゲームのようなチュートリアルがある訳でも無く、その場に立ち尽くしキョロキョロと周囲を見回していたそんな時、
〘この辺りに人とは、珍しいこともあるのう〙
唐突に声が響いた。
頭の中へ直接的に音が届いているような虚界域で体験したのと似た感覚。
もしや、あの銀輪が何か情報補足のためにコンタクトを取って来たのではないか。
「確か、ヴァーチュさん、だったっけ?」
そんなことを考えて声を掛けるが、
〘…誰のことじゃ?〙
どうも予想は外れたらしい。
確かによく思い出すともっと無機的な話し方だった気がする。
「いや勘違いだったみたいだ。それより貴方こそ誰なんだ?」
〘ふむ、お主の左後ろをよく見よ〙
言われた通りに左後ろを振り返り目を凝らすと木々の隙間の奥に何かが見えた。
どうもそれは人工物らしき石積みの壁のよう。
〘儂はその中にいる。気になるのなら来てみれば良い〙
それだけ言い残して響いていた声はフッと消える。
それが信頼して良いものなのかは分からないが、かといって他にあてがある訳でもない。
彼は仕方なく石壁の方へ向け歩き出した。
距離にして百メートルもないだろう。
低木の葉や草を掻き分けて進むと、そこに広がっていたのは崩れかけの古めかしい遺跡。
中心には古代ローマ建築を思わせる小さな神殿らしき建物が鎮座しており、遺跡内で完全に形を残しているのはそこだけ。
「誰かいるとしたら、この中だよなぁ。崩れたりしないでくれよ」
恐る恐る神殿へ足を踏み入れるとやはり内装は退廃しており、かつては壁を彩っていたであろう装飾画や彫刻は朽ちかけ、高く抜けるドーム形の天井に空いた穴から一筋の陽光が差し込んでいる。
その陽光の照らす先には、他とは一線を画すガラスのような透明の台座に一振りの白金色の剣が突き立てられていた。
彼はその美しさへ吸い寄せられるように剣の目の前まで歩を進め、
「無遠慮に乙女へ触れるというのは感心せんぞ」
「うおっ?!」
突然聞こえてきた声に驚いて無意識のうちに伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
いつ現れたのか、台座の後ろに白いワンピースを纏った少女が立っていた。
年の頃は中学生くらいだろうか。
淡い水色がかった髪に虹の瞳、人間離れした容姿だ。
「なんじゃ不躾にジロジロと」
「わ、悪い。さっき話しかけてきたのは君か?」
「その通り、ふと眠りから覚めたら久々に人の気配を感じたからのう。それでお主は何の用でこの古き廟の森を訪れた?」
「いや、用があったというか…気付いたらあそこにいたというか」
「ふむ、嘘は吐いていないようじゃが。つまりは迷い子か?まさかこの森に迷い込み、魔物に食われることもなくここまで辿り着く者がいるとは、運が良いのか悪いのか」
そう言って呆れたように首を振る少女。
「お主、名はなんという」
「本郷真斗だ」
「ホンゴウマナト?随分と長く妙ちくりんな名じゃな」
「いや、本郷は苗字で真斗が名前だよ」
「む、ミョウジ?…まさかお主、異なる世界からの渡り人か!?」
マナトの名乗りに少女は信じられないと言った表情で目を見開き、その境遇を言い当てる。
「あぁ、その通りだけど…何で分かったんだ?もしかして、この世界では俺みたいな転生者は珍しくないとか?」
「いや、渡り人はかなり稀有な存在じゃ。かつて儂の担い手がお主と同じ渡り人でな。奴も家名のことをミョウジと呼んでおった。懐かしいのう。まさか六百年越しにあの男と同郷の者に出会うとは」
担い手、六百年越し、と半ば独り言のように放たれたその言葉で彼女の事情に何となく察しが付く。
「儂は聖剣クルセイアの魂霊、お主が見惚れていたこの剣の意思そのものとでも言うべきかの。この体もあくまで魔力と魔素で編んだ仮初の躯体という訳よ」
そしてドヤリと笑み浮かべて腕を組む少女に、マナトの中では本当にここが異世界なんだという実感が湧き上がっていた。
「何じゃ全く驚きもせんのとは、奴もそうじゃったがお主ら渡り人はつまらんのう」
「ごめん、近しい例を見たことがあって」
ゼ●ダの伝説で……
彼女のかつての担い手とやらも日本人、おそらくゼ●ダの伝説をプレイしていたのだろう。
「なに、既に儂以外の神具と出会っておるのかっ?」
「いや地球、前の世界にいた頃の話で」
「そ、そうか。ならば良いのじゃ。ふむ、奴は中々故郷について語らなかったが、異なる世界にも儂と同じような神具がおったという訳か」
しみじみと感傷に浸るクルセイア。
あくまでゲームの話だが、一から説明するのも面倒なためその辺りのことは黙っておく。
「してマナトよ、これもまた何かの縁。儂の新たな担い手とならんか」
「俺、さっきの場所で目を覚ましたばかりでこの世界について何も知らないし、剣なんて触ったこともないんだけど」
幼い頃から剣道を習ってた!なんてことなければ喧嘩の経験すらしたこともなく、振ったことがあるのは野球のバットくらいなもの。
聖剣を扱いこなせるとは思えない。
「それで阿呆みたいに森の中に突っ立っておったのか。であるならばお主は尚更、儂の担い手となるべきじゃな。魔物と戦う手段も無いのじゃろう?」
「あ、やっぱり魔物とかいるの?」
ファンタジーの定番、魔物。某ゲームの青色のプニプニくらいの相手であれば何とか素手で戦えそうな気もするが、ド●キーのような魔物が出てきたらもうその時点で素手で勝てる気はしない。
確かに武器は必要だろう。
「特にこの辺りは魔素の濃度が高く強力な魔物の多い魔領域、腕の立つ者ですらこの奥地まで無事に辿り着くことは難しい。まして戦う手段すら持っていない者なぞ半刻も経たぬうちに魔物の腹の中じゃろう」
ド●キーどころか、ゲームであればやり込み要素である筈の宝の地図のような過酷なステージへ送り込まれたらしい。
確かに虚界域で意識を失う直前『緊急で転送させる』みたいな通告があったのは覚えているが、もう少しどうにかならなかったのか。
「じゃが、聖剣の担い手となれば話は別。儂が手を貸せばどんな素人であろうと一流の剣士へ早変わり。この森も生きて抜けられよう!」
まるでテレビショッピングの売り文句のようだが、生き残るためには聖剣の力を借りる以外の手はなさそうだ。
「是非クルセイアさんの担い手にならせてください」
「儂のことはルアと呼ぶが良い。お主を新たな担い手と認めよう。では聖剣を握るのじゃ」
言われるがままに繊美な装飾の施された柄を握った瞬間、力強い熱が掌を通り腕を抜け全身に広がる。
金の刃が眩い輝きを放つと、台座は解けるように光となり聖剣だけが残された。
「重く、ない?」
聖剣の剣身はおよそ一メートル強といったところ。
だがそれにしては異様な程に軽い。
〘それが聖剣の担い手となった証。儂の魔力を全身へ巡らせたことで、この世界が聖剣をお主の一部であると認識したという訳じゃ〙
そう響いた声に視線を上げると、先程まで目の前にいたクルセイアの姿が消えている。
「あれ、ルアは何処に……」
〘阿呆、何処も何も儂の本体はこの聖剣であると言っておろうが。お主の元に携えられている間、躯体の維持は解除じゃ。聖剣としての機能を果たしながら制御するのは面倒だからの。何にせよ、これでお主は名実共に近代の聖剣の担い手じゃ。覚悟は良いなマナト〙
「あぁ、それ以外に生き残れそうな方法はないんだろう?本当によろしく頼むぞ」
異世界とはいえ、せっかく生き返れたのに魔物に食われて即死なんて冗談じゃない。
〘任せるが良い。儂の言うことをしっかりと守れば五体満足でこの森から出してやろう〙
自信満々にそう宣言するクルセイアを片手に携え、マナトは神殿を後にした。
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ぬしさまが倒せなくて苦労した思い出があります。




