心理戦?苦手ですね
完全に油断していた。
いや、この女子生徒をなめていた。
口調からして自分のことを棚にあげてバカっぽいと思ってしまっていたが、とんでもない誤解だ。
「なんで合格出来たかは聞かないけど、せめてここでその一端を見せてくれると嬉しいな♪」
とても良い笑顔で言う女子生徒。
狙ってなのか素なのかは、世論には分からない。
ただ、今の質問で分かっていることは一つだけある。
それは――
「悪いが、俺もなんで合格したか分かってないから見せれるかどうかは分からんな」
――何も分からない、ということだ。
「ふーん。まあやってれば分かることだから別に良いけどね」
第三回戦。再び女子生徒、世論、坂田とカードをシャッフルし、坂田は二人からアンティを貰いカードを配る。
ポイントは世論が五十ポイント。
女子生徒は百三十ポイント。
普通の相手だったら、まだまだ逆転の可能性は十分に残っているポイント差だ。
だが、今の相手は、普通じゃない。
手札は再びブタ。
今度は一番強いハートのAを残して、四枚交換する。役は、貰った四枚から出来た5のワンペアのみ。
「んー、ツー……ううん、ワンペアってところだね」
「……どうだろうな」
――また読まれた。
そう思いながらも、抵抗のつもりでシラを切る。
「今回は交換も必要ないかな」
そして、世論を嘲笑うかのように女子生徒は再び交換をしなかった。さすがの世論も、その挑発にフラストレーションが溜まっていく。
「ベット」
「イライラしてるねー。コール」
さらに良い笑顔で煽ってくるため、余計にフラストレーションが溜まっていく。向こうの作戦だろうと、イライラするものはイライラするのだ。
チップも揃ったところで、オープン。
「ワンペアだ」
「同じくワンペア」
二人ともワンペア。だが、世論は5のペアに対して、女子生徒は2のペア。よって、世論に軍配が上がる。
にしても――
「おい……ワンペアって知っててなんで一番弱いワンペアで勝負してきた」
――この女子生徒、異常なほどに煽ってくる。
「え? なんでって言われても、ブタって可能性も無いわけじゃ無いじゃん?」
「てめぇ、分かってて言ってるだろ」
世論はこのポーカーで一つ分かったことがある。
この女子生徒は苦手だということだ。
次は四回戦目。
女子生徒がシャッフルしおえたカードを貰い、イライラを溜めながらカードをシャッフルしてると、隣からため息のようなものが聞こえてきた。
「なぁ、比亜里。お前は運動は出来るかもしれない。だけどバカだ。考えることに関しては全くと言っても良いほどダメだ」
「そんなこと最初から知っとるわ!」
いつもならデコピン一つで受け流す罵倒。
だが、今はかなりのフラストレーションが溜まっている。
強い口調で当たってしまうのも、仕方の無いことだろう。
「良いから聞け。お前がバカなのは、お前だけじゃなく周知の事実だ。だから、お前は何も考えずにいつも通りにやればいい」
「……いつも通り?」
だが、珍しく言い合いの姿勢を見せずに、世論を落ち着かせるかのような台詞を言い始めた八乙女。
その言葉に、怒りよりも疑問を覚える。
「確かに八乙女の言う通りだ。比亜里は考えることに向いてない。こういう心理戦には特にな。だから比亜里は今まで通りやればいい。今まで通り……な」
続いて、坂田までもが似たような言葉をかけてきた。
二人ともいつも通りに、今まで通りにやれば良いと強調してくる。
とりあえず、今まで通りにやってみることにした。
「お二人さん、やっぱり面白いね♪」
意図を察したのか察してないのか分からないが、女子生徒は満足した様子で八乙女と坂田を見る。
ちなみに、世論はここの生徒達が何かを察するのが上手いのは気にしないことにしている。気にしたら負けのような気がしているからだ。
再び女子生徒、世論、坂田とカードをシャッフルしていき、坂田が二人からアンティを貰って、カードを配る。
カードは三度目のブタ……だが、持った手に違和感を感じる。
その違和感を感じたのは、スペードのKだ。
横目で坂田を見ると、再び気持ち悪い笑みを浮かべていた。
――こいつはやっぱり、有能だ。
そこで世論は坂田の有能さを再認識した。
「ナニナニ? 二人だけの秘密の合図?」
「――まあ、俺の勝利の合図かな」
「ふーん……さっきとは違って面白くなりそうだね♪ ディーラーさん、二枚ちょーだい!」
女子生徒も世論の変化を感じ取ったのか、若干テンションを上げて坂田から二枚貰う。
次は世論の番だが、ここでやることは決まっている。
「俺は五枚全部捨てる」
「あれ、てっきり良い役が来たのかと思ってたけど……」
五枚全部捨てることだ。
これだけで良い。
坂田から五枚を貰って、ベッティングタイム。
「まあ、楽しそうだから付き合ってあげる♪ ベット」
「コール」
「あれ? コールでいいの?」
「ああ。それでいい」
賭けた枚数はアンティ合わせて二枚。計ニ十ポイントだ。ここを落とせば持ちポイントは五十となり、勝ちはなくなる。
だけど、それでいい――
「それじゃあ、オープンね。私はフラッシュよ」
「ブタだ」
――別に、勝つ必要などありはしないのだから。
「あらら、やっぱり良い役は出なかったんだね」
「ああ、とても残念なことにな」
女子生徒は何かを探るかのように世論を見るが、世論はもう何も考える必要が無いのだから、表情はいつも通りだ。
そして、最終ゲームである第五ゲーム。
最早決まった流れとなったかのように、女子生徒、世論、坂田とシャッフルをする。
そして二人ともアンティを渡し、坂田からカードを貰った。
「……手札見ないの?」
そして、世論の行動に女子生徒は首を傾げる。
世論は貰った手札を見ずに、伏せているのだ。
「ああ、俺はまた五枚全部捨てる」
「ふーん……どうやら本当にただのバカだったようね」
「まあ、その通りだな」
裏のまま五枚カードを捨てて坂田から五枚を貰い、再び手札を見ずに持ったまま裏返しにした世論を見て、とうとう女子生徒は興味が尽きたかのように世論から目を離した。
「やる気無し……やっぱり君は外れだったのかあ」
「まっ、俺は間違いなく外れだろうな」
「あっそう。もう分かった。ディーラーさん、一枚」
もう、聞くことは無いとでも言うように、一気に態度が冷たくなる女子生徒。
交換を終えて、ベッティングタイムに入る。
「俺、この四枚全部賭けたいんだけどいい?」
「お好きなように」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
最早、世論の全てに興味を失ったかのように振る舞う女子生徒。ここまであからさまだと、いくら世論でも結構心に来るものがあったりもする。
「じゃあ、オープン。私はフルハウス。これで私の勝ちね」
勝ちを確信したかのような物言い。
だから、今後のためにも忠告したかったのだろう。
坂田がそれに反論するかのように質問した。
「ねえ君。そんなことやってると足元をすくわれるよ?」
「確かにそうかもね。でも、彼に足元をすくわれるほど私は落ちてないから大丈夫だよ」
「そうだね。確かにこのルールで――というよりも、心理戦全般において比亜里に足元をすくわれることはないだろう――」
そこで、世論はカードをオープンする。
その手札に、女子生徒は一気に目を見開いた。
「えッ!?」
「――でも、世論を操ってた俺には、足元をすくわれたな」
世論の手札は、ロイヤルストレートフラッシュ。
坂田の言葉は忠告などではなく、『勝利宣言』だったのだ。その手札を出した世論もしてやったりと良い笑顔で女子生徒を見ている。
「嘘ッ! なんでッ!? 不正は出来ないはずなのにッ!」
女子生徒はもう驚きのあまり大声で叫んでしまった。
もしクラスメイトがいたら、間違いなく変な目で見られるだろう。
「確かに俺はバカだ。だから俺は、いつも通りにやることにした。いつも通り、坂田に任せることにな」
「比亜里はもっと別の使い方がある。心理戦はこいつの分野じゃない」
「だとしても、不正も無しにどうやって――」
「不正ならバッチリあったよな? 坂田」
「ああ。不正しかなかったな」
「――え?」
も世論はゲーム中の女子生徒に対するイライラは何処へやら、とても良い笑顔で彼女を見ている。
だが、その対象である女子生徒は不正の箇所を思い出すのに脳をフル回転させているため、全く気付いていないのだが。
「このポーカー。比亜里がポイント配分さえ間違えなければ、最初から絶対に負けはない、いや、絶対に勝てるゲームだったんだよ。比亜里が間違いなければな」
「うるせぇ。難しいんだよお前らの合図が」
「最初から? ――あ! トランプを君が確認したとき!」
「ご名答」
イカサマがいつ起きたのかを確認したところで、坂田のタネ明かしが始まる。
世論は、こういうタネ明かしをする時に若干テンションが上がるために、何処かそわそわと落ち着かない。
「俺はトランプを貰った時、君の不正を疑うフリをしてロイヤルストレートフラッシュで使うカード全ての端を折っておいたんだ。後は俺がシャッフルの時に工作すればいい」
世論はずっと持っていた手札を離した。
すると、持っていた場所に、しかも五枚全ての端が折れていた。
「じゃあ、君が一番最後にシャッフルすると言い出したのは――」
「勿論、間違って二人のどちらかに折ったトランプがいかないようにするため。世論も最初の方はイライラしてて気づくとは思えなかったから、念のため渡さなかったんだ」
「それで二人は彼にあんな言葉をかけていたの……?」
「ああ、八乙女は俺が不正しているのを見てたからな」
「でも、彼が五枚捨てるなんて分からな――」
「最初はな。だから世論は第四回戦から五枚捨てるって予め言ってただろ?」
最早女子生徒は固まるしかない。
つまり、敵は最初からプレイヤーの世論などではなく、ディーラーである坂田だったのだ。
「俺はバカだ。だけどこいつらの思惑通りに動くことはできるぞ」
「よく言うわ。俺らが何か言わなかったら気づいてたかも怪しいくせに」
「良いだろ別に! 勝てたんだならさ!」
「はいはい、そうですね」
「ふふ……ふひひひひひひひ――あー、最初から私は勝てないゲームをしてた訳かー。そりゃ勝てないや」
お腹を抱えて堪えるように笑い、相変わらずの良い笑顔でそう言った女子生徒。
世論に挑んだつもりが、いつの間にかニ対一に、しかもディーラーは自分で選んだのだから文句も言えない。
これはもう、笑うしかないだろう。
「比亜里を見て評価したくなる気持ちは分かる。けど、評価をするところは心理戦じゃない。もっと別のところで評価してくれ」
「……なるほど。分かった。そうするよ」
「あ、これは今思ったんだけどさ」
さらに、世論も何か思うところがあったのか、それとも思い当たったのか、その女子生徒に確認を取った。
「お前、思考が読めるんじゃなくて、言葉で誘導してただただ雰囲気で判断してただけだろ」
「お! 君がそこに気づくとは思ってなかったなあ――ちなみに理由は?」
「だって、思考読めるなら坂田が不正しているのも分かるはずだからな!」
「あー、そっち……まぁ一応正解で良いよ」
「え、何その反応」
ドヤ顔で言った世論だったが、どうやら女子生徒の考えているところとは違ったらしく、彼女の顔はとても微妙な顔になってしまった。
それに対して、世論は何処か間違っていたのかと周りの三人を見渡すも、返答――というよりも、反応すらなかった。
「とりあえず、君の評価はこれからまた見定める必要があるね。えーっと……あれ、そういえばまだ名前聞いてないや」
「そういえばそうだな。俺は比亜里 世論だ。決して毒は持ってないから安心しろよ」
「面白い自己紹介だね。後、君は猛毒持ちだと思うよ。バカという」
「坂田! 俺やっぱりこいつやだ!」
定型の自己紹介を否定された世論は、女子生徒に指を指しながら子供みたいに叫んだ。
しかし、残酷にもこの場にいる全員が彼女と同意見なのは言うまでも無いだろう。
「俺に言うなよ。俺は坂田 真緋流。よろしくな」
「俺は八乙女 恵哉だ」
「石田 直泰」
「えーっと、世論君に、真緋流君、恵哉君、直泰君ね?私は天沢 麻亜矢よ。皆よろしくね」
遅すぎる自己紹介も終了し、雰囲気的に次は何をやろうか、という感じになっている。
そこで、何かを思い出したかのように坂田に聞いた。
「そういえば坂田。俺この天沢って奴見たこと無いんだけど――まさか……だよな?」
「ああ、そういえば二人とも本当の初対面だったか。そのまさかだよ。この天沢さんが俺たちのグループメンバーの最後の一人だ」
「やっぱりか……」
「え? グループメンバー?」
「ああ、天沢さんも知らないのか」
坂田がどういう経緯でグループを作ることになったのか説明を始めるなか、世論はなんとも言えない気持ちになってしまった。
活発な女子が苦手というわけではない。むしろ好みに入る方だ。
だが、天沢は何か違う。
嫌いではないのだが、苦手――というよりも、どうしても引っ掛かる何かを感じてしまう。
世論が考えているうちに坂田の説明が終わったらしく、天沢は勢いよく櫻井の元へ近づいて自己紹介を始め出した。
あのテンション。櫻井は絡みづらいだろう――と、思いきや普通に接しているものだから人って分からない。
「やることは終わったな。比亜里、テニスやるぞ」
「ああ、そういえばそうだったな」
すっかり忘れていたことだが、世論は八乙女とテニスをする約束をしていたのだ。それを思い出した世論は、椅子から立ち上がって扉へと向かう。
そして、出る瞬間、天沢から声をかけられた。
「あっ、世論君! 明日私に付き合ってね!」
「――は?」




