退学?怖いですね
Aの雰囲気は重苦しい。
この学校の行事で負けるということは、それだけ退学のリスクが高まるのと同義だ。そんな雰囲気でA組生徒が第一体育館へと向かう中、石神と小早川は足を止めて全く別の事を話していた。
「まさか『変数』を含めた乱数解析をやってのけるなんて、思いもよらなかったな」
坂田から本当に大雑把にではあるが、櫻井が乱数解析を行っているのを聞いた石神は、同業者みたいな感覚に陥り、何かを感じて思考に耽っている。
櫻井によってホワイトボードの計算式を消されてしまったために、その計算式を見ることはできなかったが、彼女は『見知らぬ公園でいきなりどこに落とし穴がたるのか、今ここで答えよ』という質問に、正確に答えたということになる。
考えていたとおり彼女は乱数解析を行っていたのだが、精度がまるで違うのだ。
「変数込みでのあの計算時間はお前としてはどうなんだ? 速いのか? 普通なのか?」
だが、小早川にはそれがどのくらいすごいことなのか、実際にどれくらい時間がかかるものなのかが分からない。
勿論、乱数の存在自体は知っていたのだが、石神の乱数解析を実際に見て、その効果を実際に体験して、初めてのその利便性を理解した。
だからこそ、石神が称賛する変数を含んだ乱数解析に興味を持ったのだ。
「俺も知らないな。まず、あの場でそんなことができるやつがいることそのものが驚きだな」
「……本当か? お前でも無理なのか?」
「無理だね。断言しとくよ」
しかし、返ってきた答えは小早川の予想を遥かに上回るものだった。
ゲーム大会が始まる前、「乱数解析が使えるゲームになったら任せておけ。乱数解析ならこの学校でもトップクラスの自信がある」と言っていた石神が、完全敗北を受け入れるほどの高度なレベル。
そんな人が同じ学校にいることに、少し胸が高鳴る。
「純粋にすごいと思っちゃったよ。櫻井さんは本物だ」
「本物か……哀田はどう思――哀田?」
話し合い中に櫻井の元へと行っていたらしい哀田にその時の印象を含めて聞こうと後ろを向いた小早川だったが、そこには何故かふわふわとした雰囲気を漂わせる哀田がおり、疑問を覚える。
ふと、彼女から小さい呟きが聞こえてきた。
「櫻井ちゃあん……もうちょっと話したかったなあ……」
「な、なんだ? どうしたんだ?」
「それにしても、可愛かったなあ……かなりツンツンしてるけど、その分デレたときのギャップを考えたら――フフフ……」
「お、おい石神! こいつなんかヤバイぞ!」
「うわあ、本当にいるんだねこういうの。俺も初めて見た」
今の哀田はまさに上の空といった感じで、恐らく現実が見えていないレベルだ。この状態と呟きから考えられるのはいくつかあるが、一番有力なのは――百合だ。
「小早川。とりあえず軽く一発頭叩いてみなよ」
「う、うん。分かった――よっと」
「ん……んあ? あ、石神に小早川。どうしたの?」
「いや、こっちが聞きたいのだが、どうしたんだ? ずっと上の空で考え事していて、時折ヤバイ呟きが聞こえたぞ」
軽く頭を叩いたことにより意識が現実へと戻ってた哀田。彼女は何故自分が視線を浴びているのか全く分かっていないが、小早川の説明で納得する。
「あー、勘違いして欲しくはないのだけど、私は普通に男の人が好きだから安心して」
「そ、そうか。ならよか――」
「でも、可愛い子は大好きだよ」
「――たらよかったのに! せめて自分の中に閉まってくれ!」
「その中でも、ツンとした態度の子を落とすのは最高ね」
「だから、言わなくて良いって!」
衝撃のカミングアウト二連発。
これにはたまらずに小早川も突っ込みをいれた。
そんな二人の漫才みたいなトークを聞いていた石神は、「あのクールな小早川が突っ込んでる」と、呑気に考えていたり、「哀田は百合よりはドSに近いかな」と、どうでもいいことを考えながら、他人事のように聞いている。
「でも、何よりも謎の多い子が好きかな。櫻井さんは今言った全てが当てはまっているの……素敵じゃない?」
「……ごめん。私にはもうついていけない」
「そっか――ああ、次はいつ会えるかな……今度は二人っきりで喋れたらいいなあ……」
想い人を思い浮かべている乙女のような表情を浮かべる哀田。石神と小早川の中で、彼女のイメージが総崩れしていった。
◆◆◆
「明日?」
「そう、明日」
「なんで明日なんだ?」
「いいからいいから。本当は今日やりたかったのだけど、できないから明日がいいの」
「別にいいけど、そんなに早くやりたいってことは……焦ってたりするのか?」
「――ッ! べ、別にそんなに増えてないからそんなんじゃ!」
「でも、さっきは前よりも食べてたよな?」
第二体育館から第一体育館へと向かう道の途中、約束していたスポーツについて話し合いが行われていた。
そして、その成り行きで珍しく世論に核心を突かれてしまった天沢は、最初は強い口調で否定するも、周囲を見渡して小声で言い直す。
「――本当は、前回ので予想以上に増えていて……」
「最初からそう言えよ」
「言えるわけないでしょ! もう少し気遣ってよ!」
「あー、そこは悪かったって。今度ケーキ奢るから許してくれよ」
「あ、それなら――って、それ逆に気遣えてないからね!? あと、それは世論君が真緋流君にやられてた奴じゃん! さすがに惑わされないよ!」
昼に教室で行われた世論と坂田のやりとりをそのまま再現したかのようなやりとり。天沢は実際にやってみて分かったのだが、これは案外釣られそうになるものだった。
しかも、何も企んでいる雰囲気が無いものだから余計に分からない。だが、今回は世論にその企んでいる雰囲気がないのは当たり前だった。
「いや、この学校のじゃないよ。俺の家の近場にケーキがとても美味しい店があるんだ。誕生日ケーキはそこじゃないとダメってくらい俺も好きだった」
何故なら、世論は何も企んでなどいなかったから。
純粋に奢ろうとしているのだから、当然と言えば当然の結果だろう。天沢は文字通り甘い誘惑と戦っている。
「――何それズルい……許すから連れてって」
「分かった。今度行くか」
そして、見事に負けた。
本当に世論は女子には気を遣える方だ。だから純粋な気持ちで誘ったわけだが、ある意味それは気遣えてない。
もしそれでまた増えたら絶対に手伝わせよう、と考えて天沢は世論をジトッと見る。
「んで、一応聞くけど何ができるんだ? スポーツ」
「……あ、うん。基本的にはなんでもできるけど、世論君に勝てるとしたら卓球ぐらいかな」
そんな天沢に気づかず、普通に質問をしてきた世論に反応が遅れる。世論にペースを崩されてばかりの天沢は
、何とも言えない気持ちになってしまった。
「へえ。卓球には自信あるのか?」
「まあね。悔しいけど、卓球でしか世論君に勝てそうなものはないかな。卓球も少し怪しいけど」
実際に天沢がスポーツをしているところを見たことはないのだが、世論と八乙女の噂は天沢にも届いているはずだ。それを込みで言っているのだとしたら、天沢の性格上嘘ではないため、相当な実力者ということになる。
「そうか――なら、明日が楽しみだ」
「うんうん、私も楽しみだよ――あ、着いたね。とりあえず時間とかはまた時間できたらで。できなかったら連絡入れとくね」
「あいよ」
明日のある程度の予定を決めて、他のDクラスのメンバーとともに、本日三回目の第一体育館の中へと入っていった。
◆◆◆
第一体育館の中は、既に後片付けが済んだのか、いつも通り何もなかった。ゲームが終わったのではなく、片付けが終わった後に連絡が来たのか、と世論は勝手に理解して前回並んだ場所へと向かっていく。
その間にC組から集まる視線は無視する。
既にB組とC組は並び終えているため、A組とD組が並び終えるのを待っているのだが、BとCの明らかな雰囲気の差でどちらが勝ったのかが伺える。
勿論、それはA組とD組にも適用のだが。
B組とC組との対決は、Cが勝ったようだ。
世論が館内に入ってから約五分ほどで整列が完了、指示を待つだけとなる。
再び、緊張感が辺りを包む。
次の競技は何なのか分からないというのは、普通の学校なら楽しみになるかもしれないが、この学校においては恐怖でしかない。
体感的には数十分。
実際には五分ほど過ぎたところで、相枝が姿を表した。
「第二競技お疲れ様です。それでは理事長より届いた第二競技の酷評を読まさせていただきます
二点だけ。
一点目。
総合的にオセロよりはマシだった。だが、四クラスあってゲームの仕組みに気付いたものはほんの一握りしかいない。乱数計算をわざわざした者もいたらしいが、そんなもの必要ない
そして二点目。
残念なことに現時点でこのままいけば退学となるものが数名いる。第三競技、頑張るように
以上です」
場が凍った。
理事長直々に出した『退学』という単語は、その場にいる生徒にとてつもない重圧をかける。
さらに見覚えのある生徒は、気が気ではないだろう。
「第三競技も同じように場所が違います。各体育館の勝者であるC組とD組は、第三競技を研究区にある第四ラボで行います。敗者であるA組とB組は、研究区にある第八ラボで行います。各クラスにバスが出ますので、この第一体育館の外に十七時集合です。それまでは自由にお過ごし下さい。解散です」
誰も喋らない。
理事長からの酷評が、あまりにも効いている。
さらに、次の競技場所が研究区ということも多少は関係しているのだろう。
研究区はまさに日本のあらゆる最先端が集合している日本屈指の商業地域でもある。
そんな場所で行われる競技。
ゲームの説明はない。
生徒たちにはもう、不安しかない。
そこでC組の例の女子生徒二人が立ち上がって体育館を出ていく。それに続いて、例の双子や八乙女、石田と立ち上がり、最終的に全員が体育館を後にする。
最初の数人以外、行く場所など決めていないだろう。
ただ、その場に取り残されたくない、集団の中にいたいという本能に近い何かが、ほとんどの生徒を動かしている。
第四ラボは、この前坂田と立ち寄った第一ラボの対角に位置する場所にある研究施設だ。
現時刻は十五時五十三分。
一時間弱の猶予がある。
とりあえず一人で勝手に外に出た世論は、何をするでもなく、周りを見渡しながらその場にただ立っているだけだ。
その過程で、坂田達を見つけることができたため、そちらへと歩いて合流する。
「あ、いたか比亜里。とりあえず、あのカフェに行こうと思うんだがいいか?あそこなら多少安心はできるだろうし」
「俺は別にいいよ」
「分かった。行こう」
合流を果たした彼らは、すぐにカフェへと向かった。
カフェに着くと、本当に数人だけいるだけで店内は閑散としている。
まだ体育館前から動けていない生徒が多数なのだろう。
カフェオレと適当なケーキを注文して、四人席へとつく。
「早速だが人があまり居ないうちに本題へ入る」
全員揃ったらすぐに、坂田が切り出した。
小声で喋っているところを見ると、他の人には聞かせたくない重要なことなのだろう。
ならば、何故ここを選んだと言いたくなった世論だが、何か考えがあると踏んで静かに話を聞く。
「まず、次の競技は十中八九『VR』関連のゲームだ」
「VR? なんで分かるんだ?」
明かされたのは、ゲームの内容についてだった。
坂田は何か確信に近いものを持って話を続けていく。
「第四ラボはVRを専門的に研究している施設だ。それに関連したゲームに間違いはないだろう。だけど、肝心なゲーム内容はさっぱり分からない。何か分かる人はいるか?」
坂田の意図は、情報共有だ。
だが、世論は分かるはずもないし、天沢も相変わらずケーキを頬張りながらではあるが、首を横に振っている。
櫻井は相変わらずの無反応だ。
「……やっぱり無いよな。誰かVRについて興味ある人で第四ラボに行ったことある人がクラスに一人でもいたらなぁ……」
「さすがに居ないだろうな。居てもそこまで詳しく分からないだろ」
「だよな……あ、ちなみにだが比亜里。このカフェを選んだのは天沢だ」
「そうか――おい坂田。今何て言った?」
坂田の話を聞き流しながらカフェオレを飲んでいた世論だったが、聞き捨てならない言葉が聞こえて坂田に聞き返す。
当の天沢はギクッと効果音が付き添うなほどの反応を見せて、ケーキを食べるのを中断してそのまま動きを止めている。
「だから、このカフェ選んだのは天沢だって、言ったんだ。気になってたんだろ?」
「ああ、気になっていたな。そして理解もできた」
世論の視線が天沢へと向けられる。
天沢はゆっくりと顔を上げて、ひきつった笑みを浮かべながら世論に恐る恐る話しかけた。
「よ、世論君……ここのケーキ美味しいね……」
「ああ。美味しいな。でも、その言葉を今のお前から聞くとは思わなかったな」
「いや、だって……せっかくケーキが食べられるのに、食べないとかそんな勿体無いことできないじゃん?」
「確かにできないかもな。だけどな、天沢――ホールケーキの半分ほどの量とか、さすがにどうかしてると思うぞ?」
二人でカフェに来た際の体重の増加を気にしていた天沢が、ここにきてホールケーキの半分ほどの量を皿に盛っているのだ。
しかも、数時間前に似たような量を食べたばかりなのに、だ。
「明日動くからどうせならって……」
「まさか、明日が良いって言ったのそれが理由じゃないよな?」
「……それが理由です」
さすがの世論も、ため息をつく。
何処までケーキが好きなんだと思わせるほどの食べっぷりだ。むしろ、自分の体重を顧みずにそこまで食べれることに尊敬の念すら覚えている。
「……まぁいいよ。俺には関係ないから」
「……本当に手伝ってもらってありがとうございます」
何故かは分からないが、世論には最近の天沢と初対面の天沢のイメージが少しずつずれていっているような気がしている。
以前のような苦手意識は消えてはいるが、本当に同一人物なのかと思えるくらいにはイメージと変わってきている。
結局天沢は三十分ほどでケーキを完食。
その間に人も入ってきていたが、人が入ってくる度に空気が重くなっていく感じがしていった。
そのため、世論達は早々にカフェを出たが、行く場所も無いために誰でもいいからクラスメイトが居るところへ、ということで、天沢の軽い運動も兼ねて教室へと向かった。
熱を出して倒れていました。
投稿止めてしまい申し訳ありません。
再開します。
それと、皆さんのおかげで総合評価が1000ポイントいきました。本当にありがとうございます。
もうすぐで一章も終わりですが、よければ感想、評価、レビューをしてくれると嬉しいです。
……叶うなら日間一桁とか入ってみたいですね




