天才?本物ですね
時は少し遡り、第六回戦開始前。
A組の三人は、確信に近い何かを持っていた。
――この勝負、勝てる。
「石神。あちらを見てどう思う?」
「まあ、何とかなるでしょ」
女子にしては低い、ハスキーな声に話しかけられた石神というつい先程陽気な声でD組に謝罪を入れた男子生徒は、相手チーム、即ち世論達を見て即答する。
「ポイント差がかなり微妙なラインだしあの女の子が何書いているのか分からないけど、あの男が書いていたホワイトボードはただ数字とトランプを取った順番しか書いていないんだろ?」
「ああ、間違いない」
「なら、大丈夫だ。俺達はもう乱数解析まで終わっている。例えあの女の子が乱数解析をしているのだとしても、この程度の乱数解析にあんなに時間をかけている時点でいろいろとお察しだ。あの男も本当はそこまでなんじゃないかって思ってるくらいだ」
「随分な評価だな。というよりも、お前も乱数解析完璧には終わってないよな」
女子生徒の言うとおり随分な評価ではあるが、間違っているかと言われればそうでもない。だから女子生徒は論点をすり替えて石神も完全には乱数解析が終わってない点を指摘した。
「あれは無理だ。そこからは一度も姿を見せていない変数込みで計算しないといけないからな。何も知らない人に『この公園にある落とし穴を今この場で言い当てよ』って言われても分からないだろ? それと同じだよ」
「そういうもんなのか」
乱数解析は、確かに石神のおかげで終わった。とてつもないスピードと言っても過言ではないだろう。
両者ゾロ目が揃ったときのシステム変更時の配置も乱数解析で全て特定してあるため、ほとんど死角がない。
だが、それでもやはり穴はできる。
乱数解析時、両者ゾロ目に加えて片方が二種類のゾロ目を出したときに別に設定してある隠れ変数によって、システムが代わる可能性がほぼ確定的であることがわかった。
だが、その変数など知っているはずもない。
先程石神が言ったように、全く見知らぬ公園でいきなり、『この公園にある落とし穴を今この場で言い当てよ』と言われても特定できるわけがない。
知らないものをどうしろと言うのだ、というわけだ。
「ああ。というか、評価は案外妥当だろ? そういう小早川はどうなんだ?」
小早川と呼ばれた女子生徒は、目を閉じて顎に手を添え、いかにもという格好で考え始めた。
数秒の間が空いて、結論を出す。
「概ねは同じだな。だが、やっぱりあのホワイトボードを書いていた男は予定通りに注意しておいた方が良い。そして、あの世論という男についてだが、実際はただの隠れ蓑に近い存在だとは思う。だが、彼も念のため意識はしておいた方が良いだろうな」
「結局、俺のと大差がないような答えになったな」
「否定はしない」
小早川の評価も随分な評価と言って差し支えの無いものだろう。一通り話終えた彼らは、もう一人の意見を聞くために後ろを向く。
二人の後ろには、世論達をじっとみている女子生徒がいた。
二人に見られているのに気づき、女子生徒も視線を戻す。
「哀田はどうなんだ? あちらさんを見て何かないか?」
小早川にそう聞かれると、哀田は視線をDクラスへと向けて答えた。
「んー、私としては今あそこにいる人たちよりも、二つ前の男子生徒が気になるかなー」
「……一応聞くが、それは異性としてではないよな?」
哀田の視線の先にいるのは、石田だ。
あまりにもニッコリと微笑みながら意味深な言い回しをするものだから、小早川もその可能性を疑わざるを得なかった。
だが、その可能性はすぐに切り捨てられる。
「顔は好みでも、そこまではいかないかなー。でも、女の勘が言ってるんだよね。『あの男子生徒はこのゲームの本当の本質を理解している!』ってね」
「ふーん。それで、その女の勘って奴はあてになるのか?」
「今までから考えて、七、八割は信用してくれていいよ」
「そこは嘘でも十割って言えよ……具体的だから意外と助かったけども……」
それは、勘というのだろうか。
あまりにも具体的すぎて、むしろ信用できる。
結局まともな意見は貰えなかった二人はパネルの前に立ち直し、哀田は一歩後ろから再びD組をみる。
今度のお目当ては石田ではない。
確かに、このゲームにおいて石田は気になる人物ではある。あるのだが、一番ではない。
哀田の視線の先。そこには、ボブカットでホワイトボードにひたすら何かを書いている人物。櫻井の姿があった。
彼女の女の勘が叫んでいた。
――彼女は石神が言っているような、生暖かく見積もった評価を下すと必ずやられる、と。
確かに乱数解析をしているのだとしたら、遅い方なのだろう。石神は二回戦終了少し前にそれを終わらせたのだから。
そのこともあるため、二人にこの事は言えない。
言っても笑われるだけかもしれないし、逆に変に警戒させてしまうかもしれない。
だから、このことは彼女の心に留めて、ゲームへと望んだ。
◆◆◆
三人は今、世論の評価について悩んでいた。
最初の一手で坂田が時間稼ぎを狙っているというのはすぐに分かったため、こちらはできるだけ時間を与えずに基本ノータイムでトランプを取っていき、時間を出来る限り短縮するようにした。
その結果、第四戦目開始の時点で坂田の手持ちを全て使わせて、当初一番警戒していた坂田を下ろすことに成功。偽のリーダーであるとほぼ確信に近い仮説を立てている世論が代打として出てくる。
だが、第四戦目。世論が時間稼ぎも無しにどんどんトランプを取っていくために、自棄になっているのか、それとも世論がこのゲームにおける何かを見つけたのか。とりあえず気になるのは間違いない。
そして、規定枚数を取り終えた直後、三人は世論の評価を見直さざるを得なくなった。
彼は見事に『K』のゾロ目を引いて見せたのだ。
これがただのゾロ目なら、評価を見直すことはなかった。
だが、『K』のゾロ目だったからこそ、石神と小早川は『本当にリーダーなのかも』と思ってしまっているし、哀田においても『女の勘が鈍ったのかな』と思ってしまっているぐらいだ。
だが、その評価の見直しでさえ、手札のオープンによって揺らいでしまう。
この第四戦は『降順』になるから石神が『A』を選択したのだが、相手側はなんと『10』を選択してきたのだ。
当然ルーレットの結果は『降順』である。
その行動が、逆にこの三人を混乱させていく。
哀田はまだ女の勘という奴で世論を疑っているのだが、石神と小早川は信用半分疑い半分と言ったところだが、気になってどうしても見てしまう。
第五戦目。
再び時間稼ぎをせずにノータイムでトランプを取っていく彼に、やはり目を離すことができない。
そして、お互いに規定枚数を取ったとき、追撃のように頭を捻らせる事が起きた。
今光っているのは、自分達のトランプだけ。
相手は一枚も光っていない。
それだけなら、最初が本当に偶然だった、で済ませられるのだが、その後のオープンで選択された数字が『A』だからそれができない。
今回もルーレットは『降順』で止まる。
つまり、最大値である『A』は知らなきゃまず出せない。
こちらも勿論『A』を出してルーレットの結果も当然『降順』だ。
オセロのように、相手の表情が分かる状態ならこんなに惑わされることもなかっただろう。
全て仮説でしかなかった。
これが彼らを混乱へと貶めている原因だ。
世論に思いがけず体勢を崩された三人に、容赦ない追撃が再び加わる。なんと、世論が櫻井にパネルを渡したのだ。
これには三人ともたまらずに話し合うこととなった。
「正直言ってこれは予想外なんだけども……」
「全くだ。状況はかなり悪いな」
A組とD組のポイント差は約五十ポイント。
もう少し詰められる予定だったのに、予想以上に耐えられた。さらに悪いことに、櫻井が出てきてしまったのだ。
「二人とも。さっき変に警戒させたくなかったから言ってなかったんだけど、あの子も気を付けた方がいいよ――今頃だけど」
「いや、本当に今頃だな。でも、どちらにしろどうしようもなかったことだから、このタイミングがジャストかもね」
「でも、それを知ったところでどうしようもないのも事実だ……とりあえず様子見でいいか?」
小早川の提案に石神と哀田が頷く。
何はともあれ、今まで通りにやっていくしか勝ち目は無いのだから、それを継続するしかない。
第六戦目。
まずはお互いに二枚ずつトランプを取る。
次もまた『降順』のため、狙うべきトランプは『A』だ。
櫻井が三枚目を取ったところで、彼らは『A』を取る。
そして、光り始める両者のトランプ。
櫻井は、完全に解析を終えていたのだ。
お互いにゾロ目の数は『K』で枚数は『2』のため、お互いのポイントを『26』ずつ減らす。
次はオープンだ――と思っていた三人。
だが、本日何度目かの裏切りが起きた。
なんと、世論達の残り二枚の手札も光を放ち出したのだ。
ゾロ目の数は『Q』で枚数は『2』のため、さらに追加で石神達のポイントを『24』も減らしていく。
つまり、たった一戦で五十ポイントも持っていかれたのだ。
よって、D組は『179P』なのに対して、A組は『105P』と差が開いた。
しかも、三人の手札は相手の手札が無いときに適用されるルールにより、ポイントを一しか減らせない数字へと変わってしまった。
そして、一番恐れていたものが起きてしまった。
見えない変数により、乱数が変わったのだ。
ここからは完全な手探り状態となってしまう。
だからこそ、オープンで一しか減らせなかったのが痛いのだ。
第七戦目。
一応今まで通りに取ることにしてみた三人。
櫻井がノータイムで取った後に同じくノータイムで取ってみるも、数字は『6』。完全に変わっていた。
櫻井は二枚目もノータイムで取りに行く。
三人は、櫻井も手探り状態であると信じて二枚目を取る。今度は『Q』と悪くない数字が出た。
そして三枚目は『A』が出たため、一応順番的には『降順』であるこの第七戦にはありがたい手札だ。
お互いに規定枚数を取り終えたためにオープンで勝負――しようとしたところで、櫻井の引いた手札が光だした。
観客席からはかなり大きめの感嘆が出ている。
「……おいおい、マジかよ」
「……これは警戒どころの話じゃなかったな」
「やっぱり勘は当たるなあ」
今までで一番強い光を放つそれは、三人に『敗北』という文字を連想させるには用意なものだった。
四枚に光っているその数字。
数少ない絵が描かれているトランプにして、このゲームでは最強とも言える数字。
即ち、『K』四枚と。
◆◆◆
「すげぇな櫻井。『K』を四枚かよ」
「仕組みが分かれば簡単。世論のやり方はほぼ正解」
絶望に近いものを味わっている三人に対して、こちらは櫻井の種明かしが行われていた。
「まず、私は乱数解析をしていた。だけど、ゾロ目が被るときまでの乱数は書くまでもなかった。ゾロ目が被ってさらに片方が二種類のゾロ目を出したときの計算が大変だった」
「うーん……? それで?」
「その現象が実際に起きてないから、そこに時間をかけた。だけど、それも世論の一言のせいで台無し」
「え? 俺の一言?」
「……三角形のやつか?」
「そう。それのせいで計算がほとんど無意味になった」
いつも無表情な櫻井だが、この時だけは少し不満げな表情をしており、若干ジト目で世論を見ている。世論には何故かは分からないが、案外珍しい櫻井の表情の変化が見えたから善しとしておいた。
そこで、第八戦目が始まる。
「このトランプ。『K』を線で結ぶと、並び方が正三角形、正方形、ひし形の大きく三種類ができる」
真ん中から右下に三枚ほどずれた位置にある一枚を取って、話を続ける。
「正三角形の時は『降順』で四角形のときは『昇順』、ひし形は両方あるけどそれも見分け方がある」
今度は真ん中から左上に四枚ほどずれた位置なる一枚を取る。
「向きがバラバラになっているのもそれが関係している。『K』の向いている位置の先に必ず『K』がある。向きが目印になっている」
相手が取り終わるのを待って、今度は真ん中から少し右上にある一枚を取る。
「正三角形の時は辺の中点とその中央に『A』が、正方形の時は辺の中点に『Q』が、ひし形は左側の辺の中点に『A』、右側の辺の中点に『Q』がある」
最後に、真ん中にから少し左下にいった部分から一枚を取る。
「ひし形は『K』の向きが時計回りなら『昇順』、反時計回りなら『降順』になる」
そして、櫻井の取った四枚の手札が光を放つ。
現在のA組のポイントは『53P』で減るポイントは『52』。つまり、A組は残り『1P』しか残ってはいない。
手札がなくなったため、相手がオープンした『J』がそのまま反映されるも、もう時既に遅し。
完全に詰みとなっている。
「世論が四戦目に何故『K』を引けたのは分からない。けど、少なくともその考え方は間違っていなかったってこと」
第九戦目。
櫻井は、説明をしながらもトランプはノータイムで取りに行く。
「スクリーンの映像が上からなのは、ヒントとなる図形を見つけやすくするため」
次々としていく櫻井に、世論は若干引きつつある。
「計算は最初から必要なかった。これさえ知っていれば、このゲームは勝ったも同然」
お互いに規定枚数まで取り終えると、両者ともに手札から光が放たれた。
石神達ののゾロ目の数字は『4』で枚数は『2』のため、世論達のポイントを八ポイント減らす。
そして、世論達の番。
光っている枚数は四枚。
数字は当然『K』だ。
よって、A組の『1P』は0になり、ゲーム終了
AとDとの戦いは、激闘の末にDが勝利した。




