廃工場バトル3
扉の向こうから、男の声が聞こえた。どうやら買い物に行っていた、組織の一人が戻ってきたようだ。
「げっ、買い物行ってた奴、戻ってきたじゃん。どうする? 戦う?」
悠が小声で話すと、氷点は「うぅん」と考える。
「私と悠じゃあ接近戦は無理だし、そもそもキーマスターでないなら攻撃する手段が無いわ。ここはオギさんにまた任せるしかない……のかしら?」
氷点がオギの方を見ると、オギも氷点と同じように「うぅん」と考え始めた。
「ここで争うのもあれですし、顔を見られてしまっては……そうですね、風見川様、氷田様、先ほど渡したイヤホンを付けて、無線機につないでもらえませんか?」
「イヤホン?」
そう言うと、氷点はポケットにしまっていたイヤホンを耳につけ、無線機につないだ。同じく悠のポケットからイヤホンを取り出し、悠の耳に取り付ける。イヤホンからは、何かの音が聞こえて来た。
「えっと、この音は一体……」
「すぐにわかりますよ。それより、イヤホンが外れないようにしていてくださいね」
そう言うと、オギは自分もイヤホンを取り付けた。
すぐさま、出入口の扉が開く。それと同時に、オギはバッグから何かを取りだした。
「ジュジュ様、こちらに蛇がいますよ!」
オギの声に、ジュジュは思わずオギが指さした方向を見た。そこには、黒いひも状のものが落ちている。
「へ、へび……う、うえぇぇぇん、へび怖いよぉぉぉぉ!」
すると突然、ジュジュが大声で泣き始めた。その声は通路中に響き渡っていく。
「うわっ、な、なんだこの声は!?」
扉が開いたと同時に、男の声がした。そして耳をふさぎながら、その場で倒れ込む。
それを見て、オギは「今です!」と口の動きで合図をした。オギは悠を抱えて素早く走り出し、氷点は泣きわめくジュジュの手を引いて車へと向かった。
倒れた男は、耳をふさいだままで起き上る様子がない。その間に、悠たちはオギの車までたどり着いた。
「さて、急いでここを出ますよ」
オギは手早く悠を後部座席に乗せ、自分は運転席に回る。氷点は少し鳴き声が収まったジュジュを助手席に乗せた。
全員が車に乗ったことを確認すると、オギはすぐさま車を出した。
坂道を下り、森を抜け、田舎道へと出る。
「ジュジュ様も泣き止んだようですし、もうイヤホンを取っても大丈夫ですよ」
オギに言われ、悠と氷点はイヤホンを取り外した。
「あの、急にジュジュちゃん泣き出すし、男は倒れているし、何が起こったの?」
氷点がマシンガンのように話すと、オギは「フフッ」と不敵な笑みを浮かべた。
「ジュジュ様は昔から蛇が苦手でして、初めて出会ったときは熊をも倒す勢いで泣きわめきましてね。私はちょうどラジオを聞いていて、ジュジュ様の泣き声をまともに聞かずに済んだのですが、周りにいたお友達がその声で倒れてしまったことがあったのです。今でも蛇を見た時は、先ほどのように大声で泣き出して、場合によっては人が立ち上がれなくなるのです」
そう言いながら、オギはジュジュにハンカチを差し出す。ジュジュはそれで涙を拭きながら、「オギのいじわる」と愚痴った。
「なるほど。で、別の音楽を聞いていれば、泣き声を聞いても大したことがないと」
「実際には、ジュジュ様の泣き声をわずかに中和するような音楽を流しておりましたので、あまりうるさいとは思われなかったかと」
「へぇ、そうなんだ……って、あれ、タクたちは大丈夫なのか?」
悠はそう言うと、タクとヒナのキーホルダーを揺らしてみた。すると、『んん……』というヒナの声が聞こえた。
『……はっ!? わ、私は一体どうしていたの? なんか突然熊すらも殺害するような音を聞いたと思ったら、天国に行ったのかと思うほどふわふわとした場所にたどり着いたんだけど』
『うぅ……なんか酷い目に遭った気がするんだけど、あれは何だったんだろう』
ヒナとタクが意識を取り戻したようで、震えるような声が聞こえてくる。
「タクとヒナちゃんは大丈夫なようね。あとサクだけど……」
氷点はサクのキーホルダーを揺らしてみる。しかし、反応がない。
「……サクは死んだようね。ご愁傷……」
『うわぁぁぁぁぁ!』
氷点が言いかけた瞬間、サクの叫び声が車中に響き渡る。
『な、何ださっきのは!? 危うく漏らしちまうところだったぜ!』
『キーホルダーに漏らすほどの水分は無いと思うんだけど……』
どうやらサクも、なんとか無事のようである。
『えっと、ユキたんは大丈夫なのかなぁ? 結構大きい声だったけど』
ヒナがそう言うと、ジュジュはユキのキーホルダーに「ユキちゃん、大丈夫?」と声を掛ける。
『ふ、ふみゅぅ……あ、あう? 私は一体……』
どうやらユキも気が付いたようだ。
「あぁ、よかった、ユキちゃん、無事だったんだね」
『う、うん、ちょっとびっくりしましたけれど、私は大丈夫ですよ』
「ごめんね、驚かせちゃって」
ジュジュはそう言うと、ユキのキーホルダーを優しく撫でた。
「そういえば、キーホルダーの方たちのことを考えておりませんでしたね。申し訳ございませんでした」
『オギたん、大丈夫だよ。私たち、鼓膜とかないから!』
『うぅん、間違ってはいないけれど……』
オギの謝罪に、ヒナとタクが応える。もちろん、オギには聞こえていない。
「タクもヒナちゃんも、あとサクとユキちゃんも大丈夫だそうよ。もっとも、キーホルダーにダメージを与えるような音って、物理的にダメージを与えない限りそんなにないでしょうから」
「そうですか、それはよかったです」
オギはほっとした様子で、運転を続ける。
「それにしても、イワリンさんはどうして娘がこういう状態なのに、助けに行こうと思わないのかねぇ」
ちょうど信号待ちになったところで、悠が毒づく、しかし、オギはフフッと余裕の笑みを浮かべる。
「旦那様はいろいろと忙しいですし、こういうことは、私の仕事となっているのです。もちろん、今回のように私一人ではなく、いろいろな方から手を貸してもらうことは多々ありますが」
「でも、娘のピンチくらい、親が駆けつけるもんじゃないのか?」
「確かに、普通はそうですね。しかし、旦那様が出られると大変なことが起こりますから」
「大変なこと?」
信号が赤に変わり、車は再び動き出す。先ほどまでの田んぼや畑の光景は消え、にぎやかな街並みが見え始める。そこで悠たちは、ようやく市街地に入ったことに気が付いた。
「以前、エミ様に手を出した暴力団のグループがおりまして、その時は旦那様が直接そのグループに乗り込んだのです。しかし、乗り込んで一時間も経たないうちに、エミ様を連れて戻られました。その時は満面の笑みで戻られましたね」
信号が多くなり、停まる回数も多くなる。車の数も、先ほどまでとは大違いに増えていく。
「それで、暴力団の方はどうされたのか聞きましたら、『後悔の先に行ってもらった』とおっしゃっておりました。結構大きな組だったのですが、その後その暴力団の組は、跡形もなく消え去ったそうですよ」
クーラーが効いているとはいえまだ暑い車内でオギの話を聞き、悠と氷点は何故か寒気を感じた。
「えっと……イワリンさんって、一体何者なのかしら?」
氷点が尋ねると、オギは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「旦那様は、ただのキーホルダー職人ですよ。少なくとも、私にとっては、ですけれども」




