ナカダ組と山串製作所3
小さな「(有)山串製作所」の看板の下にある入口に集まると、悠はゆっくりとドアを開けた。周囲は、まるでここに誰も来なかったかのように、ひっそりと静まり返っている。
「お帰りなさい、エミさん、ジュジュさん。それに、氷田様と風見川様も」
玄関には、既にオギが待ち構えていた。
「ささ、紅茶を淹れておりますので、二階へおあがりください」
そういうと、オギはすっと階段へと向かって行った。同時に、
「わーい、おやつー!」
と、ジュジュが靴を脱いでオギの後を追った。
「え、紅茶を淹れているって……私たちが来るの、わかってたのかしら?」
「ええ、おそらく。オギさんのモットーは、『用意周到』ですから」
落ち着いた口調で言うと、エミは靴を脱いでジュジュの靴と一緒にロッカーに入れた。
「悠、あなたも、オギさんくらい用意周到にならないとダメよ?」
そう言うと、氷点も靴を脱いで上がった。
『……氷点、マスターどころか、普通の人間にそのレベルを求めるのは酷だと思うんだけど……』
タクがつぶやくが、氷点はその言葉を無視した。
悠と氷点がゲストルームに入ると、オギが一つ一つのカップに紅茶を注いでいるところだった。
エミとジュジュは見当たらない。どうやら、別の部屋にいるのだろう。
「どうぞ、こちらへ」とオギに促され、悠と氷点は席に着いた。
「あら、さっきとは違う香りね」
氷点が紅茶の香りを確かめると、オギは「はい」と笑顔で答えた。
「今回はアールグレイティーでございます。旦那様をお呼びしますので、少々お待ちください」
そういうと、オギは外へ出て行った。
アールグレイの柑橘系の香りが漂う室内で、悠と氷点は淹れたての紅茶の味を楽しんだ。
「やっぱり、あの喫茶店の紅茶とは比べ物にならないわね」
「うん、こっちの方が、なんというか、濃い」
「……悠、あんた、そんな感想しか出ないわけ?」
氷点はあきれ顔でため息をつきながら、ティーカップをコースターに置いた。
『悠たんも氷点たんも、さっきからずるい! 私も紅茶飲みたいのに!』
『ヒナ、もしかして人間時代は、食い意地が張ってた人?』
『ち、違うよ! おいしそうな物だったら、食べたり飲んだりしたいって思うもん。タクたんだって、でしょ?』
『うーん、キーホルダーには、実際には食欲って言う概念がないからわからないなぁ……』
『えぇ、食欲ならあるよ! 何か食べないと死んじゃうもん!』
『いや、キーホルダーに餓死はないんだけど……』
ヒナとタクが言い争っていると、入り口のドアがガチャリと開いた。すると、相変わらず渋い顔をしたイワリンが入って来て、悠たちの向かい側の席に座った。
「……それで、さっきの続きか?」
イワリンはそういうと、淹れてあった紅茶を手に取り、口にした。
「ええ、しゃべるキーホルダーについて。さっきエミちゃんと公園で話をしたんだけど、あなた、大量生産用の機械を買うために、借金をしているそうね。その、ナカダ組というところに」
「……」
イワリンは黙ったまま、氷点の話を聞き続ける。
「それで、そのナカダ組は、借金の返済の代わりに、隠してある機械を狙っているらしいわね。それが、このしゃべるキーホルダーに関係あるんじゃないかしら?」
「……エミの奴、余計なことを」
イワリンは紅茶を飲む手を止め、ゆっくりとコースターにティーカップを置いた。
「なあ、一体何の話だ? 借金やら機械やらって」
「ああ、悠は聞いてなかったのよね。どうやら、ここにはこの会社にとって重要な、何らかの機械があるらしいのよ」
「それが、タクたちに関係があると?」
「ええ、おそらく」
氷点が言い終わると同時に、イワリンは椅子を引いて立ち上がった。
「知られてしまったからには仕方がない。どの道しゃべるキーホルダーを持つ君たちには、話しておかないとならないようだな。紅茶を飲み終わったら、一階に降りてきなさい」
イワリンは立ちながら残った紅茶を一気に飲み干すと、ゲストルームを後にした。
「なるほどね、つまり俺らは特別な存在というわけか」
一通り話の流れを理解すると、悠は出されたクッキーをつまみながら言った。
「今更何を言っているの? そりゃキーホルダーの声が聞こえるなんて、特別な人間……てか、変人だろうから」
「氷点、それ自分で自分の首を絞めてるぞ?」
「あら、私くらいになると、『変わり者』という意味でしかとらえられないのよ。悠は『変な人』でしょうけれど」
そう言うと、氷点は席を立って部屋の出口に向かった。
「まったく、このイケメンな俺のどこが変な人だ」
『マスター、そういうのは自分で言うことじゃないと思うけど……』
タクに突っ込まれながら、悠は氷点の後をついていった。




