コードYHVH
悠と氷点は寄り道することなく、まっすぐに一階に降りたはずだが、先に降りたイワリンの姿が見当たらない。
「あれ、イワリンさんは?」
「誰かお探しですか?」
悠がきょろきょろしていると、突然肩に何かが乗る感触がした。
「うわっ! あ、ああ、オギさん」
振り返ると、いつの間にか階段の前に執事のオギが立っていた。
「旦那様はこちらです。一般の方には見せられないものがありますので、普段は関係者以外中には入れておりません。では、こちらへどうぞ」
そう言うと、オギは一階の入り口前にある事務所の中へと入っていった。
「一般人に見せられないもの……まさか、エロい本とか!?」
「バカね。しゃべるキーホルダーに関連するものに決まってるでしょ。そもそもイワリンさんがそんなものを、こんなところに隠すわけないでしょうが」
「あ、一応持っているとは思ってるんだ」
「ま、まあ、男の人は、そういうのを持っていても不思議ではないからね」
氷点は「さっさと行くわよ」と慌ててオギの後についていった。悠もそのあとを追う。
『まったく悠たんは、えっちなことを考えるのが好きだねぇ。もしかして、悠たんの部屋に隠し部屋があって、そこにえっちな本がたくさんあったりして』
ヒナが呟くと、悠は思わず噴き出しそうになった。しかしなんとかこらえ、先を急いだ。
事務所の奥には、さらに別の部屋に向かう扉がある。オギがその扉を開くと、「どうぞ」と悠と氷点を招いた。
「ほぅ、ここにイワリンさんの恥ずかしい過去を記録したオーパーツがここにあるというわけか」
「んなもの、こんなところにあるわけないでしょ。ジュジュちゃんたちに見つかったら大変よ」
『あの、氷点、そういう問題じゃないと思うんだけど……』
悠と氷点が話していると、それを聞いていたオギが「それでしたら」と間に入った。
「旦那様の許可が必要ですが、そういったお話も、お時間がある時にいたしましょう」
「あ、いえ、それはこのバカの冗談だから、気にしないでちょうだい。悠のスケベ話なら、いつでもしてあげるけれど」
氷点はそう言うと、扉の奥に進んでいった。それを見て、悠も「ちょっと待てよ」と後を追う。
部屋の中は薄暗く、ウィーン、という機械の機動音のような音が聞こえてくる。
「……なんか、重苦しい空気だな」
「そうね、何かあるようだけれども……」
あたりを見渡すと、ここがゲストルームのような場所ではないことだけはわかる。どこかで見たような、コンピューターのようなものがうっすらと見える。
悠と氷点がきょろきょろしていると、突然部屋の明かりがついた。周りには、やはり大がかりな機械が置いてある。だが、悠と氷点は、真正面にある巨大な機械に言葉を失った。
「これは……」
悠たちの身長の三倍はありそうな巨大な円筒状の装置。その下に操作パネルのような物があり、そこでこの機械を動かすのだろう。
『すごいねぇ。巨大なアンパンを作る装置かな?』
『ヒナ、そんなものがあるなら、多分どこかのパン工場が買い取ってると思うよ。需要があるかどうかはわからないけれど』
ヒナとタクが漫才をしていると、後ろからガタリと音がした。
「驚いたか? まあ、そうたいそうなものではないがな」
唖然としていた悠と氷点は、その声で我に返って振り向く。そこにはイワリンが立っていた。
「イワリンさん、これは一体……」
氷点が尋ねると、イワリンはゆっくりと機械の近くに向かった。
「コードYHVH、とだけ言っておこう。この機械を使って、お前たちの言うしゃべるキーホルダーができないかの研究をしているのだ」
「え、この機械で? 一体どうやって?」
悠は正面の巨大な機械、「コードYHVH」を見ながら言った。
「それは秘密だが……しかし、今日初めてしゃべるキーホルダーというものを見せてもらった。この装置がうまく機能している、ということはよくわかった」
イワリンはそういうと、悠と氷点に礼をした。
『え、え、じゃあ、私はこの機械のせいで、こんなことになっちゃったってわけ?』
『イワリンさんの話だと、そうなるね。イワリンさん、一体何のために、こんなことを?』
タクがイワリンに声を掛けるが、イワリンは答えようとしない。
『おいおい、俺らを勝手にこんなところに閉じ込めて、それはねえよ。何とか言ったらどうだい?』
「こらサク、口が悪いわよ。相手はこの会社の社長さんよ?」
『口が悪いも何もあるか! こっちだって、こんなことになって迷惑をしているんだぞ!』
叫びたてるサクに対し、氷点はサクのキーホルダーにそっと手を当てて黙らせた。
「申し訳ありませんが、そういった質問にはお答えできません。何分、費用がかかっておりますし、旦那様のプライバシーの問題ですから」
イワリンに代わって、後ろで待っていたオギが答える。
「そう……しかし、人をキーホルダーに閉じ込めて置いて、その対応はどうなのかしらね」
「申し訳ありません、いずれはお話させていただきますので、今日の所はこの辺でお帰りいただけませんか?」
そう言うと、オギは「こちらへ」と出口に案内した。




