キーホルダー・ハンター5
「くそっ、逃がしちまった」
自由に動けるようになった悠は、地面に向かって悔しそうに一発パンチを入れた。しかし、アスファルト相手のパンチは当然無謀で、殴った右手を痛そうに振った。
『それにしても氷点、よくここが分かったね』
タイミングよすぎる登場を疑問に思ったタクは、氷点に尋ねた。
「ええ、このフランクビッツ、学校で話があるって言ったのに、ぜんぜん聞いてなかったみたいね。講義が終わった後にメール送ったのに、ぜんぜん返信が無いのよ」
それを聞いて、悠はメールを確認する。受信箱を開くと、氷点からのメールが四通ほど着ていた。
『あぁ、この時間帯は多分、自転車で探し回っていたから気がつかなかったんだね』
時間を確認すると、講義が終わり、オレオたちと別れたくらいのタイミングだった。
「で、とりあえず待ち合わせ場所予定の守衛所前で待ってたんだけど、待ち合わせ時間を三分過ぎても来なかったから、住宅街のほうに向かったのよ」
「早すぎだろ! もう少し待てよ!」
「来なかったあんたが悪いのよ。で、住宅街をうろついていたら、でっかい岩が見えたからね。怪しいと思ってそっちに向かったわけよ」
いきさつを説明しながら、氷点は両脇を閉めて両手のひらを上に上げ、やれやれといったポーズをとった。
「それにしても、スキヤのキーホルダー、ケンって言ったかしら。気になることを言ってたわね」
「山串製作所、か。氷点、お前知ってるか?」
「はぁ? あんたキーホルダー集めてるのに知らないの?」
そういうと氷点は人型のキーホルダーを一つ取り出し、そこに取り付けられているタグを悠に見せた。
「ほら、ここ。書いてあるでしょ? 山串製作所って。ここ、結構いろんな人型のキーホルダーを作っていることで有名なのよ。特に女子高生に人気なキーホルダーを作っていることで知られているわ」
「へ、へぇ」
あまり興味なさそうな悠の返事に、氷点ははぁ、とため息をつく。
『私、知ってるよ。ここが作った人型のキーホルダー、変わった人しか買わないんだって』
ヒナの話を聞いて、サクは噴き出した。
『わっははは、氷点よ、お前は変わり者らしいぞ?』
「うるさい! まさかあんたみたいな変人が、私の買った素敵なキーホルダーに乗り移るなんて考えもしなかったわよ!」
氷点がサクのキーホルダーをバシバシと叩くと、サクは『ひぃ、もっとぉ』と叫んだ。
「とにかく、ここに行けば何か分かるかもね。工場はここからそんなに遠くないし、キーホルダーメーカーというのにも興味があるわ」
「そうだな、女体のキーホルダーが大量に手に入るかもしれないしな」
「……あなたはそういうことしか考えていないのかしら?」
はぁ、とため息をつきながら、氷点はスマホで自分の予定を調べる。
「そうね……今度の日曜日なら空いているわね。一緒に行ってみましょ」
「日曜日、ね。たしかその日はバイトも空いているし、行ってみるか」
「決まりね。集合場所は後で連絡するわ」
そういうと、氷点はその場を立ち去った。
『うーん……』
美しい夕焼けを見ることなく、帰りの自転車のカゴで、タクは何か考え事をしていた。
『タクたん、どうしたの?』
気になってヒナがタクに尋ねる。
『いや、あのケンっていうキーホルダー、妙にキーホルダーについて詳しいんだよね』
『タクたんだって詳しいじゃない』
『いや、僕も一年ほどキーホルダーやってるけど、それにしても彼は詳しすぎるんだ』
『え、タクたん、一年もキーホルダーなの!?』
ヒナはケンのことよりもタクのキーホルダー暦のほうが気になるようだ。
『僕のキーホルダー暦はともかく。もう一つ気になることがあってね』
『もう一つ?』
『あの僕たちを足止めする能力。地面への束縛だっけか。あれだよ』
重力により行動不能にする能力。その威力は、キーホルダーであるタクやヒナにも伝わっていたようだ。
『ああ、あれ強かったよねぇ』
『キーホルダーを盗まれた女子高生たちも、突然動けなくなったって言ってたよね。もしスキヤとケンが、その能力を使ってキーホルダーを盗んでいたとしたら……』
ここでふと、ヒナはある矛盾に気がつく。
『あれ? 私たちの能力とか悠たんたちの攻撃って、普通の人には見えないし影響ないんじゃなかったの?』
『そういうこと。でも、もしその能力が普通の人も対象にできるとしたら……』
ヒナとタクのやり取りを気にせず、悠は淡々と自転車をこいでいく。家に着く直前、冷たい風がキーホルダーを揺らした。
『とにかく、山串製作所って所に行って、いろいろ聞いてみようよ。もっとも、聞くのはマスターの仕事だけどね』
「ちっ、まったく、めんどくせぇことになったなぁ」
悠はガレージに自転車を止めると、かばんを持って玄関に入った。
『悠たん、ケンたんの口癖が移ったね』
「違うわっ!」




