日曜日の電車1
小中高校生にとっては、夏休み最後の日曜日にあたる、八月最終日。しかし、大学生の夏休みはまだまだこれからである。
午前九時前、朝から差し込む強い日差しにうんざりしながら、悠は近くの地下鉄駅へと自転車を走らせた。大学とは反対方向へ、だらだらと住宅街を抜ける。少し山道を通ると、木々の陰がほてった体をやさしく冷やしていく。
ほんのわずかな涼しさに名残を惜しみながらその山道を抜けると、小さな市街地が見えた。駅はもう近くである。
「まったく、早朝から召集かけやがって」
『マスター、朝九時は早朝とは言い難いと思うんだけど』
「俺にとっては早朝だっての」
山道でかばんに話しかける悠を見て、通りすがる人はみな自転車の方を見ていた。
日曜日の朝の市街地は、出かける人でかなり賑わっていた。
最後の日曜日を楽しむためか、子供たちはみなオシャレな格好をして、小さな荷物を片手に地下鉄駅へ通じる階段に向かっている。その子供の手を、両親と思われる二人の男女が握っていた。日曜日を満喫する人とは対照的に、中にはスーツ姿でバッグを持ち、階段から出てくるサラリーマンも見かける。
悠は近くの駐輪場に自転車を止めると、地下鉄駅に通じる階段を降りていった。
外の空気とは何だったのかと思わせるほどの涼やかな空気が辺りを包む。朝から出かけるためなのか、切符売り場には数人が列を成していた。
悠が待ち合わせ場所のコンビニに向かうと、既にそこにはいつものヘソ出しルックの氷点が待っていた。
「遅いわよ、今何時だと思ってるのよ」
氷点にそう言われ、悠は腕時計を見た。
「うむ、八時五十九分だ。余裕で間に合ってるが?」
「まったく、あんたは五分前行動というのが出来ないのかしら?」
「いやいや、間に合っているんだからいいだろ」
やれやれ、と氷点は両手を広げてあきれた顔でため息をつく。
「まあいいわ。山串製作所の最寄り駅までは、ここから二駅先よ。とりあえず行きましょうか」
そういうと、氷点は改札口へ早足で向かった。
「お、おい、ちょっとまてよ」
悠も氷点の後を追い、改札へと向かった。
改札のパネルにICカードをかざし、改札を抜ける。プラットホームへ続く階段を下りると、ちょうど目的の駅へ向かう電車がやってきた。
「悠、急ぎなさい。じゃないと扉に挟まれて無残なひき肉に……いや、それはそれで見てみたいかも」
「物騒なことを言うなよ!」
自転車をこいだ疲れなのか、息も絶え絶えになる悠を置いて、一足先に氷点が電車に乗り込む。
人ごみに流されそうになりながらも、少し遅れて悠も氷点と同じ車両に乗り込んだ。同時に、車両の扉が閉まる。
「あ、危なかった」
ひざに手をおき、悠はふぅ、と息をつく。数秒後、電車はゆっくりと動き出した。
決して混んでいるとはいえないが、既に座席は遠出をする家族や老夫婦たちで埋められていた。そのため、悠と氷点は扉に近いところに、つり革を持って立っていた。
電車に乗っている間、氷点は手提げかばんからイヤホンを取り出して音楽を聴いていたが、ふと電車の釣り広告を見て何かに気がついた様子だった。
「あ、そういえば、もうすぐTEMPESTの新しいシングルが出るじゃない」
「テンペスト?」
悠も氷点の見ていた釣り広告に目をやる。その広告には、「ニューウェーブバンド TEMPEST ニューシングル『恋のマーキーショット』Coming Soon...」と書かれていた。
「あら、知らないの? 最近人気絶頂のバンドなのに。だからあなたはフランクビッツなのよ」
「いや、意味わからないし」
悠ははぁ、とため息をつき、再度広告に目を移した。
『氷点たん、TEMPESTって、もしかしてあの、『ホーリー・エクリプス』の?』
「お、さすがにヒナは女の子だけあってよく知ってるわね」
TEMPESTの話題に、悠のかばんにぶら下がるヒナが反応した。それを聞き、氷点は嬉しそうな顔をする。
「TEMPESTはファーストシングル『ホーリー・エクリプス』を発表するやいなや、即オリコン一位という鮮烈デビューをした、三田不礼亜と月霧芽手尾を筆頭とする人気バンドよ。多分ここら辺の人に聞いたら誰でも知ってるんじゃないかしら」
次の駅に止まるために、電車が速度を落としていく。ふぅ、と氷点は息をつき、減速の反動で倒れないように手すりを持ったまま、はずしたイヤホンを再び取り付けた。
『マスターも、ゲームばかりしてないで、こういう音楽にも興味を持ったほうがいいかもね』
「音楽なら興味はあるぞ。アニソンのすばらしさを教えてやろうか」
『アニソンばっかりじゃ、周囲の変化に追いつけないよ』
タクがかばんから声を出したが、悠からは期待はずれの言葉しか出なかった。




